クリスマス
「兄様?今年はやらないの?」
僕がそう尋ねると、兄様は一瞬だけ動きを止めた。
サンタの正体が父様であることに、僕は最初から薄々気付いていたけれど、兄様にとってサンタは、屋敷へ無断侵入を果たす、正体不明で凄腕の盗賊。しかも、自分の警備を嘲笑うかのように毎年現れる、厄介極まりない存在だった。だから、クリスマスが近付くと、兄様は必ず警備を強化していた。
屋敷が壊れるくらいの去年の騒ぎを思い出せば、もう終わりにしてほしいと思う。だけど、今年は静かすぎるほどに、静かだった。
「……」
不安を抱えつつ問いかければ、兄様は僕の方を見て、何かを言いかけては口を閉じる。その表情は、いつもの冷静さとは違い、ひどく思いつめたものだった。
「リュカ……。お前に、伝えなければならないことがある……」
「な、なに……?」
その声音に、冗談でも軽い話でもないと直感で分かった。身を固くする僕を前に、兄様は一度、視線を落とした。そして、覚悟を決めるように、短く息を吐き、そして静かに告げた。
「サンタの正体は……父上だったのだ……」
(……えっ? 今さら……?)
あまりにも予想通りの答えに、思わず拍子抜けしそうになる。でも、兄様は僕が気付いていなかったと思っているようだ。だから、僕が真実を知り、”夢を壊されて傷ついた”と信じている兄様は、まるで重い罪を背負うように言葉を続けた。
「リュカの夢を壊すようで、申し訳ない……。だが、このまま父上に騙され、侵入者に怯えさせる日々を過ごさせることは、見過ごせなかった……。すまない……」
その言葉には、後悔と、守れなかった悔しさが滲んでいた。だけど、そこまで重い話でもない。
「兄様が悪いわけじゃないから、別に謝らなくてもいいよ!」
「……リュカ」
僕の一言を聞いて、兄様は、僕が健気に強がっているのだと思ったらしい。けれど実際のところ、僕は最初から、サンタの存在をそれほど本気で信じてはいなかった。むしろ、それを真剣に信じ、警戒し、捕らえようとしていた兄様の方が、僕よりもずっと純粋だったのだと思う。そんなことを考えていた矢先、その純真さとは正反対の言葉を、兄様は次に口にした。
「安心しろ。父上には、リュカの分も含めて、盛大に仕返しをしておく……」
兄様の目には、僕の無念を晴らそうとする決意と、騙されていたことへの復讐心が宿り、正直、完全に目が座っていた。このままではまずい。そんな危機感を何となく覚えた僕は、兄様を止めるため、慌てて口を開いた。
「僕は別に怒ってないよ!だから、父様に仕返しなんかしなくていいよ!それより、そんなことする暇があるなら、僕は兄様と一緒に、クリスマスを楽しく過ごしたいな!」
「しかし……このまま父上の悪行を許すわけには……」
「父様は僕達を楽しませようとしてくれただけで、悪気があったわけじゃないよ!それに……ここは、こっちが大人な対応をした方がいいと思うよ!」
僕の言葉に、兄様は黙りこむ。その顔は、難しい選択にでも迫られているような顔だった。
「確かに……相手の思惑に乗り、同じ土俵に立つのも愚かなことか……。それに、あんな父上の相手をするより、リュカと共に過ごした方が有意義だな……」
僕に甘い兄様の判断が、こちらに傾きかけているのを察し、ここが勝負だとばかりに、僕は言葉を発した。
「父様は、きっと僕の夢を壊さないようにしてくれたんだよ!」
真実を告げ、僕の夢を壊したのだと自責している兄様にとって、その言葉は胸に刺さったようだった。顔を歪めた兄様は、しばらくしてから、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……分かった。今晩は、たとえ何が起ころうとも、気づかぬ振りをする……」
兄様に敗北宣言みたいなことを言わせてしまったのは、少しだけ申し訳なかった。でも、屋敷や周囲の人達のことを思えば、やっぱりこれで良かったんだと思ってしまう。
「それにしても、兄様はどうやって気づいたの?」
屋敷のみんなは、父様の味方をして真実など教えないだろうし、父様本人が話すはずもない。だからこそ、どうやってその真実を知ったのかと尋ねると、兄様は露骨に嫌そうな顔で言った。
「レオンから聞いた……。アイツにだけは知られたくなかったが……背に腹は代えられないと恥を忍んで聞いた。それだというのに……」
僕の一言で、また父様への怒りが戻ってきた兄様を見て、このままじゃまずいと思った僕は、一つの提案を口にした。
「兄様。今日は……僕と一緒に寝ない?」
「急にどうした……?」
「兄様と一緒に寝たの、あれから一度しかないから」
