19 王太后、デルフィーヌ
アンナの手配で聖堂を介して、王への『謁見』が叶った。王宮にはシロ、ニーナ、ジャンが向かう。橋を通って聖堂へ行き、聖堂からは馬車で移動した。せっかくだから馬車で行こう、とシロが言い出した。
初めて馬車に乗ったシロは最初は喜んでいたが、段々と文句が増えた。揺れる、景色が見えない、つまらない。転移して良い?
見かねたニーナが膝枕を提案すると、急に大人しくなってニーナの膝に頭を乗せた。ニーナが頭を優しく撫でているといつの間にか眠っていた。
王宮の入り口に入ると、シロは目ついた装飾品に片っ端から触れた。シロが触る度に光り、王宮は騒然となった。シロに誘われてニーナとジャンが触っても光った。
シロは光ることが分かっていて触っているようにも見えた。ジャンは聖堂で使っていた魔道具と同じものだ、やはりシロさまの魔力を探していたのか…と独りごちた。
この龍の魔力を検出する魔道具は数多く作られた。最初は装飾に凝る予算的余裕があったため、華美な物も多く、一定期間が過ぎて新しい物と取り替えた後王宮内の装飾に使われた。使用期限が分からず、毎年新しい物を作っていたからだ。
三人は城内が騒然とする中、王の謁見室に案内された。
「昔魔暴走があったのを知っているか」
シロは挨拶もなくいきなり切り出した。
「かなり前の話だ」
セルジュは王の椅子に座ったまま気怠げに答えた。
シロは自分用の亜空間の収納から王冠を取り出した。衛兵が無礼な奴だと騒いだが、シロの魔力を込めた声が騒ぎを掻き消すように響いた。
「その魔暴走した者が被っていた王冠だよ。遺体は聖堂にある。まあ、今どうなっているのかは知らないけど」
「それは王と共に消えた王冠ではないか!」
セルジュの側近の一人が、震える指で王冠を差しながら声を荒げた。
シロは王冠を見ながら言った。
「もし王の物だと言うのなら、その王が魔暴走したんだろうな」
ドニに邪魔されてなかなか劇を観に行けなかったシロは、一人でこっそりと劇を観に行った。そして亜空間収納に放り込んであった王冠のことを思い出したのだった。
「王冠の事はどうでも良い」
セルジュが側近の男を嗜めた。
「法律を変えたから、王冠がなくとも王は王だ。そんな事よりも、お前たちに魔道具が反応したそうだな。全員王太后の得体の知れない魔力と同じものを持っているという事だ。お前たちは何者だ?」
シロは不満気だった。
「僕らに共通するとしたら、僕の龍の魔力だろうな。ニーナは僕の龍玉を持っているし、ジャンは僕とコウの眷族だ。得体の知れないのと同じとは失礼な」
「なぜ王太后の魔力も同じなんだ」
「僕は与えていないから知らない」
セルジュは側近の男を呼んだ。
「王太后をうまく誘導してここに連れてこい」
「承知しました」
セルジュの取り巻きがシロの声に張り合って大きな声を出した。
「なんにせよ、お前が持っていると言う龍玉を王に献上せよ」
「なんのために?」
「国のためだ」
「意味が分からない。龍玉はニーナを選んだ」
「ならその女ごと渡せ!」
「断る!」
「やはりその女はお前の『愛し子』なのか?」
セルジュは嫌悪感のこもった眼差しでニーナを見た。
「愛し子だから何?確かにニーナは愛しいが」
「マリーという女も『愛し子』だったのだろう?その女の龍玉は王太后が持っているではないか。俺にも寄越せ!」
「王冠を持った美しい男とはお前のこと?」
清楚な見た目に不釣り合いな艶めかしいドレスを纏った女が謁見の間に入ってきた。
「オルヴィエカ!どうしたんだ。寝ていなくて大丈夫なのか?なんだ?その服は」
慌てたセルジュが椅子から立ち上がって駆け寄ろうとした。
「あら、姿を戻すのを忘れていたわ」
『オルヴィエカ』が魔法を使った。途端に妖艶さが増し、『王太后』に変化した。
「何を言っているんだ?オルヴィエカ?どう言う事だ?」
セルジュはオルヴィエカの隣に立つ自身の側近だった男を見た。龍玉の調査でいつも有益な情報を持ってきた男だった。
セルジュは困惑していた。あいつ、王太后側の者だったのか。くそっ。オルヴィエカに何かしたのか、それとも本当にオルヴィエカが王太后だったのか。
シロは女の胸元にある龍玉に気づいた。龍玉はコウの魔力が込められた素材で固定されて首飾りになっている。飾り箱を解体したのか?訝しげにシロは聞いた。
「お前は誰だ?なぜマリーの龍玉を持っているんだ?マリーは王宮にいるんじゃないのか?」
「まあ!ワタクシをお前だなんて偉そうな!まあ、いいわ。美しい男に寛大なワタクシが教えてあげるわ。いるわけがないでしょう?マリーなる下賤な者がなぜ王宮に入れると思ったのかしら」
