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6.誤解解消

「ソレイユ様、大変申し訳ありませんでした。わたくしは、なんて浅はかだったのでしょう。恥じ入るばかりでございます」


 お昼寝をしてスッキリした顔のパメラが、開放的なサロンの一角でライゼスに教えてもらってチェスのようなボードゲームをやっていたわたしに謝罪をしにきてくれた。


 ボードの横には小さなテーブルがあり、お茶とわたしが長兄が開発した折りたたみ式保冷箱に入れて持ってきた、三女のティリスが作ったクッキーがお互いの皿に置いてある。負ける度に一枚ずつライゼスの皿に移動しているので、ライゼスの方にはわたしの倍のクッキーが載っている。


 折りたたみ式保冷箱についてはライゼスと一悶着あり、危うくゲームの景品に供出させられるところだったが死守した。

 今回クッキーを持参できたのは、保冷箱と何度も綺麗にする魔法を掛けながら無菌状態での作成があったからだ。これで脱酸素剤があったり空気を通さないビニール袋で密閉できれば、もっと長期保存が利くんだろうなあ、惜しいなあ――なんてことを長兄の前で言っておいたので、いつか出来るかもしれないと期待している。


 ゲームが全戦全敗で一刻も早くやめたかったわたしは、すぐに彼女の謝罪に飛びついた。


「そのように謝らないでください、わたしは何も気にしておりませんから」

「本当ですか? ああ、ありがとうございます」


 手に手を取って和解する。

 学園に行く前に誤解が解けて本当によかったと満足していると、ライゼスが椅子を一脚追加してパメラにすすめた。


「さて、それで、どういった経緯で、義姉上はソレイユを誤解していたのでしょうか? よければ、詳しく教えていただけますか?」


 ライゼスの尋問……いや、質問がパメラに投げられる。

 パメラが警戒しなければいけなかったのはわたしじゃなく、ライゼスだったのだ。




「なるほど、クロス家が主体となって、吹聴していたんですね」

 上の学年のヴィヴィアン・クロスという人がライゼスの妻の座を狙っているのだと、オブディティが言ってた気がする。ダンスパーティで、わたしの邪魔をしてくれた先輩だね。


 他にも今回は学園外の人の名前が多く挙がっているような気がする。クラスメイトの名前を完璧に覚えてるわけじゃないけれど、まるっきり聞いたことのない名前はわかるからね。

 わたしと違って、ライゼスは全員わかるのか小さく頷きながら話を聞いていた。え、全員知ってるの?


「最近では、学園で教鞭を執っていた、アヴァリス・ダークスウェイ先生も積極的に社交界に参加して、ソレイユ様にまつわる悪評を流しておりました」

 聞くライゼスに、パメラも積極的に情報を教えてくれる。


 ダンスを教えてくれていたアヴァリス先生は、体力不足を理由にダンスパーティの後すぐに学園を辞めたんだよね。苦手な先生だったから、ちょっとホッとしたのは内緒だ。


「学園を辞めて時間があるから、そんなくだらないことに精を出しているんですね」

 ライゼスが低い音程で乾いた笑いを漏らす。


「ですが、最近まで教鞭を執っていたこともあり、アヴァリス先生のお話に耳を傾ける人が多いのも事実なのです。あの方は、貴族に対しては真摯で真っ当な先生でしたから……まさか、差別主義でいらしたなんて」

「義姉上も、薄々は気付いていましたよね?」


 ライゼスの追及に、パメラは言葉を詰まらせ、それから観念したように視線を下げた。


「そうですね、そのような気はしておりました。それでも、わたくしにとって聞こえのよい話でしたから、それを信じようとしてしまったのですね」

 自分が悪かったのだと萎れるパメラは、自戒を続けた。


「ソレイユ様のご評判は、夫や義父母からも聞き及んでおりました。その評価の高さに比べて、長男の嫁なのに何の誉れもない自分の身が情けなく……それを認めることができずに、悪評を信じることで、自分を慰めておりました。情けなく、申し訳ない限りです」


