16 猫族の秘密
ニーナとドニは早速扉を使ってネオコルムに帰ってきた。
「ドニはマリーさんのこと知ってるの?」
「お会いしたことはありませんけど、猫族の記録には残っています。でも、ワタシからお話しするのはさすがに」
「猫族の記録って凄そうだわ。私のことも記録されるの?」
「もちろんです。ワタシのアルジですから」
「どんなことが……ううん。やっぱりやめておくわ。気にしないことにする。うん」
ニーナは無意識に自分を抱きしめた。
「ちょっと待ってて」
ニーナは自分の部屋へ何かを取りに行った。すぐに戻ってきたニーナの手には少し大きな額縁があった。
「ドニ、素敵なお家の完成おめでとう!」
ニーナは額縁をドニに渡した。
「ありがとうございます!ご不便をおかけしました」
「シロがずっとそばに居てくれたから……あ!そう言えば家の外にコウさまもいらしてたわ。ドニの家を見に来たのかな?」
ニーナが二階の階段でシロとドニが扉の事を話しているのを聞いていた時、窓の外をコウが通ったのが見えた。
「今もゾーイ様の家を見にいらっしゃる事があるんですよ」
「そっか。会いたいのかな」
「きっとそうです。ニーナ様、新築のお祝い、ありがとうございます。ここで見ても良いですか?」
「ちょっと恥ずかしいけど、ぜひ。何を贈ったら喜んでもらえるか、猫族の皆さんに聞いたの。それで勧められたのがその絵なの」
「絵ですか?もしかして!」
ドニは額縁を見た。寄り添って立つドニとニーナの姿絵が描かれていた。
「こんな嬉しい贈り物は生まれて初めてです!ありがとうございます!」
ドニの目が涙で揺れた。
「良かった。お世話猫がいつか飾りたい物だって猫族の識者に聞いたの。猫族の全部を知ってるって豪語するだけあるな、って思っちゃった。それで、絵を頼むならジョバンニが一番だって聞いて」
「やっぱり!彼の作風に似てるなって思ったんです。全お世話猫の憧れなんです!」
ドニは嬉しそうに隅から隅まで絵を見ていた。ニーナはドニがこんなに喜んでくれて幸せだった。
その夜、ドニはゾーイの家のキッチンで明かりを灯してお茶を飲んでいた。玄関が開く音がしたので、ドニは玄関へ向かった。
「ゾーイ!いるのか?ゾーイ!」
「おかえりなさいませ、コウさま」
「ドニ!すまない。家の明かりがついていたから」
コウは帰ろうとしたが、ドニはコウの腕を掴んだ。
「コウさま、お待ちください。今日は聞いていただきたい事がございます。どうかお座りください。今日が終わればまたドニを避けていただいても構いません」
ドニはキッチンの椅子に座るよう促した。
「ごめん、ドニを避けるつもりはなかったんだけど、ゾーイのこと思い出すのが嫌で、つい」
「いいんですよ。誰だってそうです。ゾーイは猫族の間で有名ですから、何があったのかは伝え聞いています」
「そうなんだ。ルドルフのことも?」
「はい。いまだにルドルフ様は多くの猫族に感謝されていますからね。もちろんコウさまもです」
「俺も?」
「ネオコルム建国の功労者ですから」
ドニはコウの前に紅茶とお菓子を置いた。
「ゾーイが最期までお世話すると、アルジに選んだのはコウさまです」
コウはハッと顔を上げてドニを見た。
「我々は護衛もしますから、アルジと決めた人以外を守ることもあります。あの場面で、ゾーイは戦うことよりも守る方を選びました。本能的にルドルフ様をご無事でお帰しするためには、あの男と戦ってはダメだと。瞬時のその判断、対応、猫族は皆、肝に銘じるようにしています。いざという時は急にきますから。ゾーイのようになれとまでは教えませんけど、何を優先するか、矜持を持って生きなさいって教わるんです」
窓から外を見て、ドニは続けた。
「私は思うんです。本当はゾーイだってそんなつもりはなかったんです。ちゃんとその日のうちにコウさまのところに帰るつもりだったんです。猫族はアルジと決めた者のことが大好きですから」
「ゾーイ」
コウは両手で顔を覆った。後から後から涙が出てくる。
「大好きはいつまで経っても消えないよな」
「我々は守る側ですから、守りたいから守るし、その人が笑顔でいてくれるのならそれで満足なんです。でも自分のために泣いてくれるのは、なにかこう、胸がいっぱいになりますね」
ドニはコウの手をとって椅子から立たせた。
「失礼します」
抱きしめた。
「ワタシの胸に懐かれると幸せになる、と言われておりますので」
