12.部活
本日の更新が遅くなり、待っていてくださった方におかれましては大変ごめんなさい!
オブディティのお陰で、万全の体調で臨んだ試験は、しっかりと実力を出せた結果となった。
上位には入らないものの、半分より上には食い込むことができたので、満足だ。睡眠って大事なんだと理解して、彼女には感謝しきりなのである。
そして、後期授業がはじまってから久し振りの部室です。試験前の部活動が禁止なのは、どこも同じなんだよね。
「オルト先輩、なんだかげっそりしてますね」
「お前らも来年になったらわかるが、一年の時とは比べものにならない量の課題が出されるんだよ、休みの度に」
休み中に一生懸命やってなんとかこなせる量の課題が、日曜日などの休みにも出ているらしい。長期休暇ともなると、その量も尋常なものではなくなるのだという。
はじめて知った。
オルト先輩が魔道具を作る以外のことをしているのを見たことがなかったけれど、しっかりと課題をこなしているらしい。
「あと半年で卒業だから、それまでにやっておきたいこともあるしな」
オルト先輩の言葉で、先輩があと半年で卒業してしまうことを実感した。
そうか……たった二年しか通わないから、すぐに別れが来るんだ。
「まあなんにせよ、四回までは留年できるが、一度でも留年すれば、後ろ指を指されるから、お前らも勉強はちゃんとやっとけよ」
あれ? ピオネル・エンネスのステータスを見たとき四度留年って書いてあったよね。
「五回目はどうなるんですか?」
「当然、貴族籍が剥奪されて、家を継げなくなる」
思いのほか重い処分だった!
「何度も留年するような人間が、上に立つなんて、あってはならないことですから」
オルト先輩のみならず、ライゼスもオブディティも当たり前だと頷く。
「何人も子どもが居る場合は、長男だとしても、一度でも留年してしまえば、家を継げなかったりするわね。分家から優秀な養子を取る家もあるのよ」
「そんなに厳しいの?」
三人に頷かれる。
そうか、そういうものなのか。
ん? そうするとピオネル・エンネスは……一人っ子だから、ギリギリ跡継ぎだったのか。
「あ、でも。実家では、貴族には近づくなとか、貴族相手に変なことはするな、って子どものころに躾けられたよ」
貴族がそんなに徹底しているんだったら、そこまで危険視する必要はないんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろう?
「それも当然だな。貴族は、義務も大きいが、しっかりと権利もある。庶民と貴族で、立場を混同してしまうと、国の政が円滑に回らなくなるからな」
「多少のことで目くじらを立てるような、性の悪い変な貴族もいるものですから。ご両親が仰るように、貴族には近づかない、という姿勢でいるのが正しいね」
「権利をはき違える人も、一定数いるという話よ」
なんとなく、理解。
「ある程度の教養や知識は学園を出てるから担保されているけれど、品性はどうしようもないってことだね」
「その通りだが、それを貴族の巣窟である学園で言うな」
「ソレイユさん、どこで誰が聞いているとも限らないのですから、迂闊なことを仰っていると、お口を縫ってしまいますわよ?」
オルト先輩の呆れ混じりの注意の後の、オブディティの微笑みに竦み上がる。
「申し訳ございませんでした」
「わかればいいのですわ。ちゃんと自衛しましょうね?」
何度も頷いて理解したことを伝え、分の悪さを払拭するために話題を変える。
「そ、そういえばオルト先輩! 自走ボードのヒントをもらってきたんです」
「ヒント?」
折り畳まれた紙を、オルト先輩が見えるように広げる。
「へえ、面白いじゃねえか」
元々わたしが書いた設計図に、長男によって色々と書き足されたものだ。
わたしは長男から直接説明を受けたからなんとか読めるけれど、オルト先輩は見ただけで理解できたみたいだ。
「これなら、成功するんじゃないか。だが、これは……食うな」
「食いますよね……」
魔石の消費がエグい。長男も苦笑いしていた。
「良質な魔石があればなあ」
オルト先輩の言葉に首を傾げる。
「良質な魔石があったら、解決するんですか?」
「良質な魔石があれば、小さくてもたくさんの魔力を充填できるからな。普通の魔石の十分の一の大きさで、動かすことができるだろう。そうなれば、乗る人間の幅が広がる」
確かに。今のままだと、大きな魔石、あるいは大量の魔石が必要になる。そうなると、見栄えも悪いし、耐荷重の関係で乗れる人間の重さが決まってしまう……。
