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七夕

「この物語の主人公は、何度読んでも理解出来ないね」


「どうして?」


僕と一緒にやっていた作業を先に終えた父様が、僕が机に置いておいた七夕の物語を横で読みながら、横で何気なく呟くように言った。やっていた作業を止め、僕が振り向くようにして尋ねれば、本を閉じた父様がこちらへと視線を向けた。


「ただ嘆くだけで、自身の現状を何も打破しようとしない所もそうだが、大人しく言いなりになるなど、私には全く理解出来ない」


「う~ん?でも、橋がないと川は渡れないから、仕方がないんじゃないかな?」


「橋など無くとも、川を渡る方法など幾らでもあるんだよ」


「どうやって?」


「ありきたりな方法で言えば船だね。そもそも、鳥が橋代わりとなって会えるのなら、探せば方法など幾らでも見つかるはずだ。それすらも模索しようともしないで待つなど、ただの怠慢としか言えない」


「でも、しっかり働かないとダメっていう教訓の物語じゃないの?」


誰かに、物語には教訓を含んでいる事があると聞いた事があったから、僕がそう訪ねたら、父様は軽く首を横に振りながら言った。


「それも間違ってはいないかもしれないが、私は、事前の備えを怠っていた事への教訓だと思うよ」


「備え?」


僕が不思議に思って問い掛ければ、父様は頷くようにしながら、僕に諭すような顔で言った。


「織姫が、天帝という力を持った者の娘だったのなら、まず彦星は、その天帝の力を削ぐべきだった。周囲にいる者を自分の味方に付け、その者が持つ力に対抗する手段を準備してから、己がしたいようにするべきだった。それなのに、何の対策や準備をせず、敵に付け入る隙を与えるなど、何とも見通しも悪ければ頭が悪い」


表紙に描かれている絵を眺めながら言う父様の声には、少し呆れが混ざっているようだった。


「それに、人の願い事を叶える事が出来るのならば、まずは自分自身の願いを叶えれば良いものを、私にはそれすらも全く理解が出来ない事だよ。それにしても、願いを叶えるのが元になっている話しが織姫だと言うならば、彦星は本当に何の役にも立たないな。まあ、結婚を許された理由を考えれば、彦星の価値は働く事だけだったのだろうが、その価値すら自ら捨ててしまうなど、本当に愚かとしか言いようがない男だ」


「ねぇ、父様?これに似たような話とか事って、現実であったりしないのかな?」


つまらなそうに言った後、軽く本を放り投げるように机に置いた父様に、僕が興味本位で問い掛ければ、考える素振りや悩むような様子もなく、はっきりとした態度で言った。


「そういった話は、私は今までに1度として聞いたことがないな。それに、働き者だと言うだけで王侯貴族と結婚出来るなら、その国の階級制度なんてなくなってしまうよ」


「それなら、貴族の家に養子とかに入ったらどうなの?」


貴族の養子になって、王子様と結婚したりするお話しがあると、クラスの女の子達が話していたのを聞いた事がある。


「リュカが考えているよりも、階級制度はそこまで甘くないよ。街の人間は喜ぶかもしれないが、仮に貴族の席に入ったとしても、周囲の貴族からは、決して貴族としては認めては貰えないだろうね。それに、もし上位貴族となどと結婚するとなれば、周囲からの反発が当然あるはずだ。それすらもなく、この物語のように両者がすんなりと結婚できたのなら、そこには何かしらの陰謀があるように感じる」


少し分からない所があるけれど、父様の言う通り、その物語は街の人達には人気があるようだったけれど、クラスの女の子達の評価はあまり良くはなかった。


「そう考えれば、この者は娘と合わせる事を条件に、天帝の言いなりとなって働く、ただの奴隷になったという事だろうな」


兄様も似たような所があるけれど、父様から物語を聞くと、全く違うお話しを聞いているような気になって来る。冷笑を浮かべながら言う父様を前に、僕は興味本位で少し思った事を聞いてみた。


「もし、この物語にみたいに母様と離れ離れになったら、父様はどうするの?」


「私かい?そうだね、そんな事態になる前に手を打つだろうか、私ならば、川などと言わずに海すらも超えて会いに行くだろうね。そして、その原因を作った奴に会いに行くかな」


「会いに行ってどうするの?」


「さぁ?どうしようか?」


僕の問い掛けに、父様が曖昧な笑みを浮かべていると、誰かが部屋の扉をノックの音が響いた。


「こっちは終わった?」


扉を開けて入って来たのは、庭の準備をしていた母様だった。


「ああ、短冊飾りなどという物は初めて作ったが、なかなか楽しめたよ」


母様を笑顔で向かい入れながら答える父様の前の机には、綺麗に作られた短冊飾りが置いてあった。そのどれもが、見本よりも綺麗に作られていて、本当に初めて作ったのか疑問に思えて来る程だった。それに比べて、僕のは少し端の方がズレてよれていたり、途中で曲がったりなどして、不格好な形になっていた。


