塩職人、追放されるのこと
「追放だ!」
いきなりかよ!!
敵城に乗り込む目前で俺に指を突きつけてきたのは、この世界の勇者マルガレ。精霊の鎧を身に着け、流れるような金髪の美少女だ。
「いきなりじゃないわよ! 前々から考えてた! このアホ!」
アホとはなんだよ!
「うっさい! どっかいけ!」
「まぁ、役に立つかと思って連れてみても、一向に役に立たないですしねぇ」
ヒーラーのメグが言う。
俺だって役に立ってるだろ。夜の見張りとか。
「それぐらいなら私の使い魔でもできますのでぇ、はいー」
エルフにして魔法使いのサビーがカラスを撫でながら言った。
確かに3人とも上級レベルのエリートで、冒険者として俺とは段違いだ。
だからこそ、俺はこいつらの力を借りたくて、パーティに入れてもらったのだ。
俺にも|魔王を倒さなけりゃいけない理由がある。《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
頼むよー。一緒に連れて行ってくれよ。いや、連れて行ってください、お願いします! 何でもしますから!
「ん? いま……」
「何でもするなら帰って! もううんざりなのよ!」
「料理とかさ、出来ないの困るだろ!」
「確かに、あんたの料理は美味しいけど……」
「でもそうですねぇ、水浴び覗いたりとかぁ、余計なことばかりしますしぃ」
「はぁ!?」
あれは隠密スキルの練習でたまたま……。
分かった事は、魔法使いには対策取られると見つかるってことだったけどな。
「信じらんない! シオコシのバカ! じゃあね!」
あっ……。
「いいんですか? マルガレ嬢……」
「いいのよ、ここから先の戦いにはあいつは連れていけないわ……」
なんかごちゃごちゃ言いながら、みんな行ってしまった。
役に立たないのはしょうがないだろ! だって俺、塩職人なんだから!!!
俺、シオコシこと塩腰勇次郎の声が荒野に響いたが、【加速】で風のように去ったアイツらには届かないだろうな。
そして数時間後、勇者マルガレ一行は敵の居城アンデルボルグに攻め入り、その奥底で城主アンデルブルクト──ヴァンパイアに追い詰められていた。
「くっ、こんな奴に……」
「ザマァないザンスねぇ」
フザケた話しぶりだが腐ってもヴァンパイア。
マルガレ達は明らかに戦力を見誤っていたのだ。そもそもマルガレには自信過剰というか無謀に近い所があり、これまでが上手く行き過ぎていたとも言える。
「もう限界ですぅ〜」
サビーの張った【盾】がついに割られた。傍らには使い魔が墜ちている。
メグの治癒ももう無い。
刀折れ、魔法尽きた。
「もう終わりザマス!」
アンデルブルクトの死の攻撃が、マルガレ達を襲う!
「ヒィッ!」
「神さまァ!」
「短い人生でした……(204歳)」
しかし、そのときは訪れなかった。
代わりに何らかの衝撃がアンデルブルクトを突き刺し、ぶっ飛ばして霧散させた。
「一体、何が……?」
少女勇者たちは、呆けるしかなかった。
これで世話になった借りは返したからな。
俺は狙撃銃のスコープから顔を上げた。
こいつは〈限定武器職人〉で出来たものだ。
こいつにスキルポイントをつぎ込みまくったから一般的には「約立たず」と言われるようなスキル配分になってしまった。
その代わり、戦士のような戦闘スキル無しでも、相手を狩れるようになったのだ。
──俺は塩腰勇次郎。先祖代々の塩職人だ。だった、というべきか。
トラックに撥ねられて女神に転生されて今ここにいる。
女神は魔王を倒せば現世に生き返らせてくれると言う。
塩腰家は俺しか跡取りはいないのだから、イヤもオウもなく、俺は魔王を倒さなけりゃいけないのだ──
それでいて、俺の職業は『塩職人』だ。これは生活ではめちゃめちゃありがたがられるが、当然戦士系とは違って、魔王どころかそこらのゴブリンとすら戦えない。
しかしこの塩職人、戦闘において、一つ良いところがあった。
なんと塩の弾丸が作れるのだ。これは現代の様な低致傷兵器から、超硬度の破壊兵器まで俺次第。
そしてめちゃくちゃ苦労して職人系上位スキルのさらに上位スキルである〈限定武器職人〉から狙撃銃を手に入れたのだった。
そんな武器があるならあいつらに教えればいいじゃないかだって?
そこにわざわざ〈限定〉が必要な理由がある。
なんとこの世界、狙撃の概念が無い。
これはすなわち、誰にも知らせなければ〈狙撃〉がユニークスキルとなり、【矢返し】などの対抗が出来なくなるのである。
要するに「漏れ」を気にすると、口を噤んで約立たずを演じるしか無かったのである。
(〈狙撃〉は現状俺の独占だが、〈限定武器職人〉は独占ではないので、知られると狙撃銃を作られる可能性があるのも困る、という理由もある)
さて、追放されたのだから、これからは積極的に狩って行くことにしよう。
〈隠密〉を使いながら、その地を後にする。
俺は痕跡の残らない塩弾丸。