2 五龍
セルジュが会いたいと願う白き龍は、亜空間にある五つの泉の一つで眠っていた。
亜空間は結界魔法や空間魔法が得意な白龍、シロが作った。草原が広がり、心地良い風に木々が揺れ、花が咲き誇っている。青空が広がり、陽光が降り注ぐ。
泉から少し離れたところには可愛らしい家があった。隣には野菜畑と果樹園があり、新鮮な野菜と果物がたわわに実っていた。
この亜空間に入る事ができる者は限られていた。五龍のいずれかの許可を得る必要がある。許可は口頭で。
ユーエラニア王国の公爵家は四家。碧龍はラズニア公爵家、虹龍はパルニア公爵家、紅龍はガネリア公爵家、黒龍はキオニア公爵家。それぞれが龍の加護という名の監視を始めて数十年が経つ。
過去の痛ましい経験から、魔力量が多い子どもが生まれると、四龍はそれぞれ眷族を送って監視を強めることにしていた。
特に炎の魔法使いや魔力量が多い子どもは暴走する可能性がある。その特性を持つ者が生まれる度、警戒を強めていた。
この日は久しぶりに五匹の龍が亜空間に揃った。
「お!碧も休養か?ラズニアはどうだ?」
紅龍は五つの泉の一つで泳いでいたが、碧龍を見つけて寄ってきた。
「あら、紅お久しぶり。泉で癒されに来たわ。ラズニアは女の子がいるけどまだ分からないの。ルリに決めさせようと思って」
「ルリ?眷属の監視が必要なほどなのか?」
「魔力量は多いの。魔力量検査の結果も参考にするけど、細いことは碧鳥の判断に任せるわ。私より野生に近い分、本能的に危険かどうか分かるってクロが言っていたわ」
「あ、碧と紅、久しぶり!紅、どう?俺が作った泉、最高に気持ちいいだろ?」
虹龍のコウと黒龍のクロも来た。白龍のシロは一番大きな泉の底で眠ったままだが、五匹の龍が亜空間に久しぶりに揃った。
「最高だよ。すごく癒された」
「そうだろ。そうだろ。あ、そうだ!ついに生まれるんだ!」
「なんだ?コウ、ご機嫌だな」
クロはニヤリとしてから、コウの横に腰をおろした。コウはクロにネオコルムの果物を渡した。
「今パルニアには女の子と男の子がいるんだけど、近々もう一人生まれるんだ。で!その子、シロの龍玉が気に入った子なんだ。俗に言う愛し子ってやつ?前にシロの龍玉が飛んでった時に、体に入っちゃった人がいただろ?ジャンが見つけた人。その人が臨月に入ったんだ」
三匹の龍はコウを見た。
「愛し子ってマリーの事か?」
「マリーって誰?」
「ちょっと待ってちょうだい。そもそも龍玉って何かしら?それも人の体に入ったってどういう事なの?」
「まあまあ、順に答えるよ。ジャンが俺の眷族になったのは知ってる?」
「知らないわ。いつ?」
「ついこの。」
「えぇ?コウには眷属がいなかったわよね?」
「いやそれがさ、運命的な出会だったんだよ!急に起きてきたシロがまた龍玉を作ったから、俺は飾り箱を頼みに行ったんだ。前回作った時すごくかっこ良かったんだよ。そしたらさ、帰りに見つけたんだ!可愛らしい猫。でも弱ってたからそのまま亜空間に連れて帰ったんだ。どうにも状態が良くなくて、もう眷属にするしか助ける方法を思い付かなかった。ジャンに血を与えてたら、シロも魔力を注いで助けてくれてね。あ、ジャンっていうのは俺の猫ね。もう眷族にしたから単なる猫じゃなくて虹猫だけど。元気になったジャンが人型になったとこ見せたかったなぁ。すごく可愛いんだよ!でもその後ちょっと問題が起きてさ、ジャンがシロの龍玉に戯れて、いやー、猫型のジャンも可愛かったんだけどね、気付いた時には龍玉はもう転移した後で驚いたよ。ジャンが急にキョロキョロし始めたから何かと思ったら、ねえ」
「話を整理しましょう。まず、龍玉がなにか知りたいわ」
「紅と碧は見たことないと思うけど、龍玉は作り手の魔力を借りられる装置みたいなものだよ。今は王宮にあるんじゃないかな。この前俺の飾り箱の気配が王宮にあったから」
「龍玉も王宮にあるってこと?」
「マリーの龍玉だから、マリーが王宮にいるんだと思うんだよね。正確には、俺の魔力が籠った飾り箱の気配がユーエラニアの王宮にある。龍玉が箱に入っていなかった時に飾り箱の気配が分かったんだ」
「そうなの?マリーさんがどなたか存じ上げないけど、龍玉を持っているのなら見てみたいわ」