「ねぇ?飾るのは、父様が作った物だけにしない?」


父様が作った物と一緒に飾られるのが何となく嫌で、僕が作った物を楽しそうに見ている母様達にそう言ったら、驚いたような顔で止められた。


「リュカがせっかく頑張って作ったのに、飾らないなんて勿体ないわ!」


「そうだよ。私が作った物より、リュカが作った物の方が趣きもあって味わい深くて良いと思うよ。私が作った物は、どうにも面白みに掛ける物ばかりだからね」


「でも、父様が作った物の方が、僕のよりも綺麗だよ?」


「見た目だけならね。だが、見る人間が見れば、何も込もっていない形だけの物だと分かるんだよ」


「そうなの?」


「ああ、リュカにはまだ、見分けは付かないかな?」


僕が不思議そうな顔をして見上げていたら、父様が暖かい目で僕の方を見つめていた。


「まだ此処にいたのですね」


「兄様!笹は飾り終わったの!?」


「ああ、母上が整えて下さった場所に、笹の葉の設置は終わったのだが、何時までも母上が戻って来なかったので、此処まで様子を見に来たんだ」


部屋に入って来た兄様に僕が声を掛けると、兄様は僕の方へと視線を向けた後、母様がいる方へと視線を向けた。


「ごめんなさい。此処に来る前に、暫く庭師と立ち話をしてから来たものだから、オルフェを待たせてしまったわね」


「いえ、何も問題がなかったのならば、それで構いません。それと、ドミニクに頼んおいた、飾りを入れる箱を持って来ました」


申し訳なさそうな顔をする母様に、兄様は持って来た箱を見せると、僕が作った不格好な飾りを、大事そうに箱に入れ始めた。それを見た僕は、兄様へと声を掛ける。


「兄様。不格好な方じゃなくて、綺麗な方を入れた方が良いと思うよ?」


「それでは、せっかく作ったリュカの飾りが潰れてしまうだろう?」


「最初から不格好だから、少し潰れても変わらないよ。それより、父様の方を入れた方が良いんじゃない?」


最初から、兄様は不格好な方が僕のだと思っているようだった。それが本当の事だけに、何処か面白くなくて、僕が拗ねたような声で言ったら、兄様はさも当たり前のように言った。


「父上が作った物は、幾らでも変えが効く。だから、手で抱えて持って行ったとしても問題ない」


「そうだね。私のは潰れてしまっても構わないから、リュカが作った物を優先して入れてくれ」


「はい」


父様と兄様の意見は一致しているようで、僕の言う事は聞いてくれなかったのに、兄様は父様の言葉には素直に従っていた。


その後、箱に入り切らなかった分を使用人達に任せ、僕達は箱に入った物を持って部屋を後にした。だけど、不格好な物を綺麗な箱に入れて、綺麗に作られた物を無造作に抱えて行く事に、やっぱり違和感を覚えた。


僕等が連れ立って裏庭へと向かうと、そこには何時もと違った光景が広がっていた。


「うわぁ~!」


何時なら花が植えられていた花壇には、十数本の笹が埋まっており、その根本に置かれたランタンが、笹を幻想的に下から照らしていた。


「これ、兄様と母様でやったの!?」


「いや、私がしたのは、届いた笹の選定と設置だけだ」


兄様がそう言った時、僕達の間に夜の少し涼しい風が吹いた。


「ねぇ、兄様?何か焦げ臭くない?」


吹いてきた風の中に、何かが燃えたような、何処か焦げ臭いような匂いが混ざっていた。


「安全な物だけを残して、それ以外は焼いたからな。それの匂いかもしれない」


「危ない物があったの?」


「ああ…切り落として持ってこさせた笹の中に…思いの外隠れ潜んでいた物が多くあってな…本当に…気配を探るのも嫌だった……。来年は、絶対に冒険者共に全てやらせる」


思い出すのも嫌そうな顔をした後、何かを硬く誓うような顔で兄様は宣言していたが、何かに気付いたようにこちらへと視線を向ける。


「離れた位置で燃やしたのだが、風の向きまでは考えていなかった…。これでは、せっかくの催しに水を差してしまうな…」


「オルフェ、風向きが問題なら、それを返れば良いだけだから、何も問題はないよ」


父様の言葉で、何処か安心したような顔をしている兄様に、僕は声を掛けた。


「庭やランタンも、兄様が準備したの?」


「いや、庭師と共に花の植え替えして下さったのは母上だ。それに、ランタンも屋敷のメイド達が準備した物だ。私は、飾るのを少し手伝っただけだが、皆とこういった事をした経験があまりなかった。だから、何とも新鮮な感覚を味わえた」


「私も、植え替え作業がなかなか楽しくて、庭師の方ともつい話しが盛り上がってしまったわ」


さっきまでの事を思い出しながら、少し口元を緩める兄様とはにかみ笑いで笑う母様。そんな母様達に、父様は優しげな笑顔を向けていた。


「どうやら、皆、それぞれで楽しめたようだね。では、あまり遅くならないうちに、飾りだけでも飾ってしまおうか」


父様達と一緒に笹に短冊飾りを吊るしながら、僕は、父様達に見つからないように、自分の願い事を書いた短冊も、こっそりと笹に吊るした。


「飾りがあると、笹も見ごたえが増すね」


「そうね」


飾り終わった笹を見ながら、父様と母様が話していると、父様は不思議そうな顔で僕へと視線を向けて来た。


「リュカの分の願い事が見当たらないけれど、願い事を書かなかったのかい?」


父様達の分は、見えやすいような笹の上の方に飾ってあった。けれど、その周囲を見渡しても僕の分が見当たらなかった事に、父様が疑問に思ったようだった。


「僕もちゃんと書いたよ!でも、何処に飾ったかは内緒!」


「リュカは、いったいどんなお願い事を書いたんだ?」


「秘密!」


「秘密、なのか?」


「うん!」


不思議そうに聞いてくる兄様に返事を返しながら、僕は笹の下の部分へと視線を向ける。そこには、僕の願い事が書かれて短冊が、他の飾りに隠れるようにして風に揺れていた。


『兄様達みたいになれますように』


父様達の願いと一緒に、僕の願い事も叶うと良いな!

お読み下さりありがとうございます

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