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3 ニーナ・パルニア


 ユーエラニア王国、パルニア公爵家の次女、ニーナ・パルニアは、生まれる前から母親に嫌われ、疎まれていた。


 母親のアマリリス・パルニアがニーナを嫌がったのには、二つの理由があった。夫アレッサンドロの無関心とニーナへの恐怖心。


 アマリリスがニーナを身籠った頃の事だった。

「アレッサンドロ様はまだ別邸ですって。アマリリス様のご懐妊にはご興味がないらしいわ」


「別邸の奥様にはサンドリアン様という男の子がいるそうよ。いずれ本邸に来るんじゃないか、って別邸勤めの友だちから聞いたわ」


「リリアン様はご長女なのにサンドリアン様より魔力量が少ないかもしれないんですって。今度生まれる子どもの魔力量が多かったら形勢逆転できるとも聞いたけど」


「どうかしら。ドリアーヌ様はアマリリス様よりお若いし、お美しいし、ドリアーヌ様に次の子どもを、ってなるんじゃない?王様も妻の数を制限してくだされば良いのに子ども関連の義務ばかり課して。余分な仕事が増えるわ」


 図書室の閲覧机で掃除をしながら愚痴を言っていた侍女は、本棚の陰にアマリリスがいる事に気付いていなかった。


 その場から動けなかったアマリリスは、キオニア公爵家の令嬢だった頃からの侍女、プリムが迎えにくるまでそのままそこで立ち尽くしていた。


 プリムは今はパルニア家の侍女頭をしていて忙しく、アマリリスがいないと気付くのが遅れた。慌てて駆けつけたプリムが声をかけると、アマリリスの頬を涙が濡らした。


「プリム、どうしましょう。アレッサンドロ様には別に妻子がいるんですって。私、この子を妊娠したから家に居つかなくなったのだと思っていたけれど、愛人がいたのね」


「お嬢様、お聞きになったのですね。あちらがなんと言おうとお嬢様が正妻です。堂々となさいませ。今はお腹の子を第一に、」


「私、なぜかお腹の子が恐ろしいの。日に日に威圧感が増しているのよ。私よりも魔力量が多いのかもしれないわ。この子を産んだらアレッサンドロ様も変わるかしら。この化け物を」


「お嬢様はキオニアで魔力量が一番多かったので、自分より魔力量が多い者の威圧感を感じたのは初めてかもしれません。初めてのことに戸惑われるのは仕方のないことです」


「私、キオニアで周りの人たちがなぜ私を敬遠していたのか、分かったような気がするわ」


「どのような魔法を使えるのかは遺伝ではないというのに、代々キオニア公爵家の方々は魔力量を感知できることに苦しまれてきました。お嬢様の苦しみ、御労しいです」


「私、どうしたらいいの?育てる自信がないわ」

「公爵家には使用人がおります。妊娠届を出していますから、なんとか出産までは頑張りましょう」

プリムはなんとかアマリリスを宥めて部屋へ連れて行った。


「おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ」

アマリリスの不安が解消する前にお腹の子は生まれてしまった。


 本能的な恐怖。生まれたての赤ちゃんから感じる威圧感。怖い。

「嫌よ!こんな子私の子じゃない!」

思わずアマリリスは叫んだ。


 その時女の子の左手が光った。白い光は浮かび上がって、女の子の胸に吸い込まれていった。恐怖で固まるアマリリスと侍女たち。一人を除いて。


「何が起きたの?」

「アマリリス様、これは吉兆ではございませんか?」

一人の侍女だけは興奮した様子で声を上げた。


「そんな!凶兆ではないの?私はあの子が恐ろしくてたまらないのよ?」

「それは……」


「とにかく十歳になったらそれから考えるわ。妊娠届は出してしまっているもの。確か初乳を飲ませるのも義務だったわね。なんとか初乳は絞り出すから、あとはプリムがなんとかしてちょうだい」


