エイプリルフール (オルフェ視点)
今日、リュカから珍しく頼み事をされた。私に嘘を付いてみて欲しいと。それも、ただの嘘ではなく、父上さえも騙し通せるような嘘をと。
だが、今まで嘘を付いた経験などあまりなく、どういった嘘を付けば良いのか検討がつかない。過去に悪質な者を騙して破滅に追い込んだ事はあるが、今回はそういう事ではないのだろう。しかし、少しでも参考になるような事もあるかと、嘘とも呼べるような隠している事を思い浮かべてみるが、どれもこれもが話して聞かせられるような事ではなく、とても参考になりそうもない。
おそらく、去年のリュカが付いたような物が可愛い嘘と呼べる物であり、それに似た嘘を付けば良いのだろうが……可愛い嘘とは…何だ…?答えが全く出ない難問を前に、私は今までないくらい途方に暮れる。仮に前回のリュカの言動をなぞったとしても、それはただの真似事でしかない。それに、父上も騙すと言う条件も達成出来ていない。
出口の見えない迷宮にでも迷い込んだかのように、同じような場所を巡っているような錯覚に囚われる。これが現実であるならば、対応策や打開策も浮かび、力で押し切るという事も出来るのだろうが、現状は何も浮かばない。
「それで、俺の所に来たのか?」
「……」
我が家と遜色がない調度品が置かれた部屋の中は、既に人払いが済ませてあり、私的な空間になっていた。相手の地位を考えるならば、本来ならこのような事はあり得ないのだが、今回は目を瞑って貰おう。
「申告そうな顔をしてるから何かと思ったけど、そういう事なら俺に任せろ!」
何の打開策も浮かばす、藁にでも縋るような心持ちで此処まで来たが、私に頼られた事に対して嬉しそうに笑うレオンの顔を見ていると、速まってしまったかもしれないと後悔が押し寄せる。
「いや…やはり帰る…」
「何でそこで帰ろうとするんだ!?」
思い直して席を立とうとすれば、即座に呼び止められた。その声を無視する事も出来たが、他にこのような事を相談できる相手もなく、屋敷へと戻ったとしても堂々巡りをするのは目に見えている。その事実が私の足を重くし、この場から立ち去る事が出来ない。
「そんな顔するなって!困った時はお互い様だろ!今度俺に付き合ってくれたらそれで良いからよ!」
「……」
まるで気にするなとでも言うように言うが、コイツが巻き起こす騒動に付き合わされる私だけが損をしているように思う。これが私の足元を見ての行動ならば称賛に値するが、コイツの場合は何も考えてはいない可能性の方が高い。まぁ、そんな奴だからこそ相談したのだが。
「それでだ!オルフェが普段やらない事でもしてみたらどうだ!?」
「普段やらない事?」
直ぐには思い付かなかったため、名案でも浮かんだかのように言った奴に問い掛ければ、そこまではまだ考えていなかったのか、考え込むように少し黙り込む。それに、相談された手前なのか、何か思い付かなければならないかのような真剣な顔をしていたため、私も成り行きを見守るような気持ちで暫く待っていると、パッと浮かんだかのような表情をこちらへと向けて来た。
「例えば、仕事をサボってみるってのはどうだ?」
「リュカの前でそんな恥ずかしい事出来るか」
「何か…盛大に誰かの急所を撃ち抜くような言葉の気がするんだが…まぁ…良いか。だったら、仕事でミスするとかはどうだ?」
「他者に迷惑を掛けるような物は論外だ。そもそも、それは嘘になっていないだろう」
何とも複雑そうな顔を浮かべながら提案して来た代替え案も、私はバッサリと切り捨てる。嘘の内容を考えると言うのに、実際にその行動をしてしまっていたら本末転倒だ。そんな私の言葉を受け、根本的な間違いに気付いたのか、奴は少し困ったかのような顔を浮かべながら、苦し紛れでも言うように呟いた。
「う~ん、それなら、仮病でも使うとか?」
「仮病?」
「ほら、オルフェって体調が悪くても直ぐに隠そうとするだろう?だから、それをあえて周囲に出してみるってのはとうだ?」
私が直ぐに切り捨てなかった事から、これなら行けるとでも言うような晴れやかな顔で進めて来る。だが、私にはどうにも良い案とは思えない。それに、弱っている姿を他者に晒すという事にも抵抗を感じてしまう。しかし、感情論だけで否定するのは気が引けるうえ、それに変わる案も私にはない。