「でも、良質な魔石って、お高いんでしょう?」
恐る恐る聞いてみる。
「勿論高い。だが、低階層でも、稀に出ることがあると聞いた。お前ら、ダンジョンに潜るんだろ。低階層で、とにかく量を狩るようにしろ、そうすれば確率が上がる」
オルト先輩はぶっきらぼうに、だけど真剣にそうアドバイスをくれる。
「わかりました! 頑張って魔物を狩ってきます!」
「……程々にな」
いや、そこは一緒にテンションを上げてノって欲しいところですよ、オルト先輩。
「ちょっと、用事があるから、俺は先に抜ける。終わったら、鍵は俺の部屋まで持ってきてくれ」
「わかりました」
ライゼスに鍵を預けて部室を出て行く先輩に、「お疲れさまでしたー」と声を掛けて見送る。
「オルト先輩顔色が悪かったけれど、大丈夫かしら」
オブディティが気にしている。
「ライトを使ったら元気になるかもしれないけど……」
「すぐにバレるだろうな」
ライゼスの言葉に頷く。
オルト先輩は魔道具馬鹿のように見えて、実は学年上位の頭脳派なのだ。
迂闊なことをすれば、すぐにバレてしまうだろう。
「こう、遠くから、バシュンッてヒーリングライトを撃ち込めたらいいのにな。それなら、きっとバレないよね」
左手で銃の形にしてバンと撃つマネをしてみせる。
「遠距離からの回復か。それができれば、オブディティ嬢の問題も解決するかもしれない」
オブディティの身体強化は一撃しか出せないので、二撃目は魔力が溜まるのを待たなければならない。計測したところによると、安静状態で二時間はかかる。
「そっか、ヒーリングライトなら、魔力も回復するもんね」
「魔力まで回復するのですか」
驚きを隠せないオブディティに、一度試して見せることになった。
魔法を使って、一回魔力を減らしてもらう。
「当たり障りのない魔法ですか。では『綺麗にする魔法』!」
オブディティが両手を広げて魔法を使うと、一瞬にして部室が綺麗になった。
わたしたちの服も、靴も。部室の床には埃ひとつ無くなり、木くずなども一掃され、窓も内外ピッカピカになっている。魔力を全部使った、全力の綺麗にする魔法って凄いな……この分だと、棚の裏側まで綺麗になってるよね。
「ほら、これで魔力がなくなりましたわ」
そう言ったオブディティは、少し顔色が悪いし指先が震えている。
「ソレイユ、オブディティ嬢に手を付けて、ライトをしてくれるかい。外に光を出さないように」
「了解。じゃあ、やるね」
オブディティの手に手を重ねて、光が漏れない出力でヒーリングライトをじんわりと出す。
すると、みるみるうちにオブディティの顔色がよくなり、手の震えもなくなった。
「本当ですわね、魔力が回復しております」
「そうでしょうとも!」
ドヤ。
「これを、遠くから、人目に付かない速度で、対象に当てることができれば。オブディティ嬢の危険がかなり薄れる」
「なるほど。それは確かに、そう」
「というわけで、実践するよ、ソレイユ」
部室のカーテンを閉め切り、部室の端から反対側の壁に置いた的をめがけて、ヒーリングライトを射る練習だ。
「ライゼス様が、このような無謀を提案されるとは思いませんでしたわ」
「無謀かな? あ、ソレイユはできたみたいだね」
揃えた人差し指と中指の先から極力細くしたヒーリングライトの弾丸を発射する、イメージ。
僅かに光の残滓がキラキラと空中に舞うのが、いただけないな。
何度も、何度も、イメージを変え、指を替えて試行錯誤する。
「光っちゃうのが、駄目なんだよね」
「ヒーリングライトにおける、ライトの存在意義を否定するのですか……」
オブディティに呆れられてしまったけれど、大事なことなんだよ。
ライゼスがオブディティに説明してくれる。
「ダンジョンは下に降りる程暗くなるから、ライトの明かりが目立つんだ。今のうちに、光の問題を解決したいのが、正直なところかな」
「そうでしたのね。浅慮なことを申し上げました、申し訳ございません」
しょんぼりとするオブディティに、ライゼスは苦笑する。
「とはいえ、索敵の魔法があるから、人の居ない場所を選んで活動すれば、人目を気にすることはないのだけどね」
「万が一に備えるのは大事なコトだよ」
「それはそうだね」
言いながら、ライゼスが指先を的に向けて狙いを定める。
次の瞬間、何かが的に当たった。
「え?」
「うん、できるね。昔、ソレイユが教えてくれただろ? 灯りの魔法を使うとき、熱と光に分けるって。だから、これも、光と回復に分けて、回復だけを打ち出したんだ」
「なるほど?」
ヒーリングとライトか。分けちゃって、本当に効果があるのかな?
