15 シロの思い出
「最初は、亜空間から大地が見えるように細工をして、景色を見て楽しんでただけだったんだ」
「大地って?」
「あぁ、元々この国があった所だよ。大地と海でできている大きな丸いのが暗闇に浮いているんだ。今度見せてあげるね。今僕らがいる所はそこから離れていて、浮いている。土の塊が空中に浮いているのを想像してもらえれば分かりやすいと思う。大きな声では言えないけど、僕の魔力が切れたら落ちちゃうんだ。怖い?」
「浮いている実感がないからかも知れないけど、怖いと言うより、シロの負担が大き過ぎることの方が気になるわ。シロの魔力だけで二つの国を浮かせているんでしょう?ユーエラニア観光に連れて行ってもらった時に広い国だって思ったもの」
「心配してくれるの?」
「シロは辛くないの?」
「そう言えば眠っている時間が長くなったとクロに言われたかも。でも、ニーナが傍に居てくれるようになってからは随分楽になったんだよ?」
「私が役に立っているなら嬉しいけど、無理はしないでほしいわ」
「うん。無理はしてないよ」
「それなら良かった。もしかして二つの国以外国交が無かったのはそういう理由?あ!大地には他に誰かが住んでいるのよね?もしここが落ちたなら、大地に住んでいる人も……」
「大地には他にもたくさんの国があるよ。誰も住んでいなくて、この島を置けそうな場所は見つけてあるんだ。近いうちにそこに降ろそうと思ってる。大地はもう平和になったってクロが言ってた。どんな時でもニーナは守るから安心して」
ニーナは笑顔で「守る」と言われてドキッとした。嬉しい。アンナやジャン、ドニが守ってくれるのとは違う。
「嬉しい。ありがとう。でも、シロの無事が一番大切なことよ?」
「分かった。もしもの時はがんばるね」
シロはニーナの頭を撫でた。
「そうそう、最初のきっかけは、人型になれることに気づいたことなんだよ」
「人型?今のシロの姿?」
「そう。今は龍型と人型、どちらにでもなれるんだけど、前は龍型だけだった。特に不便もなかったし気にしてもなかった。きっかけは忘れたけど、急に人の姿が羨ましくなったんだ」
「人型で行動したくなったってこと?」
「そう。川で遊んでたり、野原を走り回ったり、何か楽しそうに遊んでたんだ。人型だったら僕もできるのにって考えるようになった」
ニーナはシロが何かを思い出しながら楽しそうに話していてなんだか嬉しくなった。楽しかったんだな、可愛いな、私も一緒に遊びたかったな。
「僕もそんな風に遊んでみたい、いいなぁ、あんな風になりたいなぁ、って考えてたら人型に変わっていた。人型の僕をクロとコウに見せたら「やっと気づいたか」って言われちゃったんだよ」
「クロさまとコウさまはもう人型に変われたってこと?」
「そうなんだよ。僕は興味がなさすぎて気付いてなかったんだけど、龍は最初からどちらにでもなれるんだって」
「そうなの?」
「魔力量が多いから大抵のことはできるって言われた。人型になれたのなら早速大地に遊びに行ってみれば?ってコウに言われたんだよ。二人はとっくに何度も大地に遊びに行ってたんだって」
少し拗ねた様子で話すシロが可愛らしかった。
「うふふ。それですぐに遊びに行ったの?怖くはなかった?」
「僕らより強い生き物はいないから平気だよ」
シロが指を鳴らすと、部屋の中は森になった。川が流れている。
「僕から離れないで」
シロはニーナの手を握った。
川のせせらぎを聞いていると、空から男の子が降ってきて、川にドボンと落ちて沈んだ。
「え!大丈夫なの?」
ニーナはシロを見た。
「あの時の僕だよ。龍から人に変わりながら降りたら、失敗して落ちちゃったんだよ。ニーナとこの後の時間を共有したくて、ちょっと頑張ったんだ。さあ、僕たちも川に沈むよ?」
驚く間も無くニーナとシロは川の中へ入っていった。ニーナの膝くらいの深さだ。
川の水は澄んでいて、小さな生き物がいる。川底に寝ている昔のシロの隣で、二人も川底に寝そべって空の方を見た。不思議と息苦しくない。
「綺麗。川の裏側から見るとこんな風になっているのね」
川の裏側から空を見た。青い空と木々が揺らいでいる。見慣れない不思議な光景に、ニーナはこのままずっと眺めていたいと思った。
しばらくのんびりと眺めていると、景色が急に濁った。誰かが昔のシロを川の中から引っ張り出したようだ。シロとニーナも川の外へ移動した。
「大丈夫?溺れてた?息できる?」
見知らぬ女の子が焦った様子で話しかけていた。
「え。たぶん」
ポカンとした顔で昔のシロが答える。何が起きたか分かっていないようだ。
「よかったー!びっくりしたわ。溺れてるのかと思った。川で一人で遊ぶのは危ないのよ」
「おぼれる?」
今のシロが困り顔でニーナを見て言った。
