ひな祭り (レクス視点)
アルノルド達と、妻であるルーナを伴い、とある店に来ているのだが、景観が良すぎて、外から店の中を見られるため、外からの好奇心に満ちた目が痛い。本日は貸切になっているため、店に入ってくる客はいないが、この後、店の外へ出ることを思うと、どうにも気が重い。
「父上。こういうのは、楽しんだ方が良いですよ」
「……何故、お前はそんなにも平然としているのだ」
私と似たような目に遭っているというのに、気にする様子もなく、むしろこの状況を楽しんでいる節さえある。理由を尋ねれば、あっさりと答えが返ってきた。
「私一人でやるのであれば当然嫌ですが、父上を含めた皆でやるというのであれば楽しいです。それに、昨年見られなかったオルフェのドレス姿も見られましたので」
「……そうか」
先程まで一緒にいた奴の息子が、レオンに信じられないものを見るような視線を向けていたのも頷ける。
「それに、母上もここ最近では一番楽しそうにしていました」
「それは……私としても構わないのだが……」
今も、ラザリア達と一緒に、楽しげにアルノルドを着飾って遊んでいる。ルーナが嬉しそうにしているのを見るのは、私としても異論はない。それに、自分の妻であるエレナが目の前にいるせいで、ろくな抵抗も出来ないアルノルドを好き勝手に扱えているからか、ラザリアも満足そうだ。そのおかげで、こちらへの被害が少ないことも救いではある。
だが、ラザリアがいるにもかかわらず、グラディウス家の面々は誰一人参加していない。
ベルンハルトは体格的に無理があるとしても、息子達は着られるはずだ。特に次男のクリスなど、今回の件では格好の標的になりそうなものだというのに、三兄弟そろってこの日に限って外せない予定が入っているとは、あまりにも都合が良すぎる。
(……おそらく、一番上の息子ブライトの差し金だろう)
この手際の良さと配慮には、部下からの信頼が厚いことにも納得できる。そして、自身の力を過信せずに行動する点も、普段であれば好感を持てる。だが、多少無理をしてでも、自らが仕える王家にも、その機転を発揮してほしかった。
王族の予定を、一部隊を任されているだけの団長が決められるはずもない。それは理解している。それでも、妻の要求を無碍に断れない我々としては、つい恨み言の一つでも口にしたくなる。しかし、レグリウス家の息がかかった店であれば、働く店員の口も硬いだろう。そのため、このまま街へ出ることになったとしても、言動にさえ気を付ければ問題はない。そう考えるようにした、その時だった。
「キャー!ひったくりよ!」
悲鳴が響き、犯人らしき男が、店の前を駆け抜けていく姿が、ガラス越しに見えた。次の瞬間、レオンが扉を開け、何の迷いなく、店の外へと飛び出した。どうやら、自分が今どんな格好をしているのか、完全に忘れているらしい。
(……まずい!)
そう感じて、私も慌てて外へ出る。だが、既に男は店から少し離れた位置で、レオンの手によって捕らえられ、地面に押さえつけられていた。
「このクソ女!」
身動きできないように押さえつけられながら、窃盗犯はレオンを口汚く罵った。だが、レオンは自身の格好など気にすることなく、淡々とした様子で返す。
「俺は男だ。その言葉は適していない」
「はぁ!?お前のどこが男だっていうんだよ!そもそも、お前みたいな男いるわけないだろ!?」
「ここにいるだろう?」
声も口調は、いつも通りだが、今のレオンは、ルーナ達の手によって、どう見ても女性にしか見えない姿をしている。そのため、その言葉をまったく信じず、男はなおも強気な態度で言い返した。
「女のくせに、なんでそんなに力が強いか知らねぇが、俺の後ろには貴族が付いてるんだからな!分かったらさっさと離せ!」
罪から逃れようとする典型的な台詞を吐きながら、拘束を解こうと身を捩るが、そんな戯言が通じるはずもない。仮に、本当に背後に貴族がいたとしても、こんな小物を使う時点で末端に過ぎない。
そもそも、私達より上の階級の者など、この国にはいない。
「残念だが、それは私より上でなければ意味はない」
「だったら、お前はどこのどいつだっていうんだよ!?」
名を問われたレオンは、私が止めるよりも早く、堂々と名乗った。
「レオン・エクスシアだ」
「はっ……?」
自分を押さえつけている相手が、この国の皇太子だとは思ってもいなかったのだろう。男は呆然と固まり、顔色を失う。そして、それは周囲で捕物を見ていた者達も同じだった。その場に、重い沈黙が落ちる。しかし、男はすぐに我に返ると、声を荒げた。
「嘘ついてんじゃねぇよ!皇太子が女物の服を着て、街にいるわけないだろう!!」
「嘘ではない。そこにいる父上が証明して下さる」
一斉に視線がこちらへ向く。だが、私もレオンと似たような格好をしているため、誰一人として、私が王だとは判別できていないようだった。
(まぁ、すぐに分かられても困るが……)
否定するわけにもいかないが、レオンのように、自ら進んでドレス姿のまま、王族であると肯定する気にもなれない。そのため、私は曖昧な笑みだけを浮かべて応じるが、どうやら、それは否定と受け取られたらしい。
「やっぱり嘘八百じゃねぇか!どこに王族がいるってんだよ!?」
「あら、ここにいるわよ」
腕にそっと触れる感覚に視線を向ければ、騒ぎを聞きつけて店から出てきたルーナが、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「母上!」
