10.オブディティ・イクリプスの特訓2
引き続き、オブディティ視点です
武器を手に入れたはいいものの、武器を扱う技量のないわたくし。
翌日合流した長男のシトロン、そして二男のアゲイルも、わたくしの特訓に付き合ってくれます。
二人は既に婚約者がおり、ちゃんと定期的に休日を確保しているので、ターザナイ兄様のように長い休暇ではありませんが、早めに帰宅して素振りを見てくれたり、筋トレを指導してくれたり……いままで、筋肉と無縁だったわたくしに、喜んで指導をしてくれます。
「オブディティは筋肉が付かないな」
「そもそも、女性は筋肉が付きにくいものですわ。女性の騎士もそういうものでしょう?」
筋肉痛に悲鳴をあげながらも、頑張って兄たちの訓練を受けているわたくしの筋肉を非難して欲しくはありませんわね。
「確かにそうだが、付かないわけではないんだぞ」
シトロン兄様の知る筋肉を持つ女性は、どれほどの努力で得たのでしょう。素直に、尊敬してしまいます。
「少なくともわたくしは、筋肉を付けるのは難しいようです」
「魔法を使えるようになればいいんだけどな。身体強化まで、魔力が一気に流れるとは思わなかった。魔力循環の延長線上だから、大丈夫かと思ったのだがな」
苦々しい声でアゲイル兄様が眉間の皺を深くして、強面の顔が一層迫力を増します。
「わたくしも、我ながら魔力の操作に不器用すぎて、驚きますわ。ですが、出来ないものは出来ないのですから、出来ることを頑張るしかありませんわ」
「……随分前向きになったな、オブディティ」
シトロン兄様が噛み締めるようにそう言ったけれど、それについてはわたくしも同意いたしますわ。
「同室になった方の影響でしょうか」
ソレイユさんを思い出して、頬が緩んでしまいます。
「そんなに素晴らしい人なのか」
優しいお顔になったアゲイル兄様の言葉に、即座に首を横に振ります。
「え? いいえ?」
否定したわたくしに、アゲイル兄様の眉間に皺が……。これは怒ってるわけではなくて、戸惑っているのですわ。
「面白い人なのです。本当に、彼女と友人になれてよかったですわ」
「オブディティが、手放しで褒めるなんて……」
褒めてはいないですわね。
「確か、ソレイユ・ダイン嬢だったか。庶民で、領主様の後見を得て入学したという」
二人がいい顔をしないのは、彼らもソレイユさんの噂話を知っているからなのでしょうね。
「ええ、とても勉強を頑張ってらっしゃいますよ。マナーはわたくしも見るようにしておりますし、一緒に魔道具創作部に入って、魔道具を作ったりもしていますのよ。わたくしはアイデアを出すだけで、作るのはオルト先輩ですけれど」
赤毛の先輩を思い出して、頬が緩みます。
「オルト・グリンスースか。悪い噂は聞かぬが、社交性に乏しく、内向的な面があると聞いたが」
わたくしに関わる人間を、密かに調べるのをやめてくれないかしら。せめて、隠してほしいわね。
どの程度筒抜けなのかは分かりませんが、うちの家族ならば悪いようにはしないでしょうから、深く突っ込まないでおきましょう。
「社交性はあまりありませんけれど、先輩なりに、後輩のわたくしたちを大事にしてくださってますわ」
そうでなければ、苦手なダンスをソレイユさんと踊ったりしないでしょうし、練習にも付き合ってくれないでしょうね。毎日誰よりも早く部室に来て、コツコツ魔道具を作りながら、ちゃんとわたくしたち後輩の行動も目の端に入れている、ぶっきらぼうだけれどもいい先輩というのがわたくしの評価です。
「それよりも、ライゼス殿はどうなんだ?」
「ライゼス様は、思いのほか猛獣使いですわね」
魔王様改め、ソレイユさんという猛獣を上手く操る猛獣使い。
……いえ、珍獣でしょうか。それも失礼でしたわね、こほん。
「わたくしも、ライゼス様のように、人を手のひらの上で転がせるようになりたいですわ」
美しき影の黒幕、というのも素敵ですわよね。色味的にもわたくしが一番似合うでしょうし。
「ほう? 人心の掌握に長けているのか」
シトロン兄様の目が鋭くなる。
「そんな大層な話ではありませんわ。ソレイユさんと仲がよろしい、という話ですわよ」
「やはり、あの話は本当なのか? 庶民の女性に、骨抜きにされているという」
真顔でアゲイル兄様が言うので、思わず声を出して笑ってしまう。
「ふふっ、骨抜き。そんな噂もありましたわね。ライゼス様の骨を抜くとしたら、確かにソレイユさん以外にはないとは思いますが、彼女はそんなどうでもいいことはいたしませんわ」
美人局とは縁遠い友人を思い浮かべる。
「彼女には、是非、やりたいことをやって、自由に生きて欲しいですわね」
彼女がせせこましく生きるのも、抑圧されて生きるのも、多分百害あって一利なしだと思うのです。
学園での様子を見ていると、自由にやりたいことをやらせておくのが、本人にも周囲にも一番よい結果を出すようですし。
「随分、手放しで味方するのだな」
「友人ですもの」
微笑んでアゲイル兄様を見ると、眉間の皺が解かれました。
「よい友人を得られたようで、安心した」
「そうですね、兄上」
安心したように笑う長男と次男を前に、わたくしも頬が緩みます。
「そういうわけですから、お兄様たち。どうにかわたくしが、魔物を一匹退治するだけの戦闘力を付けてくださいませ」
