ゲンとラーちゃん、改めて約束を
武頼庵様の自主企画『収穫祭&味覚祭り!!』参加作品です。
そして「ゲンとラーちゃんシリーズ」三作目。これだけで話が分かるように書いています。
テイマーのゲンとスライムのラーちゃんは、いつものようにオコメを探して旅を続けていた。そして、オコメを見つけたらしいラーちゃんの後を追っていたゲンは、その先に見えたものに首を傾げる。
「あれ、街だ」
ピョンピョン跳ねていたラーちゃんも、不思議そうな顔をして立ち止まった。
その視線の先には、壁があって門がある。そんなに大きくはなさそうだが、街は街だ。門のところには兵士らしい姿も見える。
「あの街の中にオコメがあるってこと?」
ラーちゃんが体を上下にプルプルさせた。返事は肯定。それを見てゲンは考え込んだ。
オコメは過去に絶滅したと言われている食べ物だ。ゲンの故郷のように、細々と育てている場所もあるから、完全に絶滅しているわけではないのだが、少なくとも世間ではそういう認識だ。
絶滅しても育たなくても、それでも残って落ちていることがあるから、そういうものをゲンとラーちゃんは探している。けれど、今まで街の中で見つけたことはない。
「オレんとこでも育ててたんだから、他でもそういうところがあってもおかしくない、のかなぁ?」
ラーちゃんと顔を見合わせる。が、そうしていても結論は出ない。
「行ってみよっか」
返事は、上下のプルプルだった。
***
街に近づくと、肩に乗っていたラーちゃんが、ピュッとゲンの服の中に潜り込む。その反応に、ゲンは嫌な予感がした。
「行かない方がいい? でも、オコメが気になるよね」
ゲンの言葉に、服の中がゴソゴソ動く。上下に揺れたのか左右に揺れたのか、これだと分からない。ゲンは少し笑って、街に足を向ける。
「ラーちゃん、中にいてね」
その言葉に、またゴソゴソ揺れるのを感じながら、ゲンはそのまま歩く。ギロッと見てくる門番の兵士さんの前に立った。
「こんにちは」
挨拶は明るく元気に。それが鉄則。そして、旅に出るときに村の人たちに教えられた、もう一つの鉄則がある。
「お兄さん、街に入っていい?」
例え見た目がおじさんに見えても、絶対それを言うな。お兄さんと言え。
村にいた"おじさん"たちに言われた鉄則は、何のことやらゲンには不明だが、きっと意味があるんだろうと思って、それを守っている。今のところ、それで問題になったことはない。
実際、目の前の門番の兵士さんは"おじさん"に見えるのだが、お兄さんと呼びかけた途端に、笑顔になった。
「おう。身分証はあるか?」
「うん、これ」
村でもらったものもあるが、ここで見せるのは冒険者ギルドでもらった身分証だ。
どこにあるかも分からない小さな村の身分証よりは、ギルドの身分証の方が効力があると説明されて、それもそうかと納得した。
ゲンが身分証を見せると、兵士さんの表情が少し動いた。しかし、すぐ笑顔になる。
「よし。入っていいぞ」
特に嫌な感じはしない。ゲンは頷いて、街の中に入った。
***
街の中も変な感じはない。それでもラーちゃんは服の中に潜ったままだ。ゲンも出そうとせずに、そのまま街中を歩く。適当に歩いていたら、あっさりとそれを見つけた。
「田んぼ、だね……」
まさか、故郷以外で見るとは思わなかった。小ぶりであるものの、確かにオコメが育てられている田んぼだ。今は刈り入れが終わっているのか、そこには何もないが。
ラーちゃんが、服の間からピョコンと顔を出した。そのまま降りようとしたのを察して、ゲンは止める。
「ダメだよ、ラーちゃん。ここは人ん家だから、勝手に入っちゃダメ」
出てきた理由が、見える先に落ちている稲穂だろうけど、これは勝手に取っては駄目な奴だ。ゲンが注意すると、ラーちゃんは上下にプルプルした後に左右にも揺れる。理解はできるけど不満だ、というところだろうか。
「ここのオコメ、食べられそう?」
聞くと、左右にプルプルした。否定、ということは食べられないということだ。
だったら無理することもない。ここに来るまで収穫はゼロだが、幸いにもお金に困っているわけでもない。
「…………!」
視線を感じた。自分を、ラーちゃんを見る視線。それを感じたか、ラーちゃんがまた服の中に入り込んだ。
街中に入れば、視線を集めるのは珍しくない。一応ラーちゃんも魔物だし、見られてしまうのは仕方がないと思っている。けれど、それらの視線とは、何か違う気がする。
「食事だけしたら、すぐ出発しよう」
