父の日 (オルフェ視点)
「父上の好きな物?」
「うん!もうすぐ父の日だから、父様が喜びそうな物を贈ろうと思って!兄様は、何が好きか知らない?」
仕事机の向こう側から、何か期待するような視線を向けられる。
「リュカが渡すなら、父上は何でも喜ぶと思うが?」
「そういうのじゃなくて!父様が好きな物を渡したいの!!」
私の返答が気に入らなかったのか、少し憤ったように言葉を荒げていた。
「参考で聞くのだか、父の日とはどういった物を贈るんだ?」
母の日は、花を贈るというものだった。それに、品種も指定されていたため、何を贈るのかも悩まずにすんだ。
「カフスボタンとか、時計とか、普段使っているような物かな?でも、父様はそういうのいっぱい持ってるでしょ?」
「持ってはいるが、幾らあっても困る物ではないだろう?」
「だって、他のに埋もれちゃたら嫌でしょ?」
リュカが渡した物が、他のに埋もれるわけがない。むしろ、父上の場合、それしか使わなくなる可能性の方が高い。
「では、母上に聞いてみてはどうだ?」
「それなら、兄様も一緒に行かない?それとも、仕事で忙しい?」
リュカに問われ、他の書類と分けるように置かれた一枚の書類へと目を向ける。
提出期限を忘れていた者から、今朝、私の所に届いたばかりの書類ではあったが、比較的重要な書類だったため、仕事の目処がついたら、他の書類と共に城に持って行く予定だったが、
「此処でやる私の仕事は終わった。だから問題ない」
「じゃあ!兄様も一緒に行こう!」
リュカと共に部屋を後にしながら、忘れていた者が悪い。私は、そう結論付けた。
「アルの好きな物?」
「うん!母様なら、何か知ってるかと思って!」
リュカと共に母上の部屋を訪れれば、飲みかけの紅茶を置きながら、私達へと視線を向ける。
「アルは、甘い物が好きみたいよ」
「甘い物?」
「ええ、頭を使う事が多いから、甘い物が欲しくなるだけだってアルは言っていたけれど、本人が思っているよりも甘い物が好きみたい」
「それなら、僕と同じだね!」
何かを思い出したような笑顔を浮かべる母上に、リュカも同じような笑顔で返していた。
「ありがとう母様!何か甘い物で考えてみるね!」
礼の言葉を口にしながら部屋を後にするリュカを、手を振って見送る母上。それに、私も軽い会釈を返しながら、部屋を後にする。しかし、父上が甘い物が好きだとは意外だ。
「う~ん?甘い物って言えば、チョコかな?」
「では、贈り物はそれにしよう」
「もう!兄様も少しは考えてよ!」
母上の部屋から戻る途中の廊下でリュカにそう返せば、またもや憤ったような声を上げる。
「そうは言うが…私は誰かに物を贈った経験などない。だから、そういったものは、良く分からない…」
「殿下に贈ってたでしょ?」
「あれは…」
自身の未熟さを晒すようで不甲斐なかったが、そんな私の言葉を意にも介さなずに、不思議そうな顔で問い返して来た。しかし、あれはリュカの手前、仕方なく買った物であって、彼奴に贈りたいから買ったわけではない。
「それなら、誰かに贈り物を貰った事はないの?」
「献上品のような物は貰うが、リュカが思うような贈り物を貰った事はない」
時折、奴から押し付けられるように、物を渡される事はあるが、アレは贈り物ではないはずだ。
「じゃあ!贈った人からの感想でも聞けば、兄様もどんな感じなのか分かるんじゃない!?」
「いや…それは…」
「やっぱり、王族の人は忙しいの?」
「それは否定はしないが、奴の場合、今頃は怠ける口実でも探している頃だろう」
「それなら、少し話でも聞きに行ってみようよ!」
「そんな必要は…」
「ねぇ?兄様?」
小首を傾げながら見上げて来るが、最初の話題から話しがそれて行っているように感じる…。しかし、リュカも母上に似て、一度言い出したら止まらない所がある。
「はぁ…城に行くならば、その前に少し部屋に寄っても行くぞ」
「うん!」
今から会いに行く奴のせいで、このような展開にも慣れてしまった。それならば、面倒な事は一度で終わらせようと、部屋へと寄ってから、城へ行く事にした。
城を訪ねて行けば、誰かに止めれれるような事もなく、目当ての部屋までやって来る事が出来た。私は、目の前の扉をノックをする事もなく、静かに部屋の扉を開ける。
