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7 お世話猫、ドニ


 ニーナはゾーイの家のキッチンで魔力玉を作り始めた。最初は歪な玉ばかりだったが、段々と色が澄んできて、綺麗な球状になっていった。コツを掴んでからは早かった。様々な効果を持つ様々な大きさの魔力玉ができた。


 ジャンは玉を比べて、より癒しの魔力が強い物をシロが眠る泉に入れに行った。ニーナは初めて誰かの役に立てたような気がして嬉しかった。それからはただ丸くするのではなく、なるべく癒しの魔力が込められるように魔力玉作りを続けた。


 試しにニーナは自身の魔力を抑えてアマリリスに近づいてみた。さらにジャンの隠伏魔法で姿を消してもらったら、想像以上に近づくことができた。


「リリアンに似ているあの人、お母様?」

母を初めて見た。普段はいつも何かに怒っているリリアンが笑顔だ。それに甘えている。母はあんな風に微笑むんだ。


 母とリリアンだけの陽だまりのような、穏やかで温かい空間。ニーナの心の真ん中で何かが焦げて、制御が乱れた。一気に湧き上がる魔力が止められない。

 

「いやぁぁぁ!」

突然悲鳴を上げて震え出したアマリリスを見て、ジャンはニーナと部屋に転移した。


 ニーナは動揺して制御が乱れたことに落ち込んでいた。母と娘の温かなやり取りを自分が邪魔してしまったこと、母にとって自分は恐ろしい存在なのだということ。悲しかった。


 何か食べようと思ってキッチンへの扉を開けると、大きな猫が二本足で立っていた。

「初めまして。やっとお会いできました」


「あなたがドニ?初めまして。いつも美味しい食材をありがと」

落ち込んだ感情をうまく隠せたとニーナは思った。

「光栄です。まぁまぁまぁ、なんとお可愛らしい!」


 ドニは両腕を広げた。ニーナは少し躊躇ったが思い切って胸に飛び込んだ。

「想像以上にふわっふわ。しあわせ」

ドニが背中を優しく包み込んだ。肉球が当たって温かい。ぷにぷにしていて優しい。


 ニーナは目を閉じた。涙が込み上げてくる。母親に抱きしめられたことがないニーナ。きっとこれからもあんな優しい目で自分を見る母はいない。


「ニーナ様は綺麗な魔力をお持ちですね。魔力にはその者の本質が反映されます。猫族はきっと皆ニーナ様に夢中になることでしょう。もしこの美しい魔力で作られた魔力玉をお持ちだったら、少し分けていただけたら嬉しいのですが」


 ニーナは抱きしめられたまま首を縦にブンブンと振った。ギュッと抱えられていてドニの顔を見上げられなかった。それに魔力玉ならたくさんある。


「お世話猫はあまりお世話したくない主人は所持者、生涯この人、と決めたらアルジと呼ぶんです。好き嫌いは誰にでもあります。お互い様です。一方通行もあります。残念な事ですけれど」

ドニは肉球でニーナの背をポンポンと叩いた。


「ニーナ様のことが大好きでお守りしているアンナさんとジャン様、その仲間に是非ドニも入れてください」

「決めたのか?」

ジャンが嬉しそうにドニに聞いた。


「はい。決めました。ニーナ様、あなたをアルジとお呼びしてもよろしいですか?」

ニーナはハッと顔をあげてドニを見た。しばらくドニの瞳を探るように見てから頷いた。また涙が溢れた。うまく声が出せない。ただただ嬉しい。


 ニーナを大事に育ててくれたジャンとアンナ。ニーナのお世話猫、ドニ。ニーナは親に愛されるとか愛されないとか、もうどうでも良いや、と思った。私は私。このまま胸を張って、恥じないように生きていこう。