視線はすぐに消えた。けれど、ラーちゃんは明らかに警戒している。服の中でゴソゴソ揺れるのを感じながら、長居はやめようとゲンは思ったのだった。
***
「栗のオコメあります……?」
冒険者ギルドに併設されている食堂。その入り口の張り紙を呼んで、ゲンは首を傾げた。栗のオコメって何だろうと思いながら、中に入る。そこにいたのは、いかにも冒険者らしい屈強な男たち。
「おう坊主、いらっしゃーい!」
そして、ゲンに声をかけてきたのは、厨房に立っている人だ。白い帽子を被っているから、きっと料理人さんだろう。冒険者らしい人たちは、昼間から酒を飲んでいるのか、その匂いがすごい。
「こんにちは。あの、入り口のところの張り紙ってなに?」
「栗の入ったオコメだよ。残り一食分だ。食うか?」
栗のオコメってそういうことかと思いながら、疑問を口にする。
「オコメってオコメだよね。絶滅したっていう……」
「おう、そうだぜ? でもな、オコメを研究している偉いお方がこの近くにいるんだ。で、その人から頼まれてこの街で作ってる。で、そのうちの一部を、ここで作って売ってるってわけさ」
得意そうな料理人さんに、ゲンは「へぇ」と感心した。研究して育てている人がいるなんて知らなかった。ギルドにオコメを持ち込んだとき、教えてくれても良かったのにと思いながら、さらに質問した。
「あと一食だけ?」
「ああ、そんなに量はないんだよ。一年で今の時期しか収穫できないんだ。だから、一年間で限定五十食。でも物珍しいからあっという間になくなっちまうんだよ」
なるほどと思う。ゲンの故郷でも、そんなにたくさん獲れたわけじゃないから分かる。獲れたてのオコメはほとんど食べることはなくて、冬の間の保存食だった。そして、春まで残っていたことはない。
「んで、坊主食うか?」
「んー、いや、こっちの焼き芋二つちょうだい」
「なんだ、いらんのか」
「うん。お酒臭いから、外で食べられるものがいい」
その途端、ゲンの背後から「ギャッハッハッハッ」とデカい笑い声が響いた。
「ガキに言われてんぞ」
「酒臭いのは間違っちゃいねぇ」
「なーに言ってんだ。昼間っから酒飲めるようになって、一人前の冒険者ってな」
「どっちにしたって、ガキにゃ十年早ぇ」
そしてまた「ギャッハッハッハッ」と笑い声が響く。冒険者たちだ。ゲンが目をパチパチさせていると、「うっせーぞ!」と料理人が怒鳴った。
「悪ぃな、坊主。にしても、坊主が二つも芋食うのか? 結構デカいぞ」
一瞬返事に悩んで、ゲンは頷いた。
「うん。オレけっこう食べるんだよ」
「そうかそうか。よしじゃあ二つな。熱いから気をつけろよ」
「うん」
確かに大きい。ゲンは両手で抱え込むようにして受け取って、食堂を出る。――背中に自分を探るような、ネットリした嫌な視線を感じた。
***
「なんだ坊主、もう街を出るのか?」
そう声をかけてきたのは、街に入るときにもいた兵士さんだ。「お兄さん」と呼んだら笑顔になった門番の兵士さん。
その兵士さんが、意味ありげな顔でゲンを見ている。
「うん、もう行くつもり」
「ソイツくらい食ってきゃいいんじゃねぇの?」
ソイツとは、ゲンが両手に抱えている焼き芋だろう。食堂を出て、そのまま門のところへ来たのだから、抱えたままだ。
「平気。街の外で食べるの、慣れてるから」
「そうか。――分かった、気をつけてな」
兵士さんは、一瞬だけためらったように見えた。が、すぐにゲンを通してくれる。
「ありがとー、お兄さん!」
手は振れないが、元気よく言って頭を下げる。そして走り出した。
――さすがラーちゃんだと思った。ここは自分たちにとって良くない場所だ。できるだけ早く遠ざかった方がいい。
***
「リーダー、いいんですか? あの子たぶん……」
ゲンの姿が見えなくなった後、門番の兵士が困ったようにリーダー……ゲンを通した兵士を見ている。その視線を受けても、リーダーは動揺の一つも示さない。
「見たのか? オコメを見つけるという白いスライムを」
「え? いや、そりゃ見てませんけど。でも街から出すなって知らせが来てましたし」
「フン」
リーダーは鼻で笑った。
「いいか。あの子は俺をお兄さんと言ったんだ。おじさんではなく」
「……は?」
「もし俺をおじさんと呼んだなら、とっ捕まえていた。だがお兄さんと呼んでくれるいい子を、俺にどうにかしろというのか?」
「……いやでも、あのくらいの子から見たら、リーダーは普通はおじさん……いでぇっ!?」