「邪魔をするぞ」
「オルフェ!いきなりどうしたんだ!?」
驚いたような顔をしながら机に突っ伏していた顔を上げるが、頬が赤くなっていることから、暫くの間、怠けていた事が見て取れる。
「リュカの付き添いと、少し野暮用もあって来ただけだ」
「付き添い?」
それに気付いた事をおくびにも出さずに、今回、此処に来た目的を告げれば、視線を下へと向ける。
「あのね?兄様からのお土産ってどうしてる?」
「オルフェから土産?それなら、今でも部屋に大事に飾っているぞ!」
「今直ぐ捨てろ。いや、返せ」
問い掛けたリュカの目の前で、誇らしげに言われると、何とも言えない気恥ずかしさを感じる。奴に直ぐに捨てるように言ったが、無惨に捨てられる人形の姿が頭を過ぎり、私は人形に罪はないと、直ぐに言葉を訂正した。
「一度貰った物は返さないぞ!」
「それは…王族であるお前が言う言葉か…?」
奴の言動には時折呆れる事があるが、聞いていて情けなくなって時もある。
「それにしても、何でそんな話しを聞きに来たんだ?」
「それは…リュカが…」
今更ながら、此処に来た理由を尋ねてくるレオンに、私が何と返すべきかと思案していれば、それに変わるようにリュカが答えを返す。
「兄様と一緒に父様に何か上げようと思ってたんだけど、贈り物をした事がないから分からないって兄様が言うから、贈った事のある人の意見を参考にしたらどうかと思って!」
「そうだなぁ、オルフェが土産なんか買って来た時は驚いたが、やっぱり、すげぇ嬉しかったぞ!それに、エルンと同じトラの置物だったからな!オルフェが、俺の事を考えて選んでくれたのかと思ったら…」
「……お前、少し黙れ」
「兄様!」
地鳴りのような声が口から漏れれば、リュカが嗜めるような声で私の事を呼ぶ。私が身を引けば、私の態度など気にした様子もなく、奴は首を傾げていた。
「それにしても、それで俺を訊ねて来るなんて、何か凄い物でも贈るつもりなのか?」
「うん!だって、今日は父の日でしょ!」
「父の日?そういえば、昨日、オルフェの親父さんからそんな話しを聞いたな?」
「そうなの?」
不意に出て来た名に、リュカも同じような仕草をしながら不思議そうな顔をしていた。
「そうだ!父上なら昔からの馴染みみたいだから、好きな物とかもよく知ってるんじゃないか!?ちょうど、俺も準備していたのがあるから、お前等も一緒に来るか?」
「行く!」
「よし!じゃあ行くぞ!」
「その前に、今日中に確認して欲しい書類が1枚あるんだが?」
「それは後で見るから、未処理の書類の所にでも置いててくれ!」
「……」
部屋を出て行こうとするレオンを呼び止め、私が来た要件を伝えれば、まるで書類から逃げるように慌てて部屋を出て行った。その言葉に一抹の不安を感じつつも、私は言われた通り、未処理の書類の山の上に1枚の書類を置いてから部屋を後にした。
「アルの好きな物ねぇ。嫌いな物は、はっきりとしているくせに、昔からそういった物は顔に出さない奴だったからね~」
奴と共に、陛下の執務室へとやっては来たが、私達と会話をしている最中も、次々と舞い込んで来る仕事を片付けていた。
「それに、欲しい物とは自分で手に入れるタイプなうえ、他人からの貰い物は受け取らない奴で、ゴミ箱行きになってたな」
「え…っ…」
余計な一言で、リュカが不安そうな顔を浮かべたため、自然と目尻が吊り上がる。
「まあ、今は違うようだけどね。それに、君達は他人じゃないだろう?それに、自分の子供から贈り物を貰えば、何でも嬉しいものだ」
「それなら、これは俺からの贈り物だ!」
「お前が?私に?」
「おぅ!!」
「ありがとう。さっそく、開けさせてもらうよ」
手渡され箱から、毒々しい程に赤いクッキーが出て来ると、完全に顔全体が引く付せながら、危険物を見るような視線を向けている。
「お前の気持ちはとても嬉しいんだが…赤いクッキーなんて…見た事ないんだが…?」
「そりゃあ、父上の好きな味にしてあるからな!」
「私の…好きな味…?」
「何の味かは、食べてからのお楽しみだ!」
レオンの言葉に、不審そうに眉は寄せながらも、恐る恐るといった様子で、端の方を一口だけ齧る。
「ゲホッ!ゴホッ!」
「大丈夫か!?」