「この時の僕は「おぼれる」の意味がわからなかったんだよ」
シロは恥ずかしそうに教えてくれた。
「あなたどこの子?お名前は?」
「なまえ」
見知らぬ女の子は自分を指差した。
「私マリー、あなたは?」
マリーはシロを指差した。
「……」
「あ、ナイショにしないといけないお家の人?じゃあ、シロって呼ぶわね。髪の毛白いし。元気なんだったらあっちでみんなと遊びましょう!」
マリーに手を引っ張られた昔のシロは戸惑いながらも着いて行った。段々と歩く速さが速くなり、追いかけっこが始まると楽しそうな声が森にこだました。
何人かの子どもたちが嬉しそうに走っている。シロもそのうちの一人だ。楽しそう。ニーナは皆に混じって笑顔で遊んでいるシロが可愛くてたまらなくなった。
シロは愛おしそうにニーナを見つめた。
「川底からの景色、ニーナにも見せたいって思ってたんだ。一緒に見ることができて嬉しかった。さあ、続きはお茶を飲みながら話そう」
シロが指を鳴らすと森が掻き消え、二人はドニの家の談話室に立っていた。シロと手を繋いだままだったニーナは、シロに促されてソファに二人並んで座った。
「あの人がマリーさん?」
「そうだよ。僕の初めての友だち。たくさん遊んだ。野原を走ったり、川に石を投げて跳ねさせたり、草原に寝転がって雲を眺めるのも楽しかった」
シロが繋いでいた手を反対に手に変えて、しっかりと絡めさせた。シロが手を振ると二人は亜空間の上空に転移した。足下の遥か下には泉や草原が見える。シロはニーナの腰に手を添えて支えた。
「見て。亜空間を固定して、大地から木や花を移したんだ。良い風が吹くようにクロが魔法を作ってくれた。あの泉はコウが作ってくれたんだよ。それも五つ。僕はあの大きな泉で寝てたんだ」
「猫の肉球みたいでかわいいわ」
大きな泉が一つと、小さな泉が四つ。
「コウが作ったから、好みの問題だな」
二人はお互いを見てクスリと笑いあって、また談話室に戻ってきた。
「マリーの家にも遊びに行ったんだ。あーそーぼー!って言うと、マリーが出てきて遊ぶんだよ。でも急にもう遊べないって言われたんだ」
「急に?どうして?」
「マリーに恋人ができて、結婚するからって言われた。もう遊べないって。僕は意味が分からなかったけど、クロとコウももうやめとけって言うから、残念だったけど遊びに行くのはやめたんだ」
「恋人がいる人が他の男性と遊ぶと悪く言われてしまうから…」
「そういうものなの?せっかく楽しかったのに残念だったな」
シロはお茶を飲んだ。
「そうそう、決まった名前があるって嬉しかったから、クロとコウに会った時に自慢したんだ」
「自慢?」
「名前があるってなんか特別なんだよ」
「その前はどうしてたの?」
「白いの、とか黒いの、とか?髪の色が全員違うし、困ったことはなかったんだけどね」
「コウさまは金髪よね?」
「こんじきの、って呼んでたかな。他にももっと呼び名があったかも」
「そうなの?……あの、マリーさんのことはなんて呼んでたの?」
「マリー?まあ、そのままマリー、かな?そう言えば、最後に会った日は色々な夢を語ってた。白い服で嫁に行くとか、どんな家に住んで子どもは何人で、とか。とにかく嬉しそうだった。人の習慣は良く知らないから、どんな意味があるのか分からなかったけど「私今幸せなの」って微笑んだマリーは綺麗だった。「愛する人に愛されている女性は美しいんだ」って訳知り顔でクロが言ってたの思い出した」
「マリーさん、幸せになったのかしら?」
「さあ?僕が結婚のお祝いを渡しに行った時には会えなかったから、幸せに暮らしてくれてたら嬉しいけどね。そういえばコウの魔力が込もった飾り箱が王宮にあるって言ってたから、今は王宮にいるのかも」
話し終えたシロは、ドニが淹れ直したお茶を飲んだ。
「僕は自分の魔力が大きいせいで気配を探るのが苦手なんだ。ある程度近くに居てくれれば探れるんだけどね。実は、ニーナの気配はちょっと探りにくくて困ってるんだ。僕の魔力と凄く馴染むから、必死にならないと見つけられない。ニーナがずっと側に居てくれたら探さなくて良いのにって思っちゃったよ」
ドニが出してくれたお菓子を見ながら話していたシロがふとニーナを見ると、真っ赤な顔で驚いたようにシロを見ていた。
シロはなんだか急に恥ずかしくなった。
「そうだ!ドニの二つの家を直接行き来できるように扉を作ろう。ドニー、ちょっといい?」
シロはそう言うと、ドニがいるはずのキッチンの方に走って行った。
ドニとどこに作るかの相談を終えると、あっという間に扉を作った。談話室に戻ろうと階段を上がるとニーナがいた。シロは早口で、
「ニーナ、またね。魔力玉、ありがと」
と言うと、バタバタと亜空間のドニの家の玄関から出ていった。




