新年 (オルフェ視点)
「オルフェ。お年玉って知ってるか?」
「何だそれは?それより、仕事はどうした?」
新年祭が終わって、沈んでいたが日が真上に登る頃、後始末の仕事もまだ終わっていないだろう奴が、何の連絡もなく私の屋敷を訪ねて来た。
「最近知ったんだが、街では年が明けると、子供達が親戚関係の家を回ってはお金を貰うらしい」
後半に言った私の言葉など聞こえなかったように、お年玉というものに付いて語って来る。
「今まで貰った事がないが、それって俺達も貰えるのか?」
「知らん。そもそも、そんな物乞いのような真似など出来るか」
仕事の手を止める事もなく、机の上の仕事を順に片付けていく私の姿を見ても、レオンの話しは止まらない。
「中には見栄を張って多めに入れる事もあるらしくって、見栄で生きている貴族連中ならたんまり貰えるんじゃないかと思ってな!」
「お前な…王族のくせに、言っている事が情けないと思わないのか…?」
「王族だからこそ、街の人間達の事は知るべきだろう!」
「物は言いようだな…」
「ちょっと金がいるんだよ!!だから、一緒に行くぞ!」
何時もの事だが、当然のように私も一緒に行く事になっていた。コイツには、机に乗ったこの書類の山が見えていないのか?耳だけではなく、目まで悪くなったか…。だが、それもいまさらか…。
「先に言っておくが、私の親戚関係者など、王都にはいないぞ」
祖母はもういない。祖父も南の島から帰って来る事は、絶対にないだろう。たしか、父方の叔母が王都から比較的に近い街には住んではいたはずだが、日帰りで帰って来れる距離ではない。
「んー。親でも良いらしいんだが…父上が素直にくれるとは思えない…。貰えたとしても、大量の仕事と引き換えにされそうだ…。頼めそうな叔母様は、今年もお戻りになられなかったからな…」
「解散だ」
レオンの話しを聞いて、私は即座に解散の言葉を口にする。父上なら2つ返事で渡してくる事は予想に難くはない。だからこそ、レオンから父上の話しをされる前に、この話しを早々に終わらせ、それを阻止したい。
「まだ始まってもいないだろ!」
「回る場所もないのだから、もう終わりでいいだろう?」
「いや!まだ終わってない!!」
「子供か…?それで、どうするつもりだ?何も無ければ、そこで終わりにするぞ」
あまりにも子供じみた態度に、段々と頭が痛くなってきた私は、左手で痛くなってきた頭を押さえながら、打開策でもあるのかと尋ねれば、レオンからは嬉々とした声が返ってきた。
「遠縁を回る!ちょっと待っていてくれ!!」
そう言って、レオンは来た時と同様に嵐のように去って行った。このまま戻って来なければ良いと思いながら見送った私の願いは虚しく、しばらくたった後、レオンは一冊の手帳を持って再度私の所へとやって来た。
「オルフェ!これさえあれば、お年玉が貰いたい放題だぞ!!」
「何だそれは?」
「それは、使って見てからのお楽しみだ!でも、信用してくれていいぞ!!」
訝しげな私の態度など気にする素振りもなく、高々と手帳を掲げながら得意げな顔をする。だが、レオンの言動からは、何一つとして信用に足りるものなどない。
「はぁ…」
期日に余裕があるとはいえ、此処にある分の仕事は、今日のうちに終わらせて起きたかった。だが、ここで断った所で、コイツが耳を貸さないのは分かりきってきる。ならば、この面倒事を速く終わらせた方がいいだろうと、私はペンを置いた。
「最近、書類を偽装しては、貴族としての義務である税を払わない者が増えているそうだ。そんな、貴族の風上にも置けない者など、私は許しておけないと思うのだが、貴殿はどう思う?」
「そ、そうですな…。そんな者は…赦しておけませんな…」
「……」
私は、何故此処にいるのだろうか?今日、何度目かの茶番劇を聞きながら、私の存在理由に付いて考える。
レオンに連れられて来た家は、書類を偽装し金を横領していた家だった。奴が持って来た手帳には、不正や裏取引などをした者達の名や、悪行が詳細に書かれていた。
だが、こんな細かい調査内容を、コイツが手帳に纏めているとは思えない。それに、筆跡も丁寧に書かれており、踊り狂うたような字を書くコイツとは違っている。
王城で、こういた物を持っていそうな人間が2人ほど浮かんだ。だが、見覚えがある字ではない。ならば…いや…これ以上は考えない方が精神的に良さそうだ。
思考を切り替えるため視線を前に向ければ、挙動不審な態度を繰り返しながら冷や汗を浮かべているのが見えた。
必死に打開策がないかを模索してるようだが、その態度が既に認めているようなものだと言う事が、何故分からないのだろうか?
