山へ (レオン視点)
「なぁ?何で森に来たんだ?オルフェは森に来るの嫌いだろ?」
妙に殺気立ちながら、辺りを警戒したように黙々と歩く背に話しかければ、殺気が込もった目で振り返った。
「それは、誰のせいだと思っているんだ……」
「俺のせい…かな…?」
「分かっているなら、約束通りに黙って付き合え」
「はい…」
若干の気まずさを隠すように言葉を返せば、酷く冷たい声だけが帰って来た。再び前を向いて歩き出したオルフェを追いながら、今朝の事を思い出していた。
珍しく朝速くに城に来たと思ったら、頼んでもいないのに俺の仕事を手伝うと言ってきた。そして、その変わりに少し付き合えと。だけど、此処に来てからも何も理由を話さないから、何がしたいのかさっぱりだ。
「オルフェ。此処に来た理由は何なんだ?そろそろ教えて貰わないと、直ぐに夕暮れになるぞ?」
「……」
俺からの問い掛けに、未だに言おうか迷っているような顔をしながら、渋い顔をしていた。
俺としては、オルフェからの頼みだったら、仕事なんか放り投げてでも付き合うつもりだったけど、オルフェが頑なに仕事が終わってからだと言うから、城を出るのが遅くなってもう昼過ぎだ。
「…取り…来た」
「えっ?わ、悪い!声が小さすぎて聞こえなかった!」
少し考え事をしていたら、オルフェの声を聞き逃してしまった。俺が慌てて聞き返せば、決死の覚悟でも決めたような顔で言った。
「…虫取りのために来た」
「はぁ!?虫取り!?オルフェが!?」
信じられない言葉に驚愕の声を上げれば、まるで言わなければ良かったでも言うように顔を歪めた。
「どうしたんだ!?もしかして熱でもあるのか!?それとも悪い物でも食ったか!?」
「鬱陶しい!離れろ!」
熱がないかと額に触れたり、身体に異常がないかと心配していたら、纏わりつく俺を鬱陶しそうに払うようにしながら、オルフェは俺から距離を取った。
「だってよ!虫嫌いのお前が虫取りって!それに、子供の頃でもそんな遊びしなかっただろ!?」
虫嫌いでもない子供の頃でさえ、誘っても行かなかったのに、どうしたとしか言えない!
「だから、誰のせいだと…」
もう言っても仕方がないように途中で言葉を止めると、ため息混じりに言葉を続ける。
「はぁ…来年の夏、家族の皆と、リュカの友人を交えて父上の実家に行く事になったんだ…」
「それが、どうしたんだよ?」
オルフェから実家の話なんて聞いた事なんかなかったけど、それが虫取りとどう関わって来るのか分からない。そもそも、友人が付いて行って良いなら、俺も行きたい。
「近くに森があるらしいんだが、リュカがそこで虫取りをしたいと言ったんだ…」
「あぁ」
その言葉を聞いて、オルフェがどうして虫取りなんて言い出したのかが分かった。虫取りなんて、大体は街の広場か庭でするくらいで、魔物がいるような森に行ってするもんじゃない。
オルフェが弟に甘い事は知っているから、やりたいと言った事はさせてやりたいが、心配だから付いて行きたいんだろう。だから、護衛として付いて行くために、少しでも苦手を克服する気何だろう。
「それで、俺と予行練習にでも来たのか?」
「あぁ、リュカには無駄に期待させないため、友人と行けと言ったが、出来れば私も付いて行きたい。お前の前なら、多少無様な姿を取ったとしても今更だろ。それに、虫取りがどんなものかも知っているだろうと思ってな」
「おぅ!任せておけよ!」
オルフェに頼られている事が嬉しくて、俺は胸を張って返事を返した。俺も虫取りなんかした事なんかなかったが、子供の頃に騎士団の連中から聞いたから、どんなものかは知っている。それに、虫嫌いになった原因が俺にあるだけに、何とか力になりたい。
「あれ?だけど、虫取りの時期は、もう終わってるだろ?」
夏に比べれば、少し虫の数も少なくなっていると思って訪ねれば、本当に嫌そうな顔で顔を歪めた。
「あんな地獄絵図のような場所に足を踏み入れる程の気概は、私にはない。少し慣らしてからだ」
やっぱり、最初から大群を相手にするのは、オルフェでも無理か。
「よし!なら、虫がいそうな場所に行こうぜ!」
俺達は、虫がいそうな場所を目指しながら、意気揚々と森の中へも入っていた。
「オルフェ、死んでたら意味なくないか?」
「虫が取れれば良いのだろう?」
「うーん…?」
水魔法で倒した虫の死骸を指差しながら平然と言うオルフェを前に、俺はどうにも判断に迷う。
「虫取り網を使った方が良いんじゃないか?」
最初からそんなものなど持って来てないが、虫取りなら虫取り網を使うもののはずだ。
「そんなリーチがが長い物を持っていたら、魔物が出た際に動きが鈍る」
「短いのにすれば良いだろ?」
「至近距離に近付く気はない」
断固たる決意を込めたような視線で言うオルフェに、俺も昔聞いた話しを思い出しながら答える。
「まあ、取った後に標本にしたりするって言ってたし、取る時に死んでても、あんまり変わらないか?」
聞きかじった言葉を言えば、我が意を得たように、口元に小さな笑みを浮かべて言った。
「そうか、それなら何も問題ないな」
その後は、まるで親の仇をみるような態度で次々と虫を殺して回るオルフェに付き合っていたが、流石に不味いと思って声を掛ける。
「これ、どうするんだ?」
「……」
森にいる虫を殲滅する勢いで殺しまくったオルフェに視線を向ければ、まるでこの事実から目を逸らすように、俺とも視線を合わせない。
「これの処分はどうするんだよ」
「俺は燃やさないぞ」
再度問い掛ければ、オルフェが物凄く不快そうな顔でこちらに視線を向けて来る。だけど、俺も以前の事が頭を過って、俺もやりたくない。
「ただの虫だ。その辺に放置で良いだろう」
「良い…かなぁ…?」
森で火を使わないでこの量を処理すると、どうしたって時間が掛かる。それに、オルフェの様子を見る限り、手伝ってくれそうにない。
少し嫌な予感がしたが、俺1人でなんとかするのも嫌だったので、まあ良いかとそのまま放置したまま帰る事にした。
「これで、リュカに付いて行っても、遜色ない筈だ」
「俺も、オルフェの力になれたみたいで良かった!」
後々、俺はこれは普通の虫取りじゃなかった事を知った。
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