馬鹿にしたような王太后の表情と言い方にニーナとジャンは苛立ちを感じた。龍を前にして、こういう態度を見せる者はなかなかいない。
シロの魔力が膨らみ始めた。ニーナはシロの手を握った。
「シロ、冷静になって」
シロはニーナを見た。魔力の膨らみが戻る。
「あの女が龍のせいで苦労した話はご存知ありませんの?」
「苦労?」
王太后は悦に入った様子で話し始めた。
「マリーと龍のやり取りを知る者に執拗に付き纏われたそうですわ。厄介者扱いされて、孤立して、寂しい最期を迎えたの。龍と関わりのあった女の家から飾り箱が見つかったと、献上されたのよ。厳重に紐で縛って隠してあったそうよ」
シロは無言だった。
「本当の事を言っているか分からないわ。惑わされちゃダメよ」
ニーナはシロの手を強く握りしめた。
「知らないとはおめでたい事ね。直接女の家で確認したから間違いありませんわ。飾り箱に入ったこの玉を手にした途端、力が漲りましたの。試しにあの男に無理矢理魔力を注いだらどんどん狂っていったのよ。王冠を頭に載せたまま自分の王都を破壊する様は傑作でしたわ。ワタクシを蔑ろにした奴は許せませんもの」
セルジュは膝から崩れ落ちた。
「魔暴走したのは本当に王だったのか!しかも王太后のしわざだったとは……オルヴィエカ!オルヴィエカはどこだ!お前が何かしたのか?」
「うるさいわね。ワタクシがそのオルヴィエカですわ!」
王太后はオルヴィエカの姿と王太后の姿を交互に見せた。
「そんな…」
セルジュはヘナヘナと座り込んでしまった。
セルジュを甚振って満足した王太后はネックレスを愛しげに見た。
「あの時の街の阿鼻叫喚。面白かったわ。そこに颯爽と現れた美丈夫!街の混乱を鎮めるのかと思ったら大きな毛の塊を回収して居なくなったの。あら?あなた、あの時王を止ようとした美丈夫だわね。どこかで見たことがあると思っていたのよ。そう。あなたの張った結界は簡単に壊れてしまって、あの後も街の破壊は続いたのよ。力の差かしらね。この玉はこの国を切り取って宙に舞い上げた龍の物なの。あなたとは格が違うわ」
シロは悦に浸って高笑いする女を黙って見ていた。ジャンはいつでもニーナを守れるように周囲を警戒していた。
「何のために?」
宰相は思わず王太后に聞いた。
「ワタクシが王になるためよ。あんな女漁りしかしない男が王だなんて!それに、結界で閉じたこの世界が今後どう発展しますの?この国はもう詰んでいるわ!何処との交流もない閉じた箱庭。ワタクシのために全てを動かして何が悪いんですの?大地にあった時から王はワタクシなのよ!」
「なんだと?何を言っている」
王太后はジリジリと間合いを詰めていた衛兵を衝撃波で薙ぎ払った。ジャンが結界を張ってニーナたちを守った。
シロの死角で王太后が動いた。ニーナは咄嗟にシロを守るような位置に立った。
「きゃあ!」
王太后が放った魔力に吹き飛ばされたニーナはシロにぶつかった。
背中に痛みを感じてシロは振り返った。
「ニーナ!」
「なぜ無事なの?ワタクシの魔力を受けてその程度で済むなんて…」
これまで、何度もこの方法で気に入らない人物を消してきた王太后は、ニーナがただ倒れただけだったことに動揺していた。
「シロさま!」
ジャンは慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
「ブンッ!」
シロから放たれた大きな魔力の波。シロを中心に波紋を描くように人々が倒れていく。高魔力に晒されて次々と気を失った人々。ニーナはシロが抱きあげた。ニーナは促されて、シロの首に腕を回してしっかりと掴まった。
「効きませんわ」
壇上にいた王太后だけは立っていた。
「ほうら。やっぱり大したことないわね。ワタクシの魔力は無尽蔵に湧いてくるのよ」
王太后が大きな衝撃波を放った。
シロは体からごっそり魔力が持っていかれたのを感じた。ふらついて膝をついた。ニーナは慌ててシロから離れた。
「シロ!大丈夫か!何があった?」
突然の大きな魔力の放出に気づいた二龍が現れた。
「コウ、クロ、あいつがゾーイの仇だ。僕の魔力は大したことないそうだ」
「は?嘘だろ?」
コウは王太后を見た。
「あと、あいつ龍玉を持ってる。魔力がごっそり持っていかれた」
クロが声を荒げた。
「ニーナ!シロから離れていろ。ジャン!ニーナを連れて亜空間へ!分かるな?」
ジャンはニーナの腕を掴んで引っ張った。
「ニーナ!今はクロの言う通りにしよう!