 きっとパメラのそんな心情に付け入るようにして、悪意ある噂を吹き込まれたんだろうなと予想できる。

 小さくなっているパメラに、ライゼスが溜め息を吐き出す。

「我が家で話題に上る時は、いい面ばかりだから、そう聞こえてしまうのか。実際のソレイユは、その評価に並ぶ、とんでもなさが付いてくるから。実際のソレイユを知る人は、決して手放して褒めたりはしないんだけれどね」

「ええええ……」


 思わず不満が口からあふれ出てしまう。

「上げて下げられてしまった」


「どうせ君は、他人の評価なんか気にしないだろう?」

「そうでもないですよ、褒めてもらったら嬉しいですからね」


 力強く言い切ると、ライゼスが頭を撫でてくれたが、そうじゃない感。


「ソレイユの良いところも、悪いところも、僕だけが知っていればいいんです」

「それじゃあ、世界が狭すぎると思います」

 とても視野の狭いことを言うライゼスに、即座に反論する。


 ライゼスしかわたしの良いところも悪いところも知らないということは、わたしとライゼスの二人だけしか居ない閉鎖空間ってことになってしまうよ。


「ライゼス様は……本当に、ソレイユ様のことを愛されているのですね」

 パメラの微笑みが少し硬いのは気のせいだろうか。


「ブラックウッド家の男は、全員愛情深いですから。義姉上も、ご存じでしょう? どこへ行くにも一緒にと誘われて、視察先にも一緒に行かれているじゃないですか」


 ライゼスの指摘に、パメラは頬を赤らめる。


「そ、それは、いいのです。わたくしも旅をするのが好きなので、嬉しいですから。そ、そういえば、視察といえば、近々王弟殿下がこの領に視察にいらっしゃって、防疫体制の確立や、アザリア苔、それに踏破されたアザリアの遺跡についても視察する予定だそうですよ」

 パメラが一生懸命ずらした話題の内容に、驚く。

「え……っ」


 ダイン家総出で作った防疫手順書、わたしとライゼスとトリスタンで見つけたアザリア苔、長女レベッカの夫であるアレクシスが踏破したアザリアの遺跡。

 全部ダイン家絡みだ。


 なんだか、冷や汗が背中に流れた。


 いや、悪いことをしたわけじゃないから、冷や汗を掻く必要はないんだけど、雲の上の人である王弟殿下がわざわざ視察に来る程のことでもないと思うんだよねっ。


「もう少し早ければ、あちらで会えたかもしれないね」

 気軽に言うライゼスに、真顔になってしまう。


「行き違いで、よかったと思います。もしも、万が一、間違って、何か説明しなくてはならなかったら、一大事ですから」

 両手をギュッと握りしめて切実に言ったわたしに、ライゼスは緩く微笑む。

「大丈夫だよ、お父さんや、カシューさんが対応してくれるから」


 なるほど? わたしの家族は絶対にわたしに対応させないであろう、ということですね。


「わたしの家族に対する信頼を喜べばいいのか、わたしに対する信用の低さを嘆けばいいのか、判断しかねるところですね、ライゼス」

「喜ぶといいかな? 実際の所、現在君は領都にいて、視察とは無縁なんだから、考えるだけ時間が勿体ないよ」

「……それもそうですね。若干腑に落ちないところはありますが、納得しておきましょう」

 せぬと顔に貼り付けたまま、パメラの手前わたしが引いておく。


 わたしとライゼスのやり取りを見ていたパメラにクスクスと笑われた。

「お二人は、本当に仲が良いのですね」


「幼馴染みですから、気心は知れていますね」

 ライゼスが淡々と答えるが、途中のブランクは結構長かったと思うんだけどな。


 手紙のやり取りをしていたから、そのせいでブランクを感じないのかも? 再会した時の、ライゼスの成長には驚いたけどね。


「ママー!」


「あ、ヨウエル坊ちゃま、お待ちくださいませ、若奥様、皆さま申し訳ございません」

 寝起きでパメラを探しに歩いていたらしいヨウエルが、お付きの侍女の制止を振り切って近づいてきて、小さなテーブルに載ったクッキーを見つけた。


 机にくっついて、皿を見た後にライゼスを見上げる。


「これ、ヨウエル、クッキーが欲しいなら、ちゃんと用意しますから」

 慌ててヨウエルを机から遠ざけようとするのを、ライゼスが止める。


「構いませんよ。義姉上もいかがですか、ソレイユの妹が作ってくれたクッキーです、ナッツが入ったものや、干した果物が入ったものなど、趣向が凝らされていて素晴らしいですよ」


