懺悔
「なんですか……これ……」
先遣隊の営地は荒れ果てていた。
切り裂かれた天幕は血に染まり、ところどころに骸が転がっている。
喉を横に裂かれた者、ヘルムを鈍器で潰された者――。
指を切り落とされ武器を手にできなくなったのだろうか、四肢を折られ嬲られた者までいた――。
シモーヌはあまりの惨状に言葉を失った。
「しっかりしろ。戦場ではよくあることだ」
よくあること。確かにそうかもしれない。
けれども、営地というのは比較的安全な場所のはずだ。
有利な場に陣を張り、簡易ではあるが防護柵も設けている。平野では心もとないだろうが、周辺が湿原や沼地という迂回や伏兵が困難な地形であることも相まって、ここではそれなりの防御効果があるはずだった。敵がここを攻めるなら相応の犠牲を覚悟しなければならないだろう。くわえて、こちらはこの営地を死守する理由はない。所詮は仮設の拠点に過ぎず、不利であれば街道を使って撤退すればいいのだ。勝つにしろ負けるにしろ、ここまで壊滅的に人的被害がでるものではない。
「……異民族の戦士達が見当たりません」
死んでいるのは、その大半がグウェリアの正規兵で、あとはセレインの兵と思われる者たちだった。
二人は検証を続ける。
「あぁ、それに防護柵が破られた痕跡がない」
「明らかに内部から乱戦が起きています……」
シモーヌは膝をついて倒れた兵士の手を握った。
指先をほぐすように優しく揉む。
血の気は引き、温もりはない。当然、死んでいた。
「どうだ?」
「固くなってます。おそらく半日は経過しているかと」
シモーヌは死後硬直から襲撃の時刻を推定すると、仲間であった遺体の手をそっと地に置いて、顔を上げた。
エイクレアの後ろの天幕の入り口が風にはためく。
ゆらりと覗く黒い影――――。
「エイクレアさんっ!」
シモーヌが叫ぶより早くエイクレアは動いた。
彼女の表情、視線から自身の危機を察知したのだ。
姿勢を低くしながら身体を半回転させて抜剣。
エイクレアの頭上を長剣が掠め、逃げおくれた金髪がはらはらと宙を舞う――その奥にいたものは――。
「黒鱗……!」
屈伸した状態からエイクレアの脚が跳ねる。
溜め込まれた力が一瞬で消費されて剣速に上乗せされた。
ギリィィィィィィン――――――――!
けたたましい金属の反響音。
長剣の懐に入り込まれた黒鱗の戦士が、苦肉の策として片腕を差し出したのだ。
帝国屈指の刀匠に鍛えられたエイクレアの剣が黒鱗の戦士の手甲を切り裂く。
黒鱗の戦士の腕が飛び、同時に蹴られたエイクレアが地を転がる。
「逃げろシモーヌ! こいつは片手でも騎士を殺せる!」
起き上がり様に叫ぶエイクレア。
そこに追い討ちを仕掛けようとする怪物。
その脚に、一本の短剣が突き刺さった。
「逃げませんよ。女の子――舐めないでください」
投擲後の美しい姿勢、自身に満ちた表情。
彼女もまた、一人の戦士であった。
「シモーヌ……」
怪物は腿に刺さった短剣を抜くとシモーヌへと投げつける。
か細い悲鳴とともにシモーヌは倒れた。
「……やっぱちょっと、距離とりますね……これ、つまんない巻き添えで死ぬやつです」
「お前はよくやった! あとは任せろ!」
「はい……!」
足を止めた怪物と切り結ぶエイクレア。
いかな黒鱗の戦士とはいえあの状態で帝国騎士に勝てるとは思えない。もとより、グウェリアの騎士は例外なく化物なのだから。
シモーヌは安堵し、起き上がって退こうとした。
しかし、それは阻まれた。
「逃がしませーん」
武装した男が三名――シモーヌの前に立ち塞がったからだ。
「シモーヌ!」
シモーヌは既に男たちに吊るされるように両腕を掴まれていた。
エイクレアは黒鱗の戦士に正対したまま距離をとった。
(蜥蜴の足は止まっている。ならこいつは放置して先にシモーヌを助ける)
瞬間、黒鱗の戦士は片足で跳躍しエイクレアに肉薄した。
(まだ動けるのか――!)
戦闘継続――。
「丸腰じゃんこいつ」
シモーヌの身体を検めながら男が言った。
「じゃあ、ただの女の子じゃん」
シモーヌの心にアナイスの言葉が浮かぶ。
冷蔑の眼差しで彼女は言った。
――まっとうな軍人がいるとわかったもの。それなら私はまっとうな扱いを受けたいわ。
「……あの、あなた方はまっとうな軍人ですよね……?」
突然の問いに、男達は毒気を抜かれたような表情で答えた。
「あぁ? 自分達はセレイン王国の正規兵だ」
「軍規違反もしたことがないからな、まっとうだな」
シモーヌは男達のどこか紳士的な声に一縷の望みが見えた気がした。
「まぁ、今回が初陣だけどな」
「……え?」
「俺たち前職は盗賊してましたぁ!」
「今日はこっそり物資漁りにきてんのよぉ!」
「ごめんねぇ、女の子舐めちゃいまーす!」
服を剥きながら、げらげらと笑う男共。
絶望するシモーヌ。
これから何をされるかなど考えるまでもない。
――どうやって拒むの? 嫌がる素振りを見せて殺されるくらいなら笑顔で抱かれるしかないじゃない。生き残るためにね。
シモーヌは笑っていた。
笑顔を見せたところで生命の保障はない。
それでも、彼女に残された選択肢は男に媚び諂い笑うこと。
それだけだった――。
◇
激戦の末――エイクレアは黒鱗の戦士を討ち果たした。
急ぎシモーヌの下へ向かう。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。長かったようにも短かったようにも思う。
戦闘中、シモーヌを捕らえたセレイン兵が介入してくることはなかった。黒鱗の戦士の強さに絶対的な信頼をおいていたのだろうか。そうでないなら、戦いなどどうでもよくなるほどに夢中に――本能が満たされる行為に溺れていたことになる。不安と怖れがエイクレアの胸を絞めつける。
帝国騎士はセレインの雑兵程度に恐れは抱かない。
それなのに――。
天幕を一つ一つ切り裂いていく。
いない。
いない。
いない。