思いがけない提案に、兄様は怒りを忘れたように問い返してくる。そんな兄様に、僕は一昨年のクリスマスのことを思い出しながら言葉を返した。すると兄様は、少しの間を置いた後、ふっと表情を緩めて言った。
「そうだな。それも良いかも知れない。もし、一人で寝ている所に父上が来たら……その時点で切りかかりそうだ」
それは、冗談とも本気ともつかない言葉だった。”止めなければ”と思ったけれど、兄様と並んで布団に入っているうちに、抗いがたい眠気が僕を包み込み、結局そのまま眠ってしまった。
翌朝。
目を覚ましたばかりで、まだ意識が定まらないまま、先に目を覚ましていた兄様と一緒に部屋を見渡す。けれど、去年まで置かれていたはずのプレゼントは、どこにも見当たらなかった。
「何もないね。来なかったのかな?」
「そうだな。私も一晩起きていたが、父上が来た気配は感じなかった」
さらりと言う兄様の言葉に、昨夜の言葉が、思いのほか本気だったのだと悟る。だけど、それに対して、どう反応すればいいのか分からないまま、僕は目尻を下げる。すると、兄様も同じように目尻を下げ、気まずそうに視線をそらす。その時、静かな部屋に、控えめなノックの音が聞こえた。
「朝早くに失礼いたします。お二人に、贈り物が届いております」
部屋の扉を開けて入ってきたドミニクの言葉に、僕は思わず顔を上げ、兄様を見る。すると、兄様もまた、身に覚えがないとでも言いたげな表情をしている。それでも、だいたいの予想はついてしまった僕達は、早々に身支度を整え、ドミニクに案内されるまま後を追った。そして、案内された部屋には、父様達が待っていた。
「呼び出してすまなかったね。どうやら、屋敷にサンタ宛から贈り物が届いていたようだ」
今回は部屋に置くのではなく、手紙付きで屋敷に届ける形にしたようだった。それだけで、父様の「去年の反省」が伝わってくる。
「安全性は確かめてある」
僕達に手渡された物を受け取りながらも、兄様は怪訝そうな顔をしていた。それを見て、兄様が懸念しそうな点を、父様は先回りするかのように説明してくる。けれど、すでに差出人を察している兄様の反応は薄い。
そんな兄様を横目に、僕も何も言わずにいると、父様が不安そうな声を上げた。
「手紙が付いているようだが……読まないのか……?」
「……」
白々しいとでも言いたげに、兄様は無言の視線を父様へ向ける。それでも、僕は父様に促されるまま、プレゼントに同封されていた手紙の封を開けた。すると、そこにはとても几帳面で、綺麗な文字が並んでいた。
「本年のクリスマスに際し、 屋敷内を不要に騒がせる結果となりましたことにつき、 心よりお詫び申し上げます。
大人という立場に至って以降、 子供たちと共に遊び、語らう機会は極めて限られており、 本件においては、その不足を補おうとするあまり、 いささか行き過ぎた対応を取ってしまいました。 しかしながら、当日の行動は、 クリスマスという特別な日を純粋に祝うことのみを目的としたものであり、 それ以外の意図は一切ありません。
昨年の件も含め、慎重に検討を重ねた結果、 今後は、より穏健かつ静穏な方法をもって 贈り物を届ける方針とすることにいたします。
つきましては、本件につき、 お許し願いますよう申し上げます」
サンタにしては堅苦し過ぎる文面だけど、柔らかくしようとした努力も少しだけ垣間見える手紙に、誰が書いたのかが、何となく想像できてしまった。そうして顔を上げれば、不安そうな顔をした父様と目があった。
「サンタさんは、屋敷にもう来ないんだね」
「だが、プレゼントは今後も贈ってくるようだ」
差出人が分からないふりをして、僕が信じているような声を上げると、父様は安心させるように、僕へと声を掛けてくれた。けれど、それを聞いた兄様は、冷めた視線を父様へと向ける。
「なぜ、手紙を読んでもいないはずの父上が、内容を知っているのですか?」
「わ、私宛の手紙も届いていてな……」
少し棘のある兄様の声に、父様は気まずそうに、言葉を濁しながら答えていた。そんな父様を前に、兄様がどんな反応をするのか気になり、僕は横目でそっと様子を窺う。すると、その視線に気付いた兄様は、小さくため息をつき、仕方なさそうに呟いた。
「……もう来ないのであれば、私はそれで良いです」
その一言で、父様の肩から力が抜けた。その様子に、僕と兄様は、そっと目線を合わせる。すると、兄様は小さく苦笑を浮かべたから、僕も静かに笑みを返した。
今年のクリスマスは、ようやく平穏無事に終わりそうだ。
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