クリスマス (アルノルド視点)
「それで、上手くは行ったのか?」
「あぁ、問題ない」
奴と向かい合って束の間の休憩を取りながら先日の件について水を向ければ、まるで報告書を読む時のような簡潔な言葉だけが返って来た。
「しかし、あの時は本当に急な事だったから、さすがの私でも驚かずにはいられなかったよ」
「あれしきの事で驚くとは、お前もまだまだだな」
「君ね…普通の人間は驚くから…」
「そうなのか?」
「はぁ…」
大して興味もなさそうに問い掛けて来るコイツに、普通の人間の反応を求める事自体が間違っていたと私はため息を付く。あの時も、今と同じように平然と言ってのけた事を思い出すと、頭痛がして来るような気さえして来る。
あの日も、何時ものようにコイツからの報告書を確認している時だった。
「これが、来年度の天候不順による損失見込みと、それに対応する対策の原案だ。それと、国庫から魔道具を幾つか借りていくぞ」
「ついでの報告みたいに、とんでもない事を言わないでくれないかな?」
毎年、コイツにはその年の収穫を状況など下に、来年度の天候などを事前に計算をして貰っていた。本人から言わされば、誰でも出来る事だと言うが、こんな事を誰もが出来ると思っている事があり得ない。だが、そのおかげで余裕を持った国家予算を組む事ができ、損失などを最小限に抑える事が出来ていた。そんな重要な報告の最中にされたまさかの提案に、私の耳を一瞬疑う程だった。
「どうせ、使う予定のない物ばかりだろう?」
私の返答が気にいらなかったのか、不機嫌そうなに顔を歪めながら、奴はまるで面白くなさそうな声を上げる。
「使う予定がなくても、国で保管している物を個人にそう簡単に貸せるわけがないだろう?ただでさえ、ベルからは不穏な報告を受けていると言うのに…」
「不穏?今回は何もした覚えはないが?」
『今回は』と言っている時点で、それ以外では何かしていると無駄に勘ぐってしまいそうになるが、他意はないのだろうと信じたい。
「最近、君が気配を殺してベルの背後に立とうとするらしいじゃないか?」
「あぁ、その件か」
「最近、ベルがその件でやたらピリピリしているせいで、今では騎士団の連中からも苦情が上がっているんだぞ?まさかとは思うが、暗殺でもする気じゃないだろうね?」
冗談めかしに私が問い掛ければ、まるで下らない事でも聞かれたような冷めた視線を向けてくる。
「そんな事をする程、私は暇じゃない」
「まぁ、そうだろうな」
奴の言葉通り、そういった事をする暇がないのは私が1番よく知っている。初めから本気で言っていた言葉でなかったため、奴の言葉をサラリと流しながら本題へと話しを戻す。
「それで、ある程度までなら私の権限で貸し出せるとは思うが、どんな性能を持つ物が必要なんだ?」
「そうだな。手始めに、魔力や気配を遮断する効果の物。それ以外に、解錠、隠蔽、妨害…」
「本気で誰か暗殺でもする気か!?」
犯罪でも犯しそうな不穏の羅列に私が声を荒らげれば、奴は呆れた者でも見るような顔で答えた。
「何を言っている?国庫からそんな物借りなくても、大衆の面前でも気付かれず暗殺するくらい簡単に出来る」
「それは…なんの慰めにもなっていないな…」
何を言っているんだコイツ?みたいな表情を浮かべながら平然と恐ろしい事を言って来る友人を前に、私はなんと声を掛ければ良いのだろうか…。ただでさえ、それを実行出来る事を知っているだけに、私には余計にたちが悪いように聞こえる。
「では、何処で何に使うつもりなんだ?」
「屋敷内で使う予定だ」
「…屋敷内?」
決死の覚悟を持って私が問い掛ければ、それを嘲笑うかのように奴からは予想していなかった単語が出てきたため、私の口からは間の抜けたような声が溢れた。その後、詳しい内容を聞きだぜば、空いた口が塞がなくなるような答えが返って来た。
「そんな事のために、国庫から魔道具を借りようとしていたのか…?」
国庫で管理しなければならないような魔道具を私的で使うだけでも呆れるしかないというのに、その理由すらも何とも下らな過ぎて、コイツは本当は馬鹿だったんじゃないかと疑いそうになる。
「私にとっては大事な事だ。それと、たとえお前が許可を出さなくとも、予行練習を兼ねて宝物庫からは勝手に借りて行く予定だった」
「おい!城への侵入を予告する宰相が何処にいる!少しはその責任を取らされる警備の騎士の事も考えろ!!」
「安心しろ。その者の退職金は弾む予定だ。それに、働きたいと言うならば我が家で職を斡旋し、働きたくないと言うのであれば、毎月保証金でも渡して生活の保証もするつもりだ」