彼奴が渡した物を少量食べただけで、顔を真っ赤に染めながら盛大にむせ込み始めた。
「み…みず…」
「水!?兄様!?」
「分かった」
声も絶え絶えといった様子で、それだけを口にする。
私はリュカに言われ、机の上にあった水差しからコップに注いだ水を手渡したが、それを直ぐに飲み干し、これだけでは足りないとばかりの勢いでおかわりを要求された。
だが、先程の分で、ほぼ残っていなかったため、水魔法を使って水差しの中へに、追加の水を補充してから渡す。
「こ、これ…喉が焼けそうなくらい…辛いんだが…?」
水を飲んで少しは落ち着いたようだが、まだ枯れたような声を出しながら、若干涙目になった目でこちらを睨んで来た。だが、これを用意したのは私ではない。
「えっ?オルフェの親父さんから、父上は辛い物が好きだから差し入れに持って行ったら喜ぶって言われたから、激辛にしたんだけど…?」
「あの野郎…まだ根に持ってやがったのか…」
苦々しい顔で呟いた後、嘘くさいような笑顔を作り、その顔を上げた。
「アルの好きな物だったね?アルは苦い物が好きだから、目一杯苦い物を上げると良いよ」
まだ少し掠れたような声で、おそらくは嘘だろう思われる事を、私がいる前で、平然と口にする。
「そうなの?母様は、甘い物が好きだって言ってたよ?」
「それなら、甘くて苦い物を贈るのが一番じゃないかな?」
その後も、下の根も乾かぬうちに私の弟に嘘を教えようとする所に不満があれど、それに異を唱えられる程の関係ではないため、不満顔のまま言葉を紡ぐ。しかし、そのような事をすれば、また父上からの仕返しが来るのだと思うのだが、それは父上にも言える事でもあるため、どっちもどっちと言う他ない。
「甘くて苦い物なら、ビターチョコかな?」
「いや…普通のチョコを贈った方が良いと思うが…」
城を後にした馬車の中で、リュカがそのような事を口にした。疑う事を知らないのか、どちらの意見も採用しようとしているリュカに、私は何とも言えない複雑な心境になった。
「えー!贈るなら父様が好きな味が良いよ!それに、陛下が嘘を教えるわけないでしょ?」
そう尋ねるリュカに、おそらく嘘の情報だと言いたいが、穢れを知らないような目を向けられれば、迷いが生じる。だが、此処で真実を伝えていた方が、今後、騙される事がないようにするためにもなるとは思う。
「……そうだな。嘘を言うわけがないな…」
しかし、私の口から出たのは、肯定する言葉だった。
「そうだよね!」
楽しげに、贈り物を何処で準備するか相談して来るリュカに、私は被害を最小限にするため、リュカがお気に入りのカフェの職人に、リュカの要望通りのチョコを届けさせた。
「父様に!父の日のプレゼント!!」
夕食の席で、届いたばかりの贈り物を父上へと差し出しながら、楽しげな声を上げる。
「何を贈るか僕達で考えて、兄様に用意して貰ったんだ!」
「私は、リュカの要望通り、手配しただけです」
「それでも嬉しいよ。中身は何かな?」
包装紙を開ける父上をキラキラしたような目で見る弟と違って、私はこの後に起こりえる事が想像出来るためか、どうにも直視出来ない。
「チョコなんだね。仕事の合間などに食べたりするから、凄く嬉しいよ」
嬉しそうな顔を浮かべていた父上が、中に入っていたチョコを1つ口に入れると、一瞬、顔を強張らせ、その後、静かにワインを口にした。
「これは…何とも…苦いね…」
「母様は甘い物が好きだって言ってたし、陛下は父様は苦い物が好きだって言ってたからビターチョコにしたの!」
リュカの言葉に、引く付いた笑みを浮かべながらも、体裁は保っているようだ。
「アルは、苦いものが嫌いじゃなかったの?」
「そうなの!?」
「そんな事はないよ。あまり食べないだけで、嫌いではないよ」
そう言いながらも、父上は残りのチョコに手を付けようとはしない。おそらく、リュカに気を使っているのだろう。
「喜んで貰って良かったね!兄様!」
「そうだな…」
「ただ、奴に今回のお礼はしなければならないな」
楽しげなリュカの前で、笑顔を浮かべる父上の手の中には、ぐしゃりと握り締められた包装紙があった。
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