それはライゼスも思ったようで、何発か撃ってからなんとも言えない顔になる。
「本当に回復しているのかは、わからないね」
珍しくライゼスが、渋い顔だ。
「じゃあ、ちょっと怪我してみるから、ライゼスがヒーリングして。今のところライゼスしかできないんだから、交替はしないよ」
止めようとしたライゼスを制して、さっさと左腕にナイフで小さく傷を付ける。
プクッと浮いた血を確認して、的の位置まで移動する。
「さあ、やってみて」
「……本当に、君は……」
ライゼスは呆れたように首を振ってから、わたしに指先を向けた。
指先から発射されたヒーリングはわたしに当たり、左腕の傷はバッチリ完治した。
「凄い! なんとなく、何かが当たった感じはしたけど、気のせいかな? ってくらいの違和感だった。これなら、腕さえあれば、狙った場所に撃ち込めるね。ってことは、オブディティさんが、連続で攻撃することもできるかもだよ。まずは、わたしもヒーリングライトをライトなしで撃てるようにならなきゃ」
ライゼスがヒントをくれたうえで、やって見せてくれたので、あとは練習あるのみだ。
千本ノックならぬ、千本射出を目標に的に向かって指先を向けて、撃つべし、撃つべし!
わたしが特訓している間に、オブディティがライゼスと話をしていた。
「遠隔で、狙った人だけ回復できるなんて……もしかして、とても凄いことではありませんか?」
「そうだね。ヒーリングライトだと、ライトが当たったすべてが回復してしまうから、討伐対象も回復することになるんだよね。それが、これで解消できたことになるかな」
確かに、そう。だから、うっかり討伐中にヒーリングライトを使えないんだよね。うっかり照射の最たる例はユキマルだけど、あれはいい失敗だったな。思い出したら、ユキマルをもふりたくなってきた。
「やはり、凄いことでしたのね。恐ろしい、とんでもカップルですわ。ああ、そうでした! ライゼス様、ソレイユさんとのお付き合い、おめでとうございます」
「ありがとう。驚かないんだね」
「ふふふ、驚きましたわ。まさか、最初からご両親に挨拶をされるとは、流石に思いませんでしたもの」
そういえば、両親に挨拶をしてお付き合いするのは、結婚を前提にしてるんだっけ?
「遅かれ早かれだからね。それなら、早い方がいいよね、ソレイユ」
ライゼスに話を振られて考える。
「うーん、まあ、そうだね。立場がはっきりしたほうが、動きやすいっていうことはあるし? 確かに遅かれ早かれだもんね」
同意すれば、近づいてきたライゼスに抱きしめられる。
「ばかっぷるが爆誕いたしましたわね。末永く、お幸せにお過ごしくださいませ」
「ありがとう。君がソレイユの同室で、本当によかったよ」
ライゼスの言葉に、オブディティは「それは、お互い様ですわ」と照れたように言った。
ソレイユの「でも、良質な魔石って、お高いんでしょう?」こちらのセリフは、某TVショッピングの女性の音声で脳内再生してください。