しかし、レオンだけが話し、私は座っているだけの状況では、わざわざ仕事を放り投げてまで私が付いてくる意味など、本当にあっただろうか?これならば、屋敷で仕事をしていたかった。
速く終わらないものかと眺めていれば、藁にも縋るような視線を何故か私に向けて来た。何だ?私が助けるとでも思っているのか?助けるわけがないだろう。私に助ける意思がない事が容易に分かるよう、静かに目を閉じて視界から消した。
「貴族は、常に民の見本でなくてはならないならな」
「そう…ですな…」
「先程から、貴公も同じ意見で嬉しく思うよ。何せ、書類の偽装は重罪だからな。私の親類縁者がそのような事をしていては、一大事になるからな」
「なら…!!」
「だからこそ、民達の信任を得るためにも、厳罰にするべきだと思わないか?」
「ウッ!」
何かを言い掛けたようだが、レオンが発した言葉を聞いて、自信が言おうとしていた事を飲み込んだようだ。飲み込む分別がある分、前の奴よりはマシと言っていいだろう。まあ、不正をしている時点で、対した違いなどありはしないが。
「ああ、話しが変わるが、最近、巷では子供にお金を渡すお年玉という物があるそうだぞ?」
「そうでした!私も、殿下にそれを渡そうと思っていたのです!!」
「……」
やっと、待ち望んでた茶番劇が終わった。ため息を付きそうになるのを我慢しながら思う事は、私は…何時までコレに付き合わなければならないんだ…?。
「思ったよりも貰えたな!」
「貰ったと言うより、脅し取ったの間違いだろう…」
王城に戻って来た私達は、奪っ…貰って来た金貨を前に、雑談を交わしながら休息を取っていた。
「何言ってんだ?俺達は、脱税されてた分を回収して来ただけだ。何せ、街の修繕作業の予算が予定よりも少し足りなくてどうしようかと思ったが、これで予定通り行えそうだ!」
「それなら、もっと貰って来れば良かっただろう?」
確実に不正を見逃して貰おうと、多くの金を渡そうとして来た人間がいたが、コイツは多すぎると言って一部の金を返していた。
「一撃で仕留めると長く持たないが、小出しでやれば長く絞り取る事が出来る。と、父上がおっしゃっていた!」
「腐っても王族か…」
「何か言ったか?」
「お前が、少し王族に思えただけだ…」
「俺は最初から王族だぞ!何だと思ってたんだ!」
「ただの馬鹿だ」
「馬鹿ではない!」
「なら、ニワトリか?」
「既に人間ですらないぞ!」
レオンと下らないやり取りをしていると、当然、第三者の声が聞こえた。
「随分と、楽しそうだな?」
「ち、父上…」
開いた扉の背にもたれ掛かるようにして、陛下が静かにそこに立っていた。
「私の手帳を使って、随分と好き勝手やってくれたようだな?」
「いや…。このお金は…国のために役立てようかと……」
爽やかな笑顔を浮かべているが、いっさい目の奥が笑っていない。国を守ってきた国王だからか、滅多な事では動じない私でさえも、その威圧感には動揺を隠せない。
「そうか、そうか。それならば、私が有効活用してやろう。ちょうど、雇用拡大と促進事業をやろうと思っていたんだが、財務の方からなかなか予算が下りて来なくてな。元々は不正を行って溜め込んでいた汚い金だが、金である事には変わりない。だから、コレは私が有効活用してやろう」
「えーー!!それは横暴ですよ父上!!」
「何を言っている?これは、私の手帳を見て手に入れた物なんだろう?ならば、私の手柄のようなものだ」
「ですが!実際に手に入れて来たのは私です!!」
「勝手な事をしておいて偉そうな事を言うな!あれ等の家の中には、密売にも手を出していた輩もいたんだ!だから一気に領地も権威も根こそぎ回収するつもりだったと言うのに、無駄に警戒されたらどうするつもりだ!!」
「そんな事、手帳に一言も書いてなかったです!」
「潰す事が決まった家の事を、詳細に書き足すほど私は暇ではない!そもそも、隠してあった私の手帳をどうやって見つけた!?」
「感で探したら、見つかっただけです!!」
「感で探すな!!探すなら密売人達のアジトでも、その感で嗅ぎ分けて来い!!」
「分かりました!書類の山は戸棚に押し込んで、街に探しに行ってきます!!」
「待て!それとこれは、別の問題だ!!」
陛下の言葉に嬉々とした様子で答えると、扉の前に立っていた陛下の横をすり抜けるようにして部屋を飛び出して行った。そんなレオンを、陛下が慌てたように止めに走って行ってしまった。
「やはり、私はいらなかったのではないか…」
1人だけ取り残され部屋に、私の独り言が虚しく響いた。
「はぁ…」
王城から無駄に疲れて戻って来た私は、残して来た仕事と再び向き合う。見つめた所で減る事はないため、遅れた仕事を取り戻そうと手を動かす事にした。
父上が1日こなしていた一部とはいえ、今の私では一部をこなすにも1日かかってしまう。だからこそ、父上のようにこなす事が出来ない分、せめて予定している仕事分くらいは成し遂げたい。
このペースならば、今日が終わる頃までには仕事が終わるだろうと思っていると、楽しげなリュカの声が聞こえて来た。
「兄様ー!!父様からお年玉貰ったー!」
「おとし…だま…?」
どうにも聞き覚えのある不吉な単語に、自然と身が強張り、仕事をしていた私の手も止まる。
「うん!よく分からないけど、父様が城で聞いて来たんだって!!あ!ちゃんと兄様の分もあるよ!」
「そ、そうか…」
リュカの言葉に、何とも心辺りがあり過ぎる2人が浮かぶ…。2人の会話を聞いたのだろうか…。それとも、事情を聞き出したのだろうか…。それならば、私達が今日何をしていたのかも、父上は既にご存知という事に…。
「それとね!新年から根を詰めるのは良くないから、父様が兄様も呼んで来てって!だから兄様も行こう!!」
沈みそうになる私の気分を引き上げるように、リュカが私の袖を軽く引きながら楽しげに私を誘う。
父上の事は多少気掛かりではあるが、今日はもう仕事はするのは無理だと悟った私は、席を立ちながら机の上を片付け始めた。
片付け終えてリュカと共に部屋を後にしながら、とりあえずこの事はレオンにだけは黙っていよう。それくらいは成し遂げたいと、静かに思った。
お読み下さりありがとうございます