ハロウィン
今日は街を上げての催し物が開かれる事になり、学院も臨時休校になった。だから今日は、朝からみんなと一緒に貴族街にある屋敷を回りながら、今日だけで何回言ったか分からない言葉を口にする。
「「「トリックオアトリート!!!」」」
「おおぉ!!ようこそ!我が屋敷へ!これは、王都の名店に私がわざわざ足を運んで作らせた物だ。是非、その事をお父上に伝えてくれ」
「はぁーい」
僕は元気に返事を返すけれど、貰ったお菓子は全部纏めて袋に入れているから、今貰ったお菓子も直ぐに袋の中で混ざって、誰から貰った物なのか分からなくなると思う。だから、ただ相手に返事しているだけだ。
「さっきの奴も、また似たような事言ってたな」
お菓子を貰い終え、屋敷の門を目指しながら敷地を歩いていると、バルドが少し後ろを振り返りながら言った。
「他に言う事がないんだろ」
「そういう話しは、せめて敷地を出てからにして下さいよ。揉め事は、もう嫌ですからね」
「アレは!あっちが悪いだろ!!」
「本当に私は何も気にしませんから、大事にするのだけは止めて下さいね」
「俺も、面倒事は勘弁だ」
「お前等は少し怒れよ!!」
少し前にあった事に対して全く怒ろうとしない2人に、バルドが不満気な顔をしながら声を荒げる。
大体の人はさっきの人のように、誰もがそのお菓子にどれだけ手間を掛けたのを言って渡して来た。殆どは僕やバルドに声を掛けて来る人ばかりだったけど、たまにネアに話し掛けて来る人もいた。だけど、とある屋敷に行った時に、ネアやコンラットの事を無視して来る人がいた。
もちろん、そんな人からお菓子を貰う気なんかなかったから、僕達がそのまま何も受け取らずに帰ろうと、その屋敷の人が慌てた様子でお菓子を渡して誤魔化そうとして来た。だけど、流石の僕だってそんなので誤魔化されたりしない。でも、そんな態度に一番怒っていたのはバルドだった。
そのせいで屋敷前で喧嘩になりそうになり、衛兵がその騒ぎを聞き付けてやって来そうになったから、僕達は慌ててバルドを連れ出して事なきを得たけれど、やっぱりまだ怒っているようだった。
「あんなの気にするだけ無駄だなんだから、こっちも無視すれば良いんだよ」
「お前等が怒ろうとしないからだろ!」
「そうだよ。怒れば良いのに」
僕もバルドと一緒に2人に不満をぶつけるけれど、2人は何とも困ったように一度視線を見合わせてから、僕達へと言葉を返す。
「ああいうのは、下手に何か言うと逆上するから、関わらないのが一番楽なんだよ。それに、無駄に怒っていても、お菓子の量が減るだけだぞ」
「そうですよ。今日は、せっかくの催しなんですから、楽しむ事だけ考えましょう?」
「…うん」
「…分かったよ」
2人の大人な過ぎる対応に、何だか自分が子供みたいに思えてしまって、渋々といった様子で頷けば、バルドも少し拗ね気味な様子で返事を返していた。
「しかし、街を上げてハロウインをするなんて、よく実現しましたね」
コンラットが空気を変えるためなのか、今回のハロウィンについての事を僕に振って来たので、僕もそれに乗って返事を返す。
「それは、父様が何とかしてくれたみたい」
少し前に、街の人達みたいに貴族街でもそんな事が出来たら楽しそうだねと言う話になり、今回も僕がダメ元で父様に頼んでいた。
「でも、かなり無理でもしたんじゃないのか?兄さんは普通そうだったけど、朝速くに出掛けて行った親父は、何か渋い顔をしてたぞ?」
「だ、大丈夫だよ!問題ないって、父様が言っていたから!!」
本来なら、子供とはいえ変装をした見ず知らずの怪しい人間が、警備の厳しい貴族の屋敷を自由に出入りする事なんて出来るわけがない。だから、声が裏返りそうになりながら、僕は父様から聞いた話しだけを話す。
今回は父様による職権乱用と、父様に貸しを作りたい貴族の思惑。そして、それに反対するのが面倒になった陛下の諦めと、一番の面倒事を背を混む事になった軍部や衛兵の悲哀が合わさって実現したって兄様から教えて貰った。でも、それは機密扱いになっているから秘密にするようと言われてので、みんなにも内緒だ。
「ふーん。まぁ、そのおかげでいっぱいお菓子が手に入ったから良いか!」