「……だがな」
「少しだけ風邪でも引いたかのように振る舞うだけで、何も重病人の振りをするわけでもないんだ。それに、オルフェがそんな事するとは思ってないだろうがら、あの人だって騙せるだろ?」
少しでも話しの流れを変えようとしたが、父上すらも騙せると言う今の私には甘い言葉、二の句が継げず静かに黙り込む。しかし、問題が一つある。
「だが、私は仮病の使い方など知らない」
「そこは任せろ!俺が教えてやる!」
演技すらやった事がないそんな私に、皆を騙せるような芝居が打てるかと疑問が過り不安を滲ませると、今度は少し自信ありげに奴が声を上げた。すると、スラスラと淀みない調子で私へと仮病のやり方を伝授して来た。だが、私はその事に感謝の念を伝えるべきなのか、それとも叱るべきなのだろうかという疑問が吹き上がる。
私は奴の言葉を聴きながら思い悩んだすえ、相談に乗って貰った事を考慮し、今回は見逃す事にした。だが、もし奴が話した事を私に駆使して来た際は容赦しない事だけを心に留めた。
「オルフェ!抜かりはなかったか!?」
「抜かりはないと思うが…」
何故か私以上にやる気に満ちた顔で問い掛けられ、前日の日の事を思い出しながら頷き答える。
「オルフェはもう食べないの?」
「はい……。今日はもう結構です…」
普段から残す事のない朝食を少し残せば、母上から心配そうな声を掛けられ、前と横からも同じような視線が向けられる。
「何処か具合でも悪いのか?」
「兄様…大丈夫…?」
「い、いや…今日はそんな気分だっただけだ…。すまないが、私は先に失礼させて貰う…」
隣に座るリュカからも心配そうに訪ねられると罪悪感だけが募っていき、この場にあまり長いするとボロが出そうだったため、深く追求される前に食堂を後にしようと席を立つが、後ろからは何とも気まずくなるような視線を感じた。
部屋に戻り暫くすると聞き慣れたノックの音が聞こえ、ドミニクが昨日頼んでいた資料を片手に入って来た。
「頼まれていた物をお持ちしました」
「頼んでおいて悪いのだが、今日の仕事は休む事にする。だから、その資料は下げてくれ」
「っッ…!?さ、さようでございますか…。では、私はこれで失礼させて頂きます…」
驚きに満ちたような顔が浮かんだが、長年の経験からかそれが顔に出たのは一瞬だけで、直ぐに平常心を保ったような表情に変わる。だが、内心では動揺が隠せないようで、ドミニクにしては珍しく魔力の波長が少しだけ乱れていた。
その後、レオンの言う通り引き篭もるように部屋にいた。この日のために前もって仕事を終わらせてはいたため仕事の面では問題はないが、1日何もしないというのは何とも手持ち無沙汰で時間の経過が遅く感じられた。
「しかし、あんな行動に何か意味があるのか?」
「自分から体調が悪いって言うと疑われるから、遠回しに伝えた方が効果があるんだ。まぁ、オルフェなら普通に言っても信じて貰えるとは思うけれど、たぶんお前は言えないだろ?」
「……」
何処か確信めいたように言うレオンの言葉に自身でも少しその場面を想像して見るが、家族を前にしてそんな嘘を付ける姿が想像できない。しかし、だからこそ私が此処にいるとも言えるのだが。
私が静かにそんな事を考え込んでいると、レオンの執務室の扉をノックする音が聞こえ、事務官が報告を持ってやって来た。
「宰相閣下が城をお出になられたようです」
「いよいよ決行だな!」
父上が馬車で城を出たとの報告が届くと、レオンは何とも楽しげな目で掛け声を口にするが、未だにこれで良いのだろうかという疑問が拭えない。
此処に来る前、直接会って話したい事があるという手紙を父上宛に書くと、私は使用人に命じて城にいる父上へと届けさせた。その姿を見送ると、私はレオンの手引で密かに城へとやって来ため、父上は私が城にいるとは思っていないのだろう。その事は、城での仕事を取り止めて、予想通り屋敷に戻った事でも伺い知れる。
「本当に…やるのか…?」
「当たり前だろ!せっかく此処までお膳立てもしたんだから、実行しないなんて勿体ない!お前等、後は頼んだぞ!」
「「はっ!」」
「……」
事前の計画通り、私が城で倒れたとの知らせを届けるために、レオンの部下達が部屋を出て行くのを私は静かに見送った。だが、やはり止めるべきだったと後から後悔した。