「え?シロは大丈夫なの?」
「後で説明するから今は離れて」
「……分かったわ」
苦しそうなシロは無理矢理笑顔を作った。
「後で必ず呼ぶから」
ジャンは涙ぐんだニーナを連れてドニの亜空間の家に転移した。
「あ!あいつあの飾り箱を解体したな!どういう感性をしてるんだ。あんな美しい物を壊せるなんて!」
「コウの魔力でシロの魔力を相殺しているのか。封殺の腕輪と同じ原理だな。ま、知らないだろうがな」
クロは苦々しい顔をした。
王太后は高笑いをしながらまた衝撃波を放った。シロから大量の魔力が一気に王太后へ流れる。
「うっ」
苦しそうなシロ。
「コウ、早くやってやれ」
クロがコウを小突いた。
「ちょっと待ってよ。狙いが小さいから。よし。定まった」
「あなたたち何をごちゃごちゃ言っているの?その白い男の影に隠れていないで出てきなさいよ」
コウは小さな魔力玉を作った。
「コソコソと何をしているの?ワタクシに跪けば側仕えにしてあげてもよろしくてよ」
コウはその小さな魔力玉を手のひらに乗せて、王太后に向けて弾いた。魔力玉は真っ直ぐ王太后に向かって飛んでいく。
王太后はあまりにも小さなその魔力玉で何ができるのかと高を括っていた。魔力玉は王太后の首飾りに直撃した。
「ぎゃあ!」
コウの魔力を可能な限り凝縮した小さな魔力玉。首飾りの龍玉を覆っていた物がほどけ始めた。まるで空気に溶けるかのように消えていく。解放された龍玉はシロに向かって真っ直ぐ飛んできた。
「『ニーナ、ジャン!来い』」
コウの魔力の籠った言葉がジャンとニーナを呼び寄せた。二人はこの短い時間で、可能な限り集めた癒しの魔力玉を持っていた。
「お!さすが俺の眷族」
コウはニヤリとした。
「シロ!」
ニーナがシロに駆け寄る。ニーナの中から龍玉が飛び出てきてシロに魔力を送った。持てるだけ持ってきた癒しの魔力玉の魔力も全てシロに送った。
ニーナは加減が上手くいかず、魔力玉の魔力と一緒に自分の魔力も送ってしまった。
「ぎゃあぁぁぁぁー!」
龍玉から得た魔力が尽き、龍玉からの魔力供給も断たれた王太后は、魔獣のような叫び声をあげて萎びていった。若さも美しさも全てを失い、枯れ木のような『人』だった物。もう意識もないようだった。
「うぅぅ」
自分以外の誰かに初めて魔力を送ったニーナ。気づいた時には魔力が不足していた。
「くるし…」
シロを救いたい一心で魔力を急激に使い過ぎてしまった。
「ニーナ!」
苦しそうなニーナを床に降ろしたシロは、片手でニーナの背中を支えて、もう片方の手でニーナの手を握った。
「シ…ロ… 」
「くそっ。魔力が足りない」