「ドニ、今まで以上によろしく頼む」

「ジャン様、かしこまりました。ニーナ様、末永くどうぞよろしくお願いいたします」

ニーナは何度も頷いた。ドニはニーナの頭を撫でた。また涙量が増えた。



 リリアンが十歳になった。聖堂に行く日は、アンナが御者に教えてもらった。ニーナは誘われなかった。


 ニーナたちはその日、横開きの門の所で隠伏魔法で姿を隠し、魔道具が反応しないギリギリの所にいた。アマリリスとリリアンが乗った馬車が門を出る瞬間を狙う。


「今!」

ジャンの合図で門に飛び込む。どこに母親が座っているか分からなかったから不安だったが、『一緒にお出かけ』判定になったようだ。魔道具は反応しなかった。


「やった!出られた!」

喜ぶニーナの横で、ジャンは門を確認した。

「問題なさそうだね。思った通り出る時だけ制約があるみたいだ」

ニーナたちは街へ向かって歩き出した。


「アンナが見せてくれた絵本にも聖堂が描いてあったね」

「そうですね。今の聖堂はルドルフさんの尽力で再建したものなんです。以前の聖堂が燃え落ちた後、絵本を参考に造られたそうで、外観はほとんど絵本と同じなんですよ」

「楽しみだわ」


「聖堂の儀式は何かと時間がかかりますから、まだ余裕がありますよ。初めての街歩き、楽しみましょうね」

「うん。本物の街を歩くの初めて」


 人気のないところでジャンは隠伏魔法を解いた。ジャンは猫型になってアンナが持つ籠の中に入った。ジャンは虹猫なので、人型、猫型、二本足の猫型に変わることができる。大きさも自由自在。


 ドニが作ってくれた『街に溶け込めそうな服』を着たニーナは、残念ながら街に溶け込めなかった。可愛くてかなり目立ってしまう。ジャンは諦めて隠伏魔法をかけた。誰かいるのは分かるけれど、誰だったかは覚えていられない程度に。


「良い匂いがするわ」

「ニーナ様、肉の串焼きです。食べてみますか?」


「あの果物も美味しそう。ネオコルムからのものだ。あっちのスープも美味そう。焼きたてパンの香りがする!」


 籠に入って猫のフリをしているはずのジャンがうるさい。ユーエラニアに猫はいないし、喋る動物もいない。


 ニーナとアンナは屋台から少し離れたベンチに座った。籠を膝に置いて話を続ける。

「ジャン、ネオコルムからのものがあるの?」

「あった!匂いで分かるよ。」


「ユーエラニアの人々はどうやって手に入れるの?」

「二国は橋で交易をしているんだ。アンナは行ったことある?」


「父は行ったことがありますよ。立派な橋がかかっていて、お店が並んでいると聞きました。公爵家に勤める時にお祝いだと言って果物を買ってきてくれました。すごく美味しかったです。後にも先にもあんなに美味しい果物は食べたことがありません」


 ジャンは満足気に頷いた。

「そうなんだよ。美味しさが違うんだよ。待てよ?アンナがそう言うってことは、亜空間の果樹園にない果物だな。コウさまに聞いてみるか……」


「ネオコルムの果物は高級品ですよね。なかなか自分では買えませんけど、納得の美味しさです。最近はニーナ様のおかげで毎日食べられて幸せです」

アンナは嬉しそうにそう言った。


 ニーナとアンナはカップに入ったスープとパンを食べた。

「味はアンナの料理には勝てないけど、こうやって外で食べるのも楽しいね」

「ニーナ様。光栄です!」

二人でコソコソ話すのも楽しかった。


 お砂糖でうっすらと包まれた果物は美味しかった。サクッとした食感と口に広がる甘酸っぱさ。素材はイマイチだけど、美味しく食べられるように工夫しあっているのだと店主が言っていた。


 初めての街歩きは美味しい物と店主の軽妙な会話術のおかげで、とても楽しく過ごせた。

「聖堂だわ!絵本の中に入ったみたい!」

こんなに喜びを爆発させたニーナの姿は初めて見た。ジャンとアンナは無理をしてでも連れてきて良かったと思った。


「じゃあ、そろそろ中を見よう」

ジャンは目立たない場所で完全に見えないように隠伏魔法をかけ直した。ニーナくらいの大きさの二本足の猫型に変化したジャンを先頭に、アンナと手を繋いだニーナは聖堂に入った。


「わあ~!」

ニーナの弾む声を聞いて、ジャンとアンナはさらに嬉しくなった。

「ここは色ガラスが入っているんだ。時間帯によって入る光の色が変わるんだよ」

ジャンの説明にも熱が入る。

「うん。色んな青が混ざって綺麗。空の中に立っているみたい」


 ジャンの案内で聖堂内をまわり、中庭に来た。芝生が広がっていて、奥の方に背の高い木があった。ニーナは木を触った。

「空気が澄んでいて気持ちがいいわ」




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