レオンが呼べば、ルーナはにこりと微笑み、それを肯定した。その顔は広く知られており、王族であることを疑う者はいない。やがて、私へと視線を向けながら、わざと皆に聞こえるように言葉を放つ。
「せっかくお忍びで、みんなと街を散策しようと思って選んだのに、無駄になってしまったわね」
「そうだな」
私も自然な口調で応じる。だが、自分達が発案者であると分かるように言ったルーナの言葉で、私達は女装趣味を疑われずに済みそうだ。そのことに安堵していると、周囲のざわめきが次第に収まり、状況を理解した瞬間、観衆から歓声が上がった。
「……えっ、じゃあ俺は……」
知らなかったとはいえ、王族に暴言を吐いた男は、観衆達とは違い、みるみる顔色を失っていく。
この格好で気付けというのは、あまりにも無理があるため、不敬罪に問うつもりはない。だが、自らが犯した罪は、きちんと償ってもらう。しかし、私達がいなければ逃げ切れたかもしれないと考えれば、この男は運がなかったとしか言いようがない。
その後、騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵にその場を任せ、民衆からの声援を浴びながら店の中へと戻る。するとそこには、まるで力作を完成させたかのように満足げな女性陣と、絶世の美女としか言いようのない姿に仕立て上げられたアルノルドが、疲れ切った様子で立っていた。そして、何をやっているのだと言わんばかりの目を、こちらへ向けている。
心情としてはこちらも似たようなものだ。だが、あまりにも出来が良すぎるその姿に、どう反応していいのか分からない。
「まるで性別を間違えて生まれてきたみたいだな」
「……黙れ」
本人かを確かめるため、からかい半分に声を掛ければ、低くよく通る声が返ってきた。怒りが滲んでいたが、普段と変わらぬその声に、妙な安心を覚える。
多少の騒ぎはあったものの、衛兵の到着で事態は落ち着き、私達は予定通り街を回ることになった。だが、その途中、店の外で待機していた者達や、噂を聞きつけて集まった者達からも、何度も声を掛けられた。
レオンはその都度、堂々と応じ、それに付き合わされた奴の息子であるオルフェは、当初こそ目立つことを嫌がっていたが、今では恥ずかしそうにしている弟をなるべく隠すような行動を見せている。
アルノルドの方は、妻であるエレナが隣にいるからか、すっかり割り切った様子でエスコートに徹している。その姿に、さすがは普段から仮面を被って生きている男だと感心させられる。しかし、見た目が良すぎるせいで、多少仕草が男勝りでも、どう見ても女性にしか見えない。そのせいか、奴が男だと分かっていながらも、頬を赤らめている男共がちらほらいる。
(……互いの利益にならぬ方向へ進まないことを願うしかないな)
「アナタ、大丈夫?」
そんなことを思っていると、隣にいるルーナから、小声で問いかけられた。
「あぁ……」
表面上は平静を装っているが、足元の風通しが良すぎるせいか、どうにも落ち着かない。そのせいで、乾いた声しか返せず、内心では民衆の声など無視して帰りたい。だが、ルーナ一人にするわけにもいかない。
「……無理しないでね」
先程まで楽しげだったルーナも、普段とは違う私の様子に、少し心配そうだ。
「本当に大丈夫だ。視線には慣れている」
「それも、そうね」
私が普段と同じような笑みを浮かべれば、少し笑みが戻る。だからこそ、私は覚悟を決め、力強く言葉を続けた。
「それに、君とのせっかくの時間を楽しまないのは損だ」
「ふふ、それもそうね」
その笑顔を見て、ルーナのためならば、多少の羞恥心など耐えてみせようと心を決める。だが、それでも、ふと頭を過ぎる。
(……何か利益でも出るのであれば、さらにやる気も出るのだが)
どうせ見世物になるのなら、何かしら得るものがあってもいい。そんなことを考えてしまうあたり、我ながら王らしい発想だと思ってしまった。
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―オルディア帝国―
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玉座に座る王は、たった今届けられた報告書を見つめ、眉を顰めた。
「……この報告に、誤りはないのか?」
「……はい。残念ながら」
王からの問いに、配下もまた、肯定したくはないとでも言いたげな顔で頷く。
「一国の王族と、その宰相が、街中で女装姿で練り歩いた……だと?どのような事態になれば、そうなる?」
「それは分かりかねますが……あの国の者達が、何の意図もなく動くとは思えません。最近も、ルークスが祝賀への参加を表明したばかりです。我らを油断させるためなど、何かしらの裏があるかもしれません」
我が国ほどではないにせよ、これまで互いに毛嫌いし、干渉を避けてきた国同士が、今になって交流を持とうとしている。その状況では、軽々しく判断は下せない。そう報告する配下の態度に、王は低く渋い声を漏らした。
「……今攻め込むのは、早計か」
「はい。しばらく様子を見るべきかと」
今回の“ひょんな騒ぎ”が、帝国の進軍をわずかに遅らせたことを、アリステリアの誰一人として、知る者はいなかった。
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