父上なら屋敷にいるはずの私が城にいる事に付いて疑問に思うと思ったのだが、私の安否を確認するだけでその点に付いて追求してくる事もなかった。そのうえ、父上だけでなく、母上やリュカまでも一緒に来るとは思っていなかったため、そんな心配して駆け付けてくれた家族を前に罪悪感だけが積み重なっていく。
「兄様、本当に大丈夫…?」
「いや…倒れたと言っても大した事では…」
リュカには私が強がって言っているようにでも映っているのか、その目からは不安気な様子が見て取れた。だが、今さら嘘でしたとは言いづらい雰囲気に何とも良心が痛い。此処まで大事になるとは思っていなかったのか、レオンの顔にも少し冷や汗が滲んでいた。
「昨日から様子がおかしいとは思っていたが、オルフェが無理をしている事にも気付かず、それを止められなかったとは不甲斐ない。これを気に、宰相職など今直ぐにでも辞職したいが、そうもいかないだろう。だから、暫し休暇を取れせて貰う」
「そ、それは…」
「何か文句でも?」
「いえ…」
城で倒れたというのもあってか、父上は私が仕事のやり過ぎで倒れたと思っているようで、その原因とも思われるレオンに厳しい目を向けていた。本人にもその自覚があるせいか、碌な反論も出来ずに黙り込んでいた。
「では、レクスにそう伝えておいてくれ」
「ち、父上…」
私の静止すら聞く気がないようで、その歩みが止まる事がない。屋敷では押しに弱そうに見える父上だが、本当は一度決めた事をそう簡単には翻したりはしない。それに、今は少し気が立っているようだったため、父上が冷静さを取り戻すまで暫し時間を置いた方が良さそうだった。そのため、頭を抱えているレオンに申し訳なく思いながらも、周囲の目もあるため、家族と共にそれに背を向けて部屋を出る事にした。
馬車の中でも父上に説得を試みたが、なかなかに頑固でその首を立てには振って下さらなかった。さすがにこのままでは周囲に多大なる迷惑を掛けると思い、私はあまりの罪悪感に私は屋敷に着くと今回の顛末を話した。だが、私が真実を話すと、それを私に提案したリュカが予想していた通りに責任を感じたように、何とも落ち込んだ顔をしてしまった。
「今回の件での非は全て私にある。だから、リュカは何も悪くない」
「でも…」
「そうだね。事の原因はリュカにあったかもしれないが、それを実行しようと思ったのはオルフェだ。だから、今回の件の不始末はオルフェにあるね」
何とも申し訳なさそうな顔するリュカに、父上はきっぱりとした態度でそれを否定した。それと同時に、私は何らかの罰が下される事を覚悟したが、父上が口にした罰は、罰と呼べるような物ではなかった。
「しかし、今回の事は何時起こってもおかしくない事実だ。私は今回の件でその事に改めて気付かされた。その事を含めて、オルフェには暫し仕事を休む事を罰とする」
「そんな事で宜しいのですか…?」
「オルフェには意外と堪えると思うけれどね」
最初はその言葉の意味が分からなかったが、時間が経つに連れて手持ち無沙汰が苦痛に変わって行く。だが、罰として私の監視を命じられているリュカの視線がある以上、父上との約束を反故にするわけにもいかない。そのうえ、父上もそれを理由に暫し休暇を取る事にしたようだった。
その後、何とも長い罰の期間が開け城へと赴けば、城のあちらこちらで執務が滞りレオンの仕事も山積みになっていた。こちらからの手紙は向こうへと届いていただろうが、あちらからの手紙は差し止められていて届く事はなかったため、現状を把握する事は出来ていなかったが、あまりにも悲惨な現状に申し訳なさが沸き起こる。
そんな私がレオンの元へと行けば、今までにない態度で歓迎された。こんな状況を見たのなら、普段ならば小言を言っていただろうが、今回は私に非があるため、溜まりに溜まっていたレオンの仕事を何も言わず手伝った。だが、陛下の方は手伝ってくれる者はいなかったようで、その事でだいぶ苦労されたようだった。その話しを後になってレオンから聞いた私は、何か詫びになる物を父様経由で贈ろうと思った。
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