ハロウィンがあったら
「トリックオアトリート!」
すれ違った屋敷の使用人達に声を掛けながら、僕は順番にお菓子を貰って行く。
今日はお菓子を貰える日だと言うので、だいぶ前から楽しみにしていた。何でもこの日は、仮装をするのがマナーという事で、朝から何時もとは違った服を僕も着ていた。
フードが付いた白い着ぐるみみたいな服で、全体がモフモフの毛に覆われている。フードには犬耳らしき物も付いていて、手袋も肉球みたいになっているけれど、お菓子を貰う時にも不便を感じるような事はなかった。それに、これ一枚でも寒さを感じないうえ、着ごごちも悪くない。なので、人には見られたくはないけれど、パジャマとしても使えそうだ。
「母様!お菓子いっぱい貰えたよ!」
「それは良かったわね」
母様がいる部屋に戻って来ると、これまでの成果を見せるようにお菓子が入った籠を見せる。それを見ながら、母様はまるで自分の事のように喜んでくれた。
この日のために、母様達も僕と一緒に仮装してくれているから、母様も何時のドレス姿とは違って、黒いとんがり帽子に黒いローブを着た、絵本に出てくるような魔女の格好をしていた。
魔女は悪役で出て来る事が多いのに、何でそれにしたのか不思議に思って母様に聞いてみたら。
「悪役の方が面白そうだと思ったのよ。それに、アルと似たような衣装にしようと思ったの」
父様は仕事が抜けられなくて、終わってから参加する予定になっていたから、まだどんな仮装をするのか見ていない。でも、母様のと似ているなら、父様の衣装も悪役なんだろうか?
僕が、父様の衣装に付いて考えていると、兄様が部屋へと戻って来るのが見えた。
「兄様!兄様は、どれくらい貰ったの!?」
さっきまで感じていた疑問は放り投げ、僕は兄様に駆け寄ったけれど、兄様はお菓子を持っている形跡はなかった。
「兄様は、お菓子貰って来なかったの?」
「私は、もうそんな歳ではないから、軽く仕事を終わらせに行っただけだ」
「そんな事を言わずに、貰って来たら良かったじゃないの。昔から、こういった行事にも参加した事なかったでしょ?それに、素材を自分で取りに行くって、張り切って準備もしていたじゃない」
「兄様!わざわざ素材から準備したの!?」
母様の言葉に驚いた僕は、改めて兄様が来ている衣装へと視線を向ける。
白を基調にしたシンプルな服にコートを纏い、首には白いマフラーを後ろになびかせるように巻いていた。歩くたびにマフラーが揺れる様子は、尻尾のようにも見えて、気品のような物さえも感じさせる。それに、頭にあるピンっと立った白い狼の耳も、最初から生えていたように銀色の髪に似合っていた。でも、そこに兄様の無表情さも合わさった事で、全体的に近づき難い雰囲気も上がっていた。
「リュカと同じ衣装にしようと思っていたからな。だから、材料から自分で用意したかったんだ」
「え…。兄様と僕の衣装、違い過ぎる気がするんだけど…?」
兄様が、白銀に輝く雪原に住んでいる孤高の狼だとするなら、僕は屋敷で飼われているペットくらいの差がある気がする。
「リュカに似合うよう、可愛い物にするよう依頼はしたが、同じ狼のモチーフだ」
犬じゃなくて、僕のも狼だったんだ…。衣装を最初に見た時、母様が依頼していたのかと思っていたけれど、どうやら兄様が依頼していたようだ。それにしても、忙しいのにわざわざ素材を取りにも行っていたとは思わなかった。
「すまない、遅くなった。お菓子のお披露目には、間に合ったかな?」
「父様!」
不意に聞こえて来た父様の声に振り返れば、襟元に白いフリルをあしらった黒のロングコートに、マントを羽織った父様が立っていた。
「吸血鬼?」
「そうだよ。なるべく、それらしい衣装にしてみたんだ」
そう言って微かに口元に笑みを浮かべる姿は、兄様と同様に全く違和感がない。それに、何時までも外見が変わらないせいか、逆に真実味を帯びているような気もする。
「どうかしたかい?」
「ううん。何でもない」
顔を振りながら、あり得ない想像を頭から追い出し、不思議そうな顔をして聞いて来る父様に返事を返した。
「貰ったお菓子は、今からみんなで食べながら確認するつもりだんだよ」
「それならば良かった。仕事を急いで片付けて、駆け付けつけたかいがあったよ」
「そういえば、何時もより速いね?」
夏に比べて日が暮れるのが速いとはいえ、まだ3時を過ぎたばかりだ。当然、まだ仕事時間のはずだと疑わしいげな目で見ていたら、母様も心配そうな顔をしていた。
「アル。仕事はどうしたの?」
今までの前科があるからか、この事に関しては母様からの信頼も薄そうだ。
「そう言われるだろうと思って、今日はきちんと仕事は終わらせて来たよ。各部署には事前に、屋敷で催し物がある事と、怪我には気を付けろというような事を連絡しておいたら、皆が何時も以上に頑張ってくれてね。仕事が速く終わったんだ」
「本当なの?」
「本当だよ。交代勤務の者は時間まで残らなければならないが、それ以外は帰ったはずだよ。それに、休むのも仕事のうちだと、レクスも言っていたからね」
「それ、本当?」
その逆なら言われてそうだけど、そんな事を言われている所が想像出来ない。
「ああ、私がまだ学院に通っていた頃だが、レクス本人から言われた言葉だよ」
「確かに、私も言っているのを聞いたけれど…」
母様は、歯切れが悪そうだったけど、母様も聞いたのなら間違いないだろう。でも、父様の学院時代とかも想像出来ないな。
「では、私がいない間の成果について、私にも教えて貰えるかな?」
「うん!」
考えても分からない事は脇に置いて、父様にも僕の成果を見せるため、手を引いて一緒に歩き出した。
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