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1 ユーエラニア


 ユーエラニアとネオコルムという二つの国があった。二つの国を繋ぐのは大きな橋のみ。二つの国と橋にはそれぞれ結界が張られ、自由な往来はできない。結界の外を闊歩する魔獣による害を避けるためでもあった。


 二国間の交流は橋の上でのみ行われていた。どちらの国も交流があるのはお互いの国だけ。そこには交易所があり、それぞれの国の聖堂が発行する許可証を持った者だけが結界を越えることを許されていた。


「おや!久しぶりじゃないか!なかなか来ないからどうしたのかと話してたんだよ」

顔馴染みの男が大きな荷物を持って店に入ってきた。


「今年はうちの街が貢物の番で、皆必死だったんだ。商売が滞って大変だったよ」

少しやつれた顔の男が、大事そうに大きな荷物を下ろした。


「ここに来れたってことは選定が終わったのかい?」

やつれた顔の男が荷物の中から繊細な細工の装飾品を買取台の上に並べ始めた。


「ああ。なんとか王太后に上納したよ。それで、選ばれなかった物を持ってきたんだ。買い取ってくれるかい?」

店主は見事な細工の装飾品を手に取り、査定を始めた。


「もちろんだ!取引にうちの店を選んでくれて嬉しいよ!元々ユーエラニアの装飾品は人気が高い。その上、上納品候補になった物は質の高い物が多いからね。なぜ選ばれなかったのか分からないって首を捻るのが毎年の恒例だよ」


「そう言ってくれて助かるよ。この一年本当に苦しかった……」

やつれ顔の男は手拭いを出して額の汗を拭った。

「魔力を紡いで作るんだってね?大変なんだろう?」


「あぁ、街中老いも若きも数ヶ月絞り出してやっとのことで作るんだ。ヘトヘトだよ。商人が商売をする元気すらなくなったよ」


「王太后デルフィーヌ様、か。罪深いお人だねぇ。王が変わったってのにまだ君臨してるんだろう?王様もたまったもんじゃないねぇ」

「ここだから言えるんだが、市井の不満は大きいよ。何にも助けてくれなかったことを皆覚えているからね」


「あぁ、街を整備したり行政を行き届かせたりしてなかったんだろう?その上、上納品を寄越せってんだから。王族なんて何でも持っていそうなもんだけどな。ま、おかげでそのおこぼれを頂戴して良い物を仕入れさせてもらって、こっちとしてはありがたいことだけどさ」


「治安が悪い地域もできて国内を移動するのが怖くなったよ。ただ、不思議とそういう街は指名されないんだ。全部分かってるのかもしれないよ」


「はぁー、勝手だねぇ。わしらは少ない魔力で頑張ってるのにさ。凄い魔力量を持ってるんだったら、ちょちょいっと直してくれれば良いのにな。宝飾品だって自分で作れるだろう?」


「魔力量が多い人は制御が上手くないんだ。こんなに繊細な細工は無理だろうね」

「なるほどねぇ。無い物ほど欲しいってか」


「ははは。その通りだね。とは言え、これでしばらくは安心して過ごせるよ。可能な限り色を付けて買い取って貰えたら街の者が助かるよ。商売だから普段は甘えないようにしているつもりだが、あんなにも疲弊した姿を見た後だと土下座して頼みたい気分だ」


「馬鹿にしてもらっちゃ困るよ。商売は商売だからな」

「おやおや雲行きが怪しいね。そうだ!その前に聞いておきたいんだが、ネオコルムの特別美味い果物を知りたいんだ。娘が公爵家で働く事になったお祝いに、思い出に残るような果物を贈ってやりたくてね。最高の品を教えてもらえないだろうか」


「任せてくれよ!娘さんがずっと忘れられないようなとびきりのを紹介するよ」

「ありがたい。アンナの喜ぶ顔が浮かぶよ。ここの美味しい野菜や果物を仕入れるのはもちろんだが、久々に橋で食事をするのも楽しみでね。橋の食堂は何を食べても美味いだろ?それに久々にここで良い品物を仕入れられて、商人として生き返ったよ」


「そんな良い笑顔でそう言ってもらえてこっちも嬉しくなっちまうよ。さ、これが今回の代金だ」

「え……こんなに?……ありがとう。本当にありがとう!恩に着るよ」


「気分転換に美味いものでも食って、またこれからも良い品を頼むよ。それとこれ、高級果物の店の紹介状だ」

男は泣き笑い顔で何度も頷いた。

 

