11 ネオコルム
ドニはニーナを抱き上げると、すごい速さでネオコルムの結界を越えた。ジャンとアンナも後を追ったが、速すぎて途中で見失ってしまった。
街の猫族にドニがどっちへ行ったか聞いてみると、気持ちよく教えてくれた。すでにニーナの事は街中に知れ渡っているそうだ。
元々ドニはもふもふ度を極めたお世話猫として有名だった。そのドニがアルジを決めて家を建てたことでニーナへの関心が高まっていた。
さらに、以前ドニが言っていた通り、ニーナの魔力玉を配って回ったことも効果覿面だった。薄くて頑丈な結界に包まれた小さな炎が美しく、他人の魔力を包んだ魔力玉は前代未聞で、それはもう喜ばれた。
「私たちから話しかけると、ビックリしちゃうかもしれないと思って遠慮してたから、あなた方から話しかけられて嬉しかったわ」
と照れながら言う、親切で朗らかな猫族の人。
誰に何を尋ねても温かい対応だった。アンナにはユーエラニアに残る選択肢もあった。幼い頃からしっかりしてはいるが、まだ十歳のニーナの成長を見届けたくて、両親に相談もせず移住を決断したアンナ。
想像以上に温かいお国柄に、ここで暮らせる喜びがふつふつと湧き上がってきていた。何よりも、ニーナが歓迎されていることに心底ホッとした。
何人かに声をかけるうち、ドニの家らしき建物が見えてきた。街の景色に馴染む青い屋根の白い家。ニーナは青が好き、という情報があったようだ。
ノックをするとすぐにドニが出てきた。
「ごめんなさい。置いて行ってしまいました。気が急いてしまって」
「街で教えてもらえたから大丈夫だよ。ドニが建てたんだって?いい家だね」
ジャンは羨望の眼差しでドニの家を見た。
「ありがとうございます。ニーナ様は今お部屋をご覧になってますよ。ジャン様とアンナさんのお部屋もあります。ぜひご覧になってください。必要なものがありましたらなんなりと仰ってくださいね」
「嬉しいです!ありがとうございます。ドニさん!」
アンナは街で自分の家を探してニーナの世話に通うつもりでいた。パルニアで貯めたお金は鞄の奥に入っている。思い掛けないドニの気遣いが心底嬉しかった。
「お部屋にご案内しますね。アンナさんに初日からお料理していただくのは流石に申し訳ないので、今日は食事に行きましょう。ついでに足りない物を買いましょうね」
ドニの言葉を複雑な気持ちで聞くアンナ。もしかしたらアンナは料理人としてここに居るのかもしれない。
その夜、ジャンがニーナの部屋に来た。ニーナはジャンを部屋の中に招いてお茶を勧めたが断られた。ジャンはしばらく黙っていた。スッと顔を上げてニーナを見ると申し訳なさそうな顔で話し始めた。
「ニーナ、実はボク、ずっと謝りたかったことがあって……」
「ジャンが私に?何かあったかしら?」
ジャンはまた俯いた。
「ニーナが生まれる前の事なんだけど」
「うん」
「ボクが戯れたせいで龍玉が亜空間から転移したんだ。その先でニーナを選んだ。そのせいで魔力が増えたニーナはアマリリスに怖がられて、養育放棄を……」
ニーナは首を横に振った。
「結果的にジャンは私の命を守ってくれたのよ」
「どういう事?」
「リリアンの炎玉」
「あれは、ニーナの魔力がアマリリスを怖がらせたからで」
「確かにあの時はそういう理由で私を撃ったんだと思うわ。でも、本能的にリリアンは炎玉を誰かに向けて撃ちたいのよ。ジャンがいてくれなかったら私は早々に……」
「まさか……いや、あり得る」
「両親の無関心は寂しかったけど、そもそも両親がどんなものなのか分からないでしょう?無関心じゃない両親がどんなものなのか、想像もできないの。私にはジャンとアンナが居てくれて、大切に育ててもらったわ。ドニにも会えた。それに今、私は自由よ。ジャンのおかげで自由になれた。私は私。楽しいことは自分で探すわ。だからジャン、謝らないで。それよりも、今まで私を守ってくれてありがとう」
「ニーナ……」
「でも、これからもよろしくね?」
ジャンは泣き笑いのような顔でニーナを見て、心を決めたように頷いた。
「もちろん!ニーナ、こちらこそよろしく」
ニーナとジャンは固く握手をした。
安心できる場所でぐっすりと眠った翌日、ニーナたちはネオコルムの街に来ていた。街には猫族が多いものの、ユーエラニア人もいた。猫族に害を与えない『人』はネオコルムで過ごす許可が貰えるらしい。
「猫族はどのくらい居るの?」
「数えた事はありませんが、意外と居ますよ。ちなみに猫族は四種に分けられます」
「知ってるわ!お世話猫と人型、猫型、獣人型の四種!」
「正解です。猫型と人型はジャン様が変身する姿でなんとなくお分かりかと思います。獣人型の人に会ったことはありますか?」
「あったのかもしれないけど、分からなかったわ」
「正解です。橋の交易所で働いている方がいらっしゃいました」
「全然分からなかったわ。どういう特徴があるの?」
「そうですねぇ。耳が猫耳だったり、長い尻尾があったり、千差万別です。帽子を被っている方が多いかもしれません」