「茶葉が入っているものは大人向けですから、ヨウエル様には少し食べにくいかもしれませんね」

 勝敗でクッキーを移動させる時に使っていた小さなトングで、紅茶入りクッキーを除ける。


「パメラ様も、いかがですか」

「美味しそうだわ」

 わたしの皿を差し出すと、侍女が用意してくれた皿に受け取り、小さく割って上品に一口食べた。

 しっかりと咀嚼するとみるみる目が丸くなる。


 侍女が用意してくれたお茶で口の水分を補給すると、バッとわたしを見て強く頷いた。


「凄く、美味しいわ。ヨウエルも、食べてごらんなさい。はい、あーん」

 先程割ったクッキーをひとつ、口を開けたヨウエルに食べさせる。


 嬉しそうにクッキーを頬張ったヨウエルも、両手で頬を押さえて目を大きくさせた。うんうん、美味しいよねー。

 二人のその表情だけで、三女を褒められたようでとても嬉しくなる。


「ソレイユ様の妹様は、とても素晴らしい技術をお持ちですのね」


 もっと食べたいというヨウエルを膝に乗せて、パメラが手放しで褒めてくれた。そして、パメラもヨウエルもクッキーに伸ばす手が止まらない。

 クッキーの誘惑はわかるので、温かく見守る。


 すっかり食べてしまってから、パメラがハッとする。

「あ、あらっ、申し訳ございませんっ、全部食べてしまうなんて」


「仕方ないですよ。ティリスちゃんのクッキーは絶品ですから」

「ティリスちゃんが作ったの?」

 ヨウエルが興味津々でライゼスに聞く。


「そうですよ。ソレイユの三つ下だから十二歳だっけ?」

「ぼく三つ」

 自分は三歳だとアピールするヨウエルに、ほんわかしてしまう。


 それから、ヨウエルも交えて我が家の話などをして和気藹々と過ごした。

 パメラの誤解解消大作戦は大成功だといえよう!





幕間 パメラ・ブラックウッドの推し


 パメラもソレイユ推しになった今、気になるのはライゼスとソレイユの結婚後のことだった。


「ソレイユ様が義妹になるのがとても楽しみです。ですが、彼女には貴族という器は窮屈なのではと、思ってしまうのです」


 夜、夫婦の寝室でマルキアスにそう伝えたパメラに、マルキアスも頷く。


「我々もそう思っているよ。だから、ブラックウッド家では、ライゼスがどんな道を選んでも、反対しないことに決めているんだ」

 マルキアスの言葉に、もありなんとパメラは安堵する。

「ライゼス様でしたら、ソレイユ様が伸び伸びと生きられる環境を選ばれるでしょうね」


 特別親しいわけではないが、彼の行動を見ていれば、そうなるであろうことは理解できる。


「ああ。あれは、筋金入りだからな」


 デタラメだらけのソレイユの噂だったが、ライゼスがソレイユに首ったけというところだけは、間違いない真実だった。


 今までは二人のことをほとんど話題にしていなかったマルキアスだったが、パメラが同じ意向であるのを知った彼は饒舌にライゼスとソレイユの逸話を話してくれる。


 今までこんな楽しいことを見逃していたのかと、歯がゆい思いをしつつも、夫の話を聞きながらライゼスとソレイユ、二人の未来を想像して頬を緩めるパメラだった。

パメラ視点の話は超短かったのでくっつけてしまいました。

パメラはブラックウッド家の『ソレイユとライゼス見守り隊』に入ることになりました(´▽`)平和ダナア

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誤字脱字報告、大変、大変っ助かっております! ありがとうございます!! ゜・*.✿*書籍化決定しました!*✿.*・゜ 読んでくださる皆さまのおかげです! ありがとうございます。°(°´ω`°)°。ウレシ泣キ
― 新着の感想 ―
ふむ。一件落着。 やはりライゼスの手抜かりですな。 ゴミの排除が中途半端だったせいですからね。 2人がどんな道を選ぶのか先々が楽しみです。 ─────── 甥っ子君が可愛い! パメラ様。無事に嫡男…
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