 ユーエラニア王国では身分に関係なく妊娠を届け出る義務があった。セルジュが王になってしばらく経った頃から、先代王の悲劇を理由に子どもに関する五つの義務が課せられた。


 出産届を出してしばらくすると、聖堂の職員がパルニア公爵家を訪ねて来た。

「ご出産おめでとうございます。えぇっと、初乳は飲ませましたか?はい。飲ませた、と。では早速魔道具を付けますね。一つの石を二つに割った物で、世界に一組しかないピアスなんですよ」


 聖堂の職員は持っていた書類を置いて、小さな箱を取り出した。紫色の綺麗なピアス。アマリリスとニーナの耳に順に機械で取り付けた。アマリリスにはリリアンという娘が居るので二つ目のピアス。


「魔力の発現は年齢差がありますから、仮に発現がなくても十歳までの養育は必ずお願いします。それと十歳時の検査を忘れないように。公爵家のお子さんは魔力量が多いと思われて誘拐等の危険もあります。充分お気をつけください。では、門にも登録をしますね」


 屋敷の門にはピアスに反応する魔道具が設置されていた。子どもが外に出る時は、対のピアスを付けた母と一緒でないと出られない。誘拐防止、子捨て防止、建前は色々あった。


「では出産届に記名をお願いいたします。はい。

『ニーナ』様ですね。確かに。あ、あとこちら、養育放棄に関する書類です。行使できるのは魔力検査の後になります。親の権利ですから、よくお読みください。では一緒にご確認ください。妊娠の届出、出生届け、母子関係証明用魔道具の装着、養育義務と養育放棄の書類、魔力検査の書類。以上です。違反すると断首もあります。どうかお忘れなきようお願いいたします。では私はこれで失礼いたします」

聖堂の職員は書類を持って帰っていった。


 ニーナは生まれたことを祝われるでもなく、周知されるでもなく、絞られた初乳を使用人に与えられ、母の温もりも父の存在も知らないまま、公爵家の片隅で静かに生きていた。


 その後もアマリリスは全くニーナに会おうとしなかった。養育は義務だと分かってはいても、時間が経つと尚更恐怖心は増し、ニーナの事を考えただけで体が震えた。


 部屋もなるべく離した。うっかりすれ違うこともない。そもそも、ある一定の距離を離していないと正気でいられなかった。


 女主人が避けたからと言って、ニーナに何かあったら責任を取るのは使用人である。侍女頭のプリムはアンナにニーナの世話を任せた。


 アンナはニーナが生まれた時に吉兆では、と指摘した侍女だ。彼女は信仰の一族と呼ばれる家の出身で、今では貴重な龍の愛し子の絵本を持っていた。


 元々は画家が多い一族なのだが、龍に関するありとあらゆる物を収集していて、龍を信仰しているように見えたことから、信仰の一族と呼ばれるようになった。


 アンナは出産の時、その絵本に描かれていた絵を思い出した。ただ、それまでの周囲の反応からあまり話さない方がいいと学んではいた。それでも絵本に描かれていた白い光の玉を見た喜びで、思わず声が出てしまったのだった。


 同僚の侍女はアンナにもこれまで通り仕事を割り振った。割り振られた仕事の合間にアンナはニーナに会いに行った。


 恐ろしいことに、子を育てたことのない同僚の侍女やアンナは知らなかった。生まれたばかりの赤ちゃんは数時間おきのお世話が必要だということを。


 プリムがまさかアンナのような下っ端の侍女一人に世話を任せるとは思わず、アンナは他にも誰かがお世話をしていると考えていた。


 プリムはニーナの存在を歓迎していたアンナだったら、喜んで世話をするだろうと考えていた。なんなら同僚を巻き込んで上手くやるだろうとも。


 育たなかったら断首の可能性があるのだ。必死にやるに決まっている。プリムは心身が弱ったアマリリスの世話で多忙を極めていた。


 アンナとプリムの認識が噛み合っていないことに誰も気付いていなかった。




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