拳骨を落とされて、兵士は悲鳴を上げる。手で押さえている兵士を見て、もう一度「フン」と鼻で笑う。すでに姿が見えないゲンが去っていった方向を見て、小さくつぶやいた。
「さっさと出ていくとは、いい勘してんじゃねぇか。捕まるなよ」
そうでなければ、逃がしてあげようなどとはしなかった。
子どもを捕らえようなんて真似は許せない。それでも、もしその子どもが一人で生きていけないなら、それもしょうがないと考えた。
一人で旅して回るなんて、いつどこに危険があるかなんて分からない。いつも誰かが助けてあげられるわけではないのだ。それならば、まだ自分の目が届きそうなこの場所で捕まえて、ある程度の安全が守られるように対処した方がいいと思ったのだが。
でもあの子なら大丈夫だろうと、リーダーは内心で笑ったのだった。
***
「街から出した……?」
「はい」
ゲンと話をした料理人に問い詰められて、リーダーは悪びれることなく肯定の返事をする。料理人は、テーブルをドンと叩いた。
「なぜっ! 出すなと知らせを出しただろう!」
「白いスライムを見ていませんから。同一人物か、自信がありませんでした。人違いで、何の理由もなく街の中で留めたなんて、大問題ですから」
しれっとリーダーは言い放つ。料理人の額の青筋が増えていく。
「私は見たのだ! 畑で白いスライムとあの少年が話しているところを!」
「左様ですか。自分は見ておりませんので」
「ぐぎぎぎぎ」
目が血走って謎の言葉を発している料理人を見ながら、今度はリーダーが問いかけた。
「ところで、なぜあの少年とスライムが、オコメを見つけることができるとご存じなのですか?」
「そんなもの、ギルドから話があったからに決まっているだろうがっ!」
「あなたは、オコメの研究と併設されている食堂を経営しているだけで、ギルドの職員ではありませんよね?」
「だからなんだっ!」
鼻息荒く、料理人が言い放つ。それを聞いたリーダーは、懐から何かを取り出した。
「最近、少年の情報が流出しているのが確認できましてね。自分はその調査を行っています。ご協力、願えますよね?」
「……は?」
ゲンの情報は機密事項だ。相手が誰であろうと、漏れてはならない。だというのに、一番漏れてはいけないオコメの研究者に、その情報が漏れてしまっている。
目の前に突きつけられた冒険者ギルドからの極秘任務書に、料理人はポカンとして、すぐに顔を引き攣らせた。
――それから少しして、この街から料理人の姿は消えた。ついでに冒険者ギルドの職員も何人か入れ替わった。オコメはもう食べられないのかと残念がられたが、それ以上街の人が気にすることはなかったのである。
***
ゲンは、街が見えなくなった後もしばらく走り続けた。そして、嫌な予感が消えたのを感じたところで、地面に腰を下ろす。ラーちゃんが、ゲンの服の中から顔を出した。
「ラーちゃん、焼き芋食べる?」
ピョンと笑顔で跳ねる。街で見せた警戒心はなく、変わらない様子にホッとする。ラーちゃんが警戒する場所に行くのはやめようと思いつつ、ゲンは持っていたうち一つの包みを剥がす。
「まだ熱いよ」
言いながらラーちゃんに差し出す。同時に焼き芋にかじりついて、ピャッと飛び退いた。それを見て、ゲンは笑う。
「だから熱いって言ったのに」
すると抗議するかのようにラーちゃんがゲンに体当たりしてくる。それを難なく受け止めながら、ゲンはもう一つの包みを開けて口にする。
それを見て、ラーちゃんも自分の分にかじりついた。学んだのか、フーフーしながら食べている。
ゲンはさらに一口食べて、そして口を開いた。
「……ちょっとね、食べたいって思っちゃったんだ。オコメ、久しぶりだったから」
食うか、と聞かれたあの時。故郷を出て初めて遭遇した、うち捨てられたものではない、ちゃんとしたオコメ。懐かしいなと思った。食べてみたいなと思った。
「――でも、一緒じゃないから。ラーちゃんと一緒じゃないと、意味がないから」
手を伸ばして、ラーちゃんを撫でる。
ラーちゃんは、オコメを食べたいと思いながらも、食べると咳が出て止まらなくなってしまう。だから、ラーちゃんも食べられるオコメを見つけて、一緒に食べる。それを目的に、旅を続けている。
「ぜったい、二人でオコメを食べようね」
ラーちゃんも、自分からゲンの手に自らの体をこすりつける。一人と一匹の、大切な約束だ。
「食べたら出発しよっか」
ラーちゃんは上下に体をプルプルさせる。そして、揃って似たような笑顔で、焼き芋を食べたのだった。