そう言ったバルドは、たくさんのお菓子が入った袋を抱えて機嫌が良さそうに笑っていた。もし、本当に尻尾が生えていたら、左右に振っていそうだ。そんなバルトの衣装は、全身黒い狼の格好をしていた。
「調子に乗って取り上げられても、私の分は上げませんからね」
「大丈夫だ!ちゃんと見つからないように隠しておくから!」
そう言ったバルドの姿は、言動も相まって何だか犬みたいに見えるけど、たぶん狼なんだと思う。
「その衣装って、ルドをモデルにしたの?」
「やっぱり分かるか!どうだ!狼だから格好いいだろ!!」
仮装の衣装を自分の召喚獣と同じ格好をしているからか、バルドは袋を手に持ちながら両手を広げて、何処か誇らしげだった。
「お前は、狼って言うよりも何か犬みたいだけどな」
「どういう意味だよ!!」
「そのままの意味だろ?」
普段から遠慮がないけれど、ネアは今日も遠慮がない。
「そういうお前は、真っ黒いローブだけで何の格好なんだよ!コンラットは白い布1枚だし!!」
ネアは黒いローブを目深に被っていているだけで、コンラットも顔の部分だけ開けたような布1枚を頭から被っているだけの簡単な衣装だった。
「ん?死神だ」
「……何でそんなの選んだんだよ?」
ネアの返答に、さっきまでの勢いが消えてしまったかのような静かな声で問い掛けていた。僕はてっきり、ネアの衣装は魔法使いなのかと思っていた。
「用意するのが面倒だったのと、ちょうど良いのが家にあったからだ」
「絶対!もう少し他に何かあっただろ!コンラットは!!?」
「私はオバケですよ。そもそも、ハロウインというのは、悪霊や災いから身を守るものであって…」
「そういう説明は今日は良いんだよ!!気合入れて仮装してるのは、俺とリョカだけじゃんか!!」
説明が長くなりそうなコンラットの言葉を遮り、バルドは憤りを顕にするけど、僕はその言葉に素直に頷けない。
「母様が準備した物を着てるだけだから、僕も別に気合入れているわけじゃないんだけどね…」
僕は今、頭に白猫の耳が付いたカチューシャを乗せ、首に黒色のふわふわの襟が付いた白の長袖半ズボン。靴下は膝まであるもこもこの黒靴下に、手には肉球の付きの黒手袋を嵌めていた。
去年は着ぐるみパジャマみたいで動き難かったと言ったら、今回は動きやすさを重視した服装にはしてくれたみたいだった。だけど、出来上がったのは女の子が着たら可愛いようなふわふわな衣装だったから、僕に似合うとは思えなかった。でも、母様が張り切って用意した物だったから、着ないわけにも行かなくて着たけれど、見るからに可愛らしい衣装だから、今も着ていて凄く抵抗がある。それに、みんなに笑われているんじゃないかと、不安になって来る。
「リュカの場合、それ着てても違和感ないのが凄いよな」
「私が着たら、確実に浮きそうです」
「猫の中でも靴下猫を選ぶとは、センスがある」
「僕が選んだわけじゃないけど…ありがとう…」
口々に母様が選んで用意してくれた服を褒めてくれたから、僕も複雑な気持ちを感じつつも、みんなにお礼の言葉を口にする。
「可愛いな」
「………」
普段みせないような柔らかい笑みを浮かべながら僕の方を見ているけれど、視線が僕の上の方に行っているから、頭に乗った猫耳を見て言っているのは分かる。でも、僕も男だから可愛いと言われても全く嬉しくない。
「なぁ?コンラット?俺達は今、何を見せられてるんだ?」
「そんなの、私も知りませんよ…。リュカが可愛い女の子だったら、違和感ないんでしょうけど…」
「僕!女じゃなくて男だから!!」
「ん?猫なら、オスでも可愛いだろ?」
「今は、そんな話ししてないから!!」
僕が全力で否定している横で、的はずれな事を言って来るネアに反論していると、バルドも真顔な表情を浮かべて言った。
「コイツ、実は俺より馬鹿なんじゃないか?」
「これで、何で私よりも成績が上なのか分かりません…」
コンラットも、バルドと同じように呆れを通り越したような視線をネアへと向けていた。僕も、猫に関してだけ馬鹿になるという認識を強めつつ、猫の衣装はもう着ないと心に決めた。
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