 ユーエラニアの現在の王、セルジュ・ドルムエラルも王太后デルフィーヌに苦しんでいた。魔力量は誰よりも多く、衰えを知らない美貌を特別視する輩が数多くいた。


 先代の王は色狂いで、好きなだけ妻を増やした。デルフィーヌは正妃として君臨したが結局子は授からず、それを理由に妻も子もどんどん増えた。


 しかしその子どもたちは成長の過程で、早ければその母親ごと、一人、また一人と数を減らし、先代王の血筋は一人も残らなかった。先代王の悲劇と言われ、デルフィーヌは当然疑われたが証拠は見つからなかった。

 

 デルフィーヌが王に成り代わり、国を治めた十数年間、その治世で発展したのは彼女を着飾るドレスや宝飾品関連の産業だけだった。


 人手不足や資金難で食べ物が足らなくなり、自然農法から魔法農法に変わった。効率化と量産には成功した。ただ味が。交易所がある橋の食堂で使われている自然農法のものとは雲泥の差となってしまった。


 現王セルジュは直系ではないものの、先代王の悲劇の影響で王族の一人として王城で暮らしていた。何代か前の王弟から分かれた血筋で、自分が王になるとは全く考えていなかった。


 市井の不満の高まりを受け、セルジュが成人したのを理由に王となった。しかし衰えぬデルフィーヌの権力と、行き届いていなかった行政の負担がいつしか彼を蝕んでいった。


 そんなセルジュを支えたのは、オルヴィエカだ。初めて会った夜会で、その若さと美貌でセルジュを夢中にさせた。王妃に据えるには出自が、と反対され、ならば子どもを、と言われたがなかなか授からない。


 そうこうするうちに、オルヴィエカは体調を崩した。民間療法でも何でも良いと探すうち、龍玉の話を耳にした。龍が愛し子に与えるという龍玉。


 側近の調べによると、デルフィーヌに上納された飾り箱にあった白玉のことらしい。細工が素晴らしい飾り箱に豊かな魔力を湛えた白玉が入っていた。


 市井で見つかった絵本や、龍から材料を貰ったという飾り箱職人の記録。雲をつかむような話ではあったものの、調べてきた側近は確信があるようだった。


 龍玉さえ有ればオルヴィエカの体調が戻ると信じたセルジュは、秘密裏に白き龍の愛し子を探させていた。


「また今年もいなかったのか」

「はい。まだ見つかっておりません」

「王太后の得体の知れない魔力を検出する魔道具、だったか」


「はい。気取られぬよう王太后様の魔力の解析をしました。解析もうまくいきましたし、検出する魔道具に問題はありません」


「職人の記録から探っていた者によると、先日虹龍(こうりゅう)とみられる男が飾り箱を注文したそうです」


「龍玉らしきものが入ったまま上納されたという飾り箱のことか?」

「はい。コウと名乗る者が注文に来たそうです。近々愛し子さまが誕生されるのではないでしょうか。上納された品の中に飾り箱があったわけですから、また上納するのではないかと」


「飾り箱か」

「はい。今回も龍の力が込められた材料を預かったようです。例の魔道具は反応しませんでした。王太后の飾り箱と同じ魔力かどうかは、対応する魔道具がないため確認が取れていません。細かい細工は人の手でないと、と言っていたとか」


「その台詞、確か例の職人の記録にもあったな。今までで一番信憑性が高そうだ。いつ現れそうなんだ?」


「できる限りのことはしておりますが、いつになるかまでは」

「まあ、それもそうか……状況は?」


「既に聖堂に検査機を置き、妊娠報告から魔力量検査までを義務化して、漏れのないように気を配っております。義務化前の王国民の検査も先日やっと終わりました。残念ながら、反応する者は見つかりませんでした」


「ふぅ……いるかどうかも分からない愛し子サマに、愛しいオルヴィエカの命運がかかっているとはな。白き龍さまとやらにお会いしてみたいよ」


「セルジュ様が動かれるのはどうかおやめください。何かあったら困ります。それに、どうか、酒をお控えください」


 セルジュは今夜も酒を呷らないではいられなかった。




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