ドニの胸に体を預けながら、コウはしばらくボーっとしていた。涙がポロポロと零れて、ドニの胸毛を濡らした。ドニが肉球でポンポンと背中を叩いている。
「人型ってこういう時いいなって思う」
ドニは何も言わずに、ポンポンと背中を叩いていた。
「ありがとう、ドニ。さすが優勝者」
「いつでもお申し付けくださいませ」
ドニは優しく笑った。
ドニの肉球が離れて背中が寂しくなったと思ったら、もふもふが追加された。
「ドニすごい。どうやって?まるでお世話猫たちに挟まれてるみたいだ。猫族の魔法?」
「コウ!」
声を聞いたコウは顔を上げた。
「ゾーイ?」
ドニから離れて振り返るとゾーイが照れ臭そうに立っていた。
「ただいま」
ゾーイは両腕を広げた。
「え。本物?」
「おうよ!」
コウはゾーイに飛び込んだ。
「え。もふもふ度上がってる」
「そうじゃないだろ?」
「おかえり。ゾーイ。俺のお世話猫」
コウはゾーイの胸に顔を埋めてしばらく泣いた。
ドニは三人分のお茶の支度をしていた。
「怪我をした猫はみんなやりたがるんですよね、この再会劇。アルジと決めた者の感情を動かすのが何より好きですから」
「言ってくれれば心配しなかったのに!」
再会の衝撃が落ち着いてきたコウは不機嫌だった。
「この再会劇が終わるとアルジが不機嫌になるところまでが定番なんです。でも、コウさま、ゾーイはちょっと前まで本当に動けなかったんですよ」
ドニは新しく淹れたお茶を勧めながら言った。
「コウ、お世話猫が頑強なのは知ってるだろ?再生能力があるからなのも知ってるか?」
「初耳。俺は何も知らない」
「今回はちょっと怪我が大きかったからかなりの時間が掛っちまったが、基本眠れば治る。ボクのもふもふ度、上がってただろ?ドニが世話してくれてたからだぞ。まあ今だけだから堪能しとけ。さすがドニだよな。何が違うんだろうなぁ」
「まあ、お褒めいただきありがとうございます」
「ゾーイ、また一緒に過ごせるのか?」
「こちらこそ、だよ。アルジ。ドニも今までありがとな。かなり長いこと世話してもらっちゃったな」
「コウさまがお喜びになる姿を間近で見ることができて、苦労が吹き飛びました。再会劇を第三者が間近で見られるのは滅多にないですから。ゾーイ、生還、おめでとうございます」
そう言ってドニは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえばさ、ゾーイ、あの時光って消えたよな」
「あれはお世話猫秘伝の魔法。本当に死にそうになった時だけ使えるんだよ。猫族だけの秘密なんだ。内緒な」
「じゃあさ、猫族はみんなゾーイが戻ってくるって知ってたの?」
「コウさま、ゾーイほどの怪我ですと必ずと言うわけにはいきません。幼い時の龍の魔力のおかげではないか、というのが猫族の識者の見解です」
「それに、色んな人の願いや祈りが力になるんだ。それで劇まで作って、みんなで足繁く通ってくれてたんだよ。劇場に癒しの石を置いて魔力を注ぐためにな。凝り性な猫族の血が騒いだせいで、凄い舞台になってるんだろう?一度見てみたいな。まあ、美化されてるんだろうけどさ。それにしてもニーナ様の魔力は凄かった。治りが恐ろしく早くなった。感謝しかないよ。何を返したら喜んでくれるかな」
「シロに許可取ってからにしろよ?でもきっとゾーイが無事な姿を見ただけで十分だって言うと思うよ?それにその方がシロが拗ねなくてちょうどいい。急に遊びに行って驚かせたら良いんじゃない?あ、もちろんシロがいる時に。ニーナは、ゾーイがお礼を言っただけで喜んで泣くと思うから、絶対にシロがいる時にしろよ。なんなら、シロにニーナにお礼をしたいけどどうしたらいいか聞くのが一番良いかも」
「シロさまは唯一無二を見つけたのか」
「そう。ニーナのこと凄く大事にしてるからな。気をつけろよ?」
「甘々なシロさまか。早く見たいな」
「それにしても、猫族って奥深い一族だな。なあ、酷い扱いをされても逃げなかったのって、なんで?」
「うーん。それが当たり前で育ったからかな」
「ワタシはその時代はあまり知らないので」
「ふーん。そういうもの?ねえ、ネオコルムがあってみんな良かったのかな」
「それは間違いないよ」
「あんな風に皆が幸せに暮らせる国はネオコルムしかありませんから、猫族は未だにコウさまとルドルフ様に感謝していますよ」
「ふうん。ならいいけど」
コウはプイッと横を向いた。耳が少し赤くなっていた。