傲慢さがにじみ出るような態度で平然と言う奴に、憎らしさしか込み上げて来ない。無駄に金と権力があるだけに質が悪い。私もやった事がないとは言わないが、1度自分の事は棚に上げて奴へと静止の声を掛ける。
「幾ら君とはいえ、見つかれば重罪で裁かれる事になるんだぞ!そうなれば、周りの者達の目もある手前、私とて庇いきれない!」
「そんなヘマを私が犯すとでも?」
「君は…しないだろうね…」
何とか奴の暴走を止めようと歯止めになりそうな事を言うが、全く意に介した様子はなく、事実だけを淡々と伝えるような言い草に、私は黙って頭を抱えるしかない。何事にも抜かり無く全てをそつなくこなすコイツが、普通の人間がするようなヘマなんて犯してくれるとは、とてもじゃないが思えない。だからこそ、確実に宝物庫から目当ての物をは拝借し、悠々と逃げおおせる未来しか見えてこない。それに、城の構造や隠し通路さえも網羅し、警備体制さえも知り尽くしている。そもそも、一般の兵がコイツに勝てるはずがない。
「はぁ…貸出を許可する…」
諦めが通り過ぎ、ある意味達観でもしたように言葉を紡げば、その言葉が出て来るのを予測でもしていたかのように一枚の紙を渡しへと差し出してきた。
「許可書の書類だ」
既に申請書類すらも完璧に準備されており、後は私のサインだけがあれば良いだけの書類を出して来る男に、私は何も言う気力がもはやなかった。
「それと、先程上げた物の他に催眠や洗脳…」
「それは、息子相手に使う物か!?」
「失礼な事を言うな。周りにいる騎士共にしか使う予定はない」
「そういう問題ではない!!」
その後、何とか後者の物の貸出を阻止する事に成功はしたが、ある程度この件に加担してしまった手前、どうなったのかが気になる。
「それで、どうなったんだ?」
「多少未熟な部分もあったが、兵の采配などがしっかりとされていて、私でさえも少し手こずってしまった。子供成長とは速いと聞いたが、どうやら本当だったようだ」
「楽しそうな所悪いが、私が聞きたいのは感想ではなく、どうなったのかという結果だ。だいぶ屋敷内が壊れたらと漏れ聞いたが?」
奴の屋敷ではある程度は口止めをされているようだが、何処からでもそういった情報は漏れるものだ。当然、奴もそれを理解しているからか、さしたる変化はない。それどころか、息子の自慢話しでもするかのもうな得意気な顔で答える。
「あぁ、今まであんな派手な変装で侵入した事がなかったからな。少しばかり興が乗ってしまって、多少屋敷が壊れてしまったが、オルフェを眠らせる事には成功しうえ、こっそりとプレゼントは置いて来るのには成功したのだがら、些細な問題だと言えるがな」
久しぶりに子供と遊んだ親のような顔をしているが、その規模が他と異なり過ぎている。そもそも、私が聞いた話では、騎士の中には少なくない数の怪我人が出たうえ、家が1軒建つ程の損害だったと聞いた。そんな屋敷中の者を巻き込むような大騒動を起こした張本人は全く悪びれておらず、こっそりと言う言葉の意味すら疑いたくなる。
「自分の屋敷を壊しておいて、それをこっそりと言えないと思うが、サンタへの解釈が間違っているぞ…」
「何処がだ?寝ている者の枕元に、気付かれずにプレゼントを置いて来れば良いのではないのか?」
解釈でも間違えてしまったかのような言い草で言うが、お前が間違えているのは常識だと言ってやりたい。昔から、人とは常識や考え方が少しズレていると思っていたが、今日は切に思う。
「子供に夢を与える日であるのに、そんな方法では夢も希望もないだろう」
「そうだな。それは盲点だった」
お前の場合、盲点ではなく盲目になっているだろう…。
コイツが家族へと向ける感情や行動を知っているがだけに、そんな言葉が喉元まで込み上げて来る。しかし、そんな言葉を敢えて飲み込み、もう一人の当事者の事について話しを振る。
「最近、城ではその姿を見かけないが、お前に負けて引き篭もっているわけではないだろうな?」
「いや、去年からの失態も含めて、騎士を一から鍛え直すと言っていた。今頃は、オルフェ自身で騎士達に訓練を付けている頃だろう」
「本当に、お前の所の騎士達は大変だな…」
私と同じ完全なるとばっちりの被害者達には、共感と共に哀れみと同情しかない。
「それで、来年なのだが…」
「来年は貸さんぞ」
今から来年の話しをして来る男に、私は断固とした意思で拒絶の言葉を口にした。
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