「そうなのね」
「ジャン様のように大きさを変えられる者はいません。ジャン様だけです。ご覧になったことは?」
「あるわ。初めてジャンにあった時と聖堂で助けてもらった時で、全然大きさが違って驚いたの。可愛いジャンとかっこいいジャン」
ジャンが照れているのを見て、二人は顔を見合わせてクスッとした。
市場に着くと、ドニは手をポンっと叩いた。
「さて、ここからが本題です。街の市場で晩ごはんの材料を買いましょう」
「お買い物?私が買ってもいいの?初めて!」
「もちろんです。お一人でも、と言いたいところなんですが、猫族はニーナ様に興味津々なので、しばらくはジャン様かドニがお供します。あ、アンナさんにも興味津々なので、別々に動けるように専属のお世話猫を呼びました」
「え!私もですか?」
「アンナさんはニーナ様をお育てした方で、ジャン様のご友人ですから」
「なんかすみません」
「さあ、こちらにいらしてください」
市場の入り口から少し離れたところに、緊張した様子のお世話猫がいた。
「あ!ドニさん!おはようございます!皆さん、ぼくはモックです!よろしくお願いします!」
ドニがモックに皆を紹介して、順々に握手をした。
「モックさん。アンナです。こちらこそよろしくお願いします」
「頑張ります!では早速ですが、アンナ様、今日はどうなさいますか?」
「モックさん、今日は街で食材を、とさっきドニさんが」
「分かりました。初護衛業務頑張ります!」
ドニは若いモックが初任務で張り切っているのを、優しい眼差しで見ていた。それからアンナに近付いて言った。
「モックは今年のお世話猫大会、護衛部門の優勝者なんですよ」
「ごえい?私危険なんですか?」
「いえいえ、念のためですよ。猫族に絡まれると長いので。さあ、行きましょう!美味しい食材が待ってますよ!」
その日の夕食はとても美味しかった。アンナの料理はモックも絶賛。モックの喜び方が面白くて、楽しい食事の時間となった。
笑いあって過ごす夕食の時間。パルニアの家ではずっと警戒しながら過ごしていた。こんなにゆったりと、何も心配することなく過ごせるなんて……パルニアの家を出て良かった、とニーナは思った。
それからニーナもアンナも自由にネオコルムでの生活を楽しんだ。街は綺麗で住人は優しい。ユーエラニアの王都に比べたら少ないが様々なお店もある。
本屋や雑貨屋、市場を回り、食事処や甘味屋で食事をする。ニーナはお金の使い方を覚えた。最初はモノ珍しそうにしていたネオコルムの人々も段々とニーナやアンナが日常の一部になっていった。
アンナは橋の交易所と聖堂を介して、両親と連絡を取った。ニーナを育てていた間、気を抜くことができなかったアンナが家族に会うのは十年振りだった。
母親が龍の愛し子の絵本を持ってきてくれて、アンナはネオコルムの食材を渡した。
「なぜアンナはネオコルムに?」
父親の行きつけだという橋の食堂で母親が心配そうに聞いた。
「何があったのかはごめんなさい、今は言えないの。でも前よりもずっと楽しく暮らしているわ。いつか話せる日が来るかもしれないけど、私はこの選択は間違っていなかったと思ってる。お父さん、お母さん、体を大切にしてね。娘として何もできなくてごめんなさい」
両親は揃って首を横に振った。
「アンナが自分の足で立って、楽しく暮らしているならそれが一番嬉しいよ。お前こそ体を大事にな。直ぐには助けに来られないから」
家族は抱き合い、再会を誓って別れた。
アンナのすぐ後ろの席で、セルジュの側近がアンナたちを監視していた。商人の夫婦は街での評判が良く、交易所での商売の実績からも不審な点はない。
商人の娘と一緒に結界を出た女の子は、十歳の検査で魔力が無かったそうだから養育放棄は仕方がない。高魔力保持者からいつも魔力がある者が生まれるわけでもなく、突然変異は様々な形である。両親に理由を話せないと言うのもそのせいだろう。貴族が絡むと面倒だ。
恐らく娘も女の子が心配で一緒にここまで来ただけだろう。養育放棄された者は橋に来た方が暮らしやすいと聞く。ネオコルムの誰かが可哀想に思って受け入れたんだろう。今までもあったことだ。
セルジュの側近は一応接触を試みたものの、アンナがすぐ結界の中に戻ってしまい叶わなかった。
久しぶりの養育放棄だったため、念のため調査に来たが、特に変わった様子は見られず「考えすぎか」とセルジュの側近は帰路についた。
それからしばらくしてネオコルムでの生活が落ち着いてきた頃、ニーナたちは街で上演されている舞台を観に来た。
魔法劇と言われるもので、魔法を使った様々な効果がすごいと評判だった。娯楽が多いネオコルムでも特に有名なゾーイの物語が上演されていた。
ゾーイはコウの元お世話猫としても有名だが、コウと共にネオコルム建国の功労者なのだそうだ。不当な扱いをされていた猫族を救った恩人とも言われている。
もう一人の功労者、ルドルフを身を挺して守ったこともあり、未だにお世話猫からの尊敬を集める存在でもあった。




