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節分 (レクス視点)


「却下だ」


珍しくベルンハルトが持って来た検討書を最後まで読む事もなく、本人へと突き返すように机へと放り投げる。


「何故でしょうか?」


「何故だと?お前は昨年の事を忘れたのか?」


不機嫌さを隠す事もなく問い掛ければ、アレとはまた違う無表情さで考えこむように黙り込むと、確認作業でもするような淡々とした様子で答えて来る。


「大量の豆が城に搬入されてきた事でしょうか?」


「そうだ」


あの男のせいで城の食卓が料理が豆に占拠されたのは、未だに忘れられない悪夢である。大抵の事態では動揺しない私でさえも、あれから暫くの間、豆を見るのでさえも嫌になったくらいだ。学院時代にも夜営などを多く経験してはいたが、下手な野営料理よりも酷いものに感じた。


「それが、今回の件と何かありますでしょうか?」


「本当に分かっていないのか?」


同じ相手に辛酸をなめさせられた者同士だと思っていたが、ベルの反応を見る限り、そう思っていたのは私だけのようだ。だが、よくよく考えれば、ベルは自身の屋敷へと帰れば済む話しであり、私のように逃げる事が出来ないわけでなかった。それならば、このような案件を平気で持って来た事にも頷ける。


「お前はその時、豆料理だけを食べ続けるという事がなかったようだな?」


逃げただろう相手に恨めし気な視線を向ければ、何故そのような視線を向けられたのか分からないような怪訝そうな顔をしていた。


「料理長から多少引き取って欲しいと嘆願されましたので、我が屋敷の方で引き取らせて頂き、1か月程家族と共に食させて頂きましたが?」


「それだと言うのに、私にこのような提案書を持って来るのか?それに、家族からは批判は来なかったのか?」


息子からは逃げられ、妻からの評価は一段下がり、それを挽回するのに少なくない労力を使う羽目になった私としては、何故そのように平気な顔をしているのかが分からなかった。


「遠征時に同じ物しか食べれない事は珍しくなりませんので、日頃からそれに慣れるよう同じ料理が続く事も珍しくはありませんので。それに、雨などで食料が痛み禄に食べる物がない時がありますので、口に出来る物があるだけ有り難いと子供等にも教えています」


「……そうか」


ベルから返ってきた何とも軍人思考な所もそうだが、食に対する認識の齟齬にも、私は何と声を掛けたら良いのか判断が付かず言葉に詰まる。言っている事は理解できなくはないのだが、それを常日頃から実践しており、それに対して誰も何も文句が出て来ない事が普通におかしい。


コイツに似て真面目過ぎると言うべきか、世間の常識とは少しズレていると判断するのは難しい所だが、今度の予算案では、保存食などを開発する部署の予算をもう少し上げようと密かに心に決めた。しかし、まずは一度だけ試験的に行うとしても、騎士団の人数を考えて発注するならば、それだけで去年の量を越える可能性さえある。


「念のために聞くが、その豆はどうやって処分する予定だ?」


「昨年と同様、城の内部で消費すれば良いかと」


「私に及ぶ影響は…?」


「我等騎士団の方で対応致しますので、陛下には累が及ぶ事はありません」


「本当だろうな…?」


「はい」


嘘偽りのない真っ直ぐな目を正面から受け止めながら、何故かどうにも嫌な予感がする。このまま感情論でこの提案を頑として受け入れなかったとしても、奴のように報復措置などは取らないであろうが、統治者としはしっかりと納得させられる材料が欲しい。


「それにしても、何故豆まきなんだ?他にも訓練方法など幾らでもあるだろう?」


アルから訓練に使えるとでも言われたのかは分からんが、ベルが素直にその提案を受け入れたとは思えず、まずはそのようになった経過を知ろうと疑問を投げ掛ける。


「実践を想定した訓練をする際、刃を潰した矢なども使用するのですが、それでも当たった際に治癒師が必要になります。ですが、豆であれば当たった所で打撲か多少骨が折れる程度で済みますので、その後の任務や訓練にも支障が少ないと判断しました」


「それは、本当に豆なのか…?」


奴の時にも思ったが、何故豆ごときで骨が折れるのか。そして、何故それを前提にして話しが平然と進むのかも分からない。むしろ、名前が同じなだけの別物だと言われた方が納得が行く。


「全ての豆を平然と避ける事が出来るようになれば、降り注ぐ矢でさえも回避出来るようになるはずです」


「先に言っておくが、それが出来るのは人間を止めた者だけだぞ…?」


時おり思うが、コイツも常人とはかけ離れている所があるせいか、私の中の常識では理解に苦しむ事がある。だからこそ、コイツ等と同じ水準を求められるている騎士達には、もはや憐れみしか感じない。


「それで、今年の豆の生育状況はどうなっている?」


「去年程ではありませんが、今年も豊作になるだろうとの報告を受けております」


「そうか...」


不作ならば、それを理由に反対する事も出来たが、その方法は使えないようだ。懸念材料となるのは奴の動向なのだが、此処最近は奴に目立った動きはないと、密かに探らせていた密偵から報告も上がっている。それに、私に嫌がらせをするにしても、同じ方法を取るような奴ではないため、一度切りの試験的運用なための発注ならば、そこまで私に影響も出ないだろう。


「町の者達が問題なく買える量を残した余剰分だけを城で購入し、それを騎士団の訓練で使用する事を許可する」


「ありがとうございます」


提案されていた量よりは少なくはあるが、余剰分だけであるならば、問題なく騎士団内部で十分に消費出来るだろう。それに、予想を超える量が収穫されたとしても、そこまでの被害は及ばないと計算して出した許可だったが、私は去年の余波を計算し損ねていた。


「……」


私は、上がって来た報告書を前に、ただ項垂れるしかなかった。


催しの日が近付くにつれ、とある貴族が豆を大量購入した結果、全ての豆が売れたとの情報を聞き付けた商人達が、こぞって豆を我が国に持ち込んで来たのだ。そのため、自国内で生産される豆の価値が下がり掛け、それを補填するためにそれらを国で買い取る羽目になってしまった。


しかも、去年と違って騎士団内部でも既に大量の豆を仕入れていたため、押し付けられるような相手もなく、国民へと還元などもして消費を促しはしたが、需要より供給の方だけが跳ね上がり続けており、結局は去年と同じような悪夢を再び体験する事になる事になった。


「もっと、感情論で動けば良かった……」

お読み下さりありがとうございます

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