ふたり
シモーヌはわずかに残った衣服を剥ぎとった。
「大したものだな」
「なにがですかー?」
倒れた男の腹部には剣が突き刺さっていた。
なにかの機会に男達から奪い、三人まとめて手早く仕留めたのだろう。
エイクレアは革製の水筒をシモーヌに投げた。
「先に口を漱げ」
「ありがとうございます」
赤い穢れを吐き出してシモーヌが問う。
「トカゲさんはどうなりましたか」
「倒したさ」
そう答えるエイクレアの表情はどこか晴れない。
もう一度、嗽をしたシモーヌは忌々しさと共に汚物をペッと吐き出した。
「さすがですね。あれに比べたら盗賊上がりの新兵なんてカスですよカス」
「あれは……恐らくヴェルベドを倒した個体ではない」
「え」
「あれは黒鱗の怪物にしては弱すぎた。話に聞いていたバシルコック自治区の亜人よりは手強い相手だったが……」
「……あんなのが何匹もいるんですか? マジですか?」
「先ほどの亜人には黒鱗の怪物ほどの異質さは感じられなかった。せいぜいが手練れといったところだ。自治区の生き残りが戦士として研鑽を積んだのかもしれない」
――帝国への復讐のために。
「えー! めーっちゃ異質でしたよ!? エイクレアさん吹っ飛ばされてたじゃないですか! グウェリアの騎士相手にあれはやばいですよ!」
「本物ならあの一蹴りで私は死んでいたし、お前の投げた短剣も鱗に弾かれていただろう。体躯からして違う気がする」
「いや私の投擲術は大したものなんですよ? 本物でも貫きます! だからさっきのトカゲさんは本物です!」
「わかったわかった。そういうことにしておこう」
「はい! それではゴドフロイさんを追いましょう!」
元々の性分か、あるいは不快感を誤魔化すためか、シモーヌの明るさにはどこか歪さが残っていた。
「ああ、だがここからは私一人で行く」
「…………なぜですか」
足手まとい――とは言うまい。現に彼女はどういう方法であれ、敵を倒し死地から生き延びた。
グウェリアの戦士として一人前といえる。
しかし――。
「行けば死ぬ。お前の力量ではこの先の死線は潜れない。それならいっそ、この事をロランたちに伝えてくれ。本隊から援軍を遣してもらいたい」
「それならエイクレアさんも一緒に戻るべきです。ゴドフロイさんが寝返っているなら――」
「私はゴドフロイが寝返ったとは思っていない。おそらくここはあの蜥蜴と少数のセレイン兵で落とされたのだろう。それならば湿地林を抜けて夜襲をしかけることも可能だ。蜥蜴は隠密性にも優れているしな」
あるいは本物の黒鱗がいた可能性もある――。
「希望的観測です。裏切りを否定できる要素ではありません……」
「なんだ、てっきりシモーヌもゴドフロイを信じているものとばかり思っていたのだがな」
「私はエイクレアさんの味方でいたいんです。けど、だからって無条件で応援して……エイクレアさんを死なせたくはありません。お願いです。一緒に帰りましょう、エイクレアさん」
先ほどとは打って変わって遠慮がちで幽かに震えた声。
しかし、その眼差しは力強くエイクレアをとらえていた。
エイクレアはシモーヌの視線を受け止めると、彼女に歩み寄り、正面から抱きしめた。
冷たく汚れた金属鎧が強くあたらないように、脇の下から優しく背中に腕をまわす――。
「ありがとうシモーヌ」
「え? えぇ?」
エイクレアの端正な美顔が近づき、シモーヌは思わず首を反らした。
「短い間だったが、私はすっかりシモーヌのことが好きになってしまった」
「へぁ?!」
「君の励ましの言葉も、君自身のもつ明るさも、すべて私の心を癒してくれた。君がいなければ私の心は今頃折れていただろう。本当に救われたんだ……ありがとう」
「そんな……私なんて」
兵士として憧憬し、女性として尊敬し、人間として敬愛した、グウェリアの誉れ――騎士エイクレアからの感謝の言葉。
シモーヌの目には自然と涙が浮かんでいた。
「人は一人では生きてはいけない。孤独では生きていてはいけない。どれだけ身体を鍛えようと、どれだけ精神が強くなろうと、寂しさの闇は祓えない。それはきっと彼も同じはずだ。私にとって君が支えになったように、かつて彼が私を支えてくれたように、今度は私がゴドフロイの支えになりたいんだ。だから……どうか行かせてくれ、シモーヌ」
表面張力によって溜められていた涙が決壊する。
シモーヌの頬が塗れ、顎の先から滴が落ちた。
「ぅう……エイクレアさぁ……ん!」
シモーヌもまたエイクレアを抱きしめた。
冷たい鎧がシモーヌの裸体に押し付けられるが、彼女は気にせず嗚咽を漏らす。
「ふふ、めっちゃ泣いてるな」
エイクレアは今朝の仕返しとばかりにシモーヌをからかった。
「もうさいてぇですーー! けどわかりましたぁ……! いっでらっしゃいですぅーー!」