「オブディティ、人間には向き不向きがあってね」
「君は、どう贔屓目に見ても、戦闘には不向きだよ」
二人は戦う人間であるからこそ、はっきりと断言してくださる。
「わたくしもそう思いますわ。基本的にパーティでは、わたくしは非戦闘員として同行する予定ですの」
「もしかして、回復魔法か? オブディティの回復魔法は、力強いからなあ」
わたくしは子供の頃に聖女を目指して回復魔法を一生懸命勉強していたことがあり、その実験台になってくださったのが剣の稽古で生傷の絶えなかった兄様たちでした。それなりに効果のある回復魔法も使えるのですが、なにせ回復魔法もドーンと一発ですから……。
その後、聖女という役割自体が存在しないことを知って、きっぱり回復魔法の勉強をやめたのですけれどね。今回は、あの頃の頑張りを利用して、兄様たちに納得していただきましょう。
「若い冒険者は無茶をしがちだからなあ……」
心配を顔に出すシトロン兄様に、ソレイユさんもライゼス様も十三歳から冒険者資格を取ってダンジョンに入っているから大丈夫だと説明する。
「二年以上の経験があって、ランクも六なら中堅といえるが……二年でランク八か」
「ソレイユさんは、納品はしていたけれど、依頼を受けていなかったとおっしゃっていましたわ。それに家業で使うアザリア苔の収集を主にしていたそうなので、それも理由なのでしょうね」
「アザリア苔――というと、あのアザリアの遺跡か! ライゼス様が先を見つけたという」
「あら? それは、どこの情報ですか? 聞いた話では、ソレイユさんが壁を開ける仕掛けを見破ったそうですわ。アザリア苔の発見者もソレイユさんになっておりますわよね? その時のお話しも詳しく聞きましたけれど、彼女のそそっかしさは小さい頃から変わりないのだと微笑ましくて――」
「アザリアの遺跡が未踏破となったのは、五年前だぞ、そうすると」
アゲイル兄様が一生懸命頭の中で計算をしているので、早々に答えを伝えます。
「ソレイユさんが十歳のころだそうですよ。当時はまだ三階層までしかなく、保護者同伴なら子どもでも入れたそうですわ」
「なるほど。一度、二人の実力を見たいところだな。オブディティ、お二人の都合を聞くことはできないか?」
「その前に、わたくしが冒険者資格を得るのが先ですわね」
むんっと腕組みをして、シトロン兄様を睨む。
「そう、だな」
歯切れの悪いシトロン兄様を急かして、休憩していた訓練を再開いたしました。
* * *
結局、ターザナイ兄様に見繕っていただいた刀は、取りあげられてしまいました。
「刃物はまだ早かったな」
うっかり抜刀する際に切ってしまったわたくしの手に魔法を掛けながら、アゲイル兄様が嘆息してそう言い、わたくしが傷口を見ないようにシトロン兄様の大きな手ががわたくしの目を覆い隠してくれています。
痛すぎて痛くないというのは本当ですのね。
つい出来心で、鞘から抜刀してその勢いで巻き藁を切ろうとしたら……素人が、迂闊なことをやるものではありませんね。
気が遠くなりそうになりながら、ぐったりとシトロン兄様に体を預けて、アゲイル兄様の魔法が終わるのを待ちます。
「切れ味が鋭くてよかったんだか、悪かったんだか……。オブディティ、手を握ってみてくれるか」
「はい」
目隠しはされたまま、言われたとおりに手を動かしてみせた。
「問題無く動いているようだな、じゃあもう大丈夫だろう。兄上、もう手を離してもかまわないよ」
「だが……。いや、わかった」
躊躇ったシトロン兄様の手が離され、躊躇った理由を知りました。
「大惨事ですわね」
色々と割愛しますが、スプラッターでしたわ。
速やかに綺麗にする魔法をドカンと一発使用して、血痕をなかったことにいたします。
「それで済ませられるのは、さすが我が妹だ」
「兄上、褒めてどうするんですか。オブディティ、君に剣の才能はない。どうしてもというのならば、打撃武器にしなさい」
アゲイル兄様から厳命されてしまいました。
「打撃武器は、だって、重いではないですか。わたくしに振り回せるとは思えません、刀がいいです」
そう駄々をこねてみたものの、兄二人から刃物は絶対にダメだと一蹴されます。
「とにかく、今回の件は、ターザナイ含め他の人間には、オブディティがまた取り落として、足を切りかけたと伝える」
これはもう、頑として譲らないシトロン兄様の意地を感じて、素直に折れることにしました。
「承知致しました。申し訳ございません」
自分の選んだ武器でわたくしが流血したと言えば、きっと気に病んでしまいますものね。
わたくしの不注意さえなければ……。
「本格的に訓練をする前に、諦めがついてよかったじゃないか」
慰めてくれるアゲイル兄様に、頷くしかありません。
「考えたのだが。冒険者資格を得るための討伐は、一匹のはずだな?」
「ええ、以前わたくしが引いたのも、全部一匹倒せばいいとなっておりましたわ」
わたくしの答えに頷いたアゲイル兄様は、最終手段だと前置きして、わたくしが冒険者になるための手段を授けてくれたのです。
オブさんは、家族の前だと少し子どもっぽい言動になります。
ソレイユの前だとお姉さんぶります。一歳しか変わらないけど。