「龍玉を持ってると、全部は無理だけどシロの魔力が借りられるから、美しいまま長生きをしているのかもよ?まあ、でも王宮に行くのは面倒なんだよなぁ」
クロは思案気に提案した。
「ワシもそう思う。王宮は面倒だ。碧、ルリを飛ばして情報を集められるか?」
「そうね。目立たなければ大丈夫かしら。ルリ、よろしくね。無事に帰ることを優先してね」
「分かりました」
「なあなあ、龍玉ってオレたちも作れるのか?」
紅は期待に満ちている。
「剥がれた鱗をこねると玉になるんだ。紅も剥がれた鱗があるなら作ってみなよ。まあ、俺は作った事がないからシロが言ってたことなんだけど、魔力をいい感じに捏ねると魔力玉になるだろう?それに似てるってシロが言ってた。材料が違う魔力玉みたいなものなんじゃない?きっと」
「分かった!とりあえずやってみる」
「そうそう、試してみて。最初シロが作った龍玉は考え事をしながら手慰みに捏ねてたらできたらしいよ。その龍玉はシロがマリーに贈ったから見せられないけど」
「その方はシロの愛し子だったの?」
「愛し子って言い出したのは街の人ね。シロは言ってないよ。大事な龍玉を与えるくらい愛おしい子って意味なんじゃないかな。でさ、その愛し子の絵本が二種類あってさ、ゾーイが・・・」
急に言い淀んで少し俯いたコウは急に、
「出かけるんだった。忘れてた」
と飛んで行ってしまった。
クロは苦々しい表情で言った。
「いずれまた話すが、ゾーイはコウの元お世話猫だ。魔暴走があった時に、ルドルフを護って消えた。ちなみにあの家はそのゾーイが建てたものだ。コウはたまにあの家を見にくるんだ。前はルドルフも一緒だったが、ルドルフは寿命を終えてネオコルムの墓の下だ。あの家の中に愛し子の絵本とやらがあるのかもしれんな」
「今は触れない方がいいのね。わかったわ。私と紅が生まれる前の話よね?いいわ。時が来るまで待つわ。まずは龍玉が体に入った人のことよね。ジャンがその人を見つけた、と言ってたわね」
「コウ、説明しないで行っちゃったな」
碧は人差し指をこめかみに当てた。
「えぇっと、眷族に成り立てのジャンがシロの龍玉で遊んでいたら何らかの転移魔法が発動して龍玉は消えたって事かしら?」
「そうだな。問題は人の体の中に龍玉が入った事、だな」
「そんな事あるんだな」
「よくある事なの?」
紅と碧はクロの答えを待つ。
「うーん。恐らくだが、腹の中の子の魔力がシロ好みなんだろうな。龍玉が飛んだ先で好みの魔力を感じたか何かして、気に入って懐いたのかもな」
「懐く?」
「龍玉には意志がある。共にある者を選ぶんだ」
「無理矢理手元に置く事はできないの?」
「可能だ。別の龍の魔力が籠ったもので拘束すればな。ほぼ力業だが、龍の魔力同士が相殺し合って、龍玉の自由がなくなる。相殺したと言っても龍玉からの魔力は取り出せるから、龍に見つからないまま龍の魔力を使うことができる」
「恐ろしいわね。余程信頼した相手でないと渡せないわ」
「今思えばマリーを監視しておくべきだった。シロが眠る時間が次第に長くなって、諸々の対応で混乱していた。ワシが気付いたのはマリーに渡してから随分経ってからだった」
「飾り箱に龍玉が入っていると相殺し合って気配が探れないから、コウも見つけられなかったのね?」
「そうだ。シロの龍玉を、コウの魔力で包んだような状態だな。どちらもも相殺される」
「ジャンは今その妊婦さんの側にいるのかしら?生まれてきたらすぐに保護するつもり?」
「十歳までは屋敷で育てるだろうな……確か養育義務とやらがあったはずだ」
「ん?龍玉が懐いたということは『白龍の愛し子』じゃなくて『龍玉の愛し子』?」
「龍玉はシロの一部だから、『白龍の愛し子』で合っている」
「愛し子って私たちにもいるのかしら」
「龍にとって好ましい魔力を持つ者をそう呼ぶのなら、稀にいるのは確かだ。龍が人と添うのは難しいことだ。まあでも、シロが二つ目の龍玉を作ったという事は何かの知らせなのかもしれないがな。この先どうなるのか見当もつかん」
「クロにもいたの?」
「ん?愛し子か?いた。まあ、過去の話だ」
「そう。龍玉は渡したの?」
「いや、渡せなかった」
「……そう。……これからどうなるのかしら」
「碧は心配性だな。成るようにしかならないよ」
「紅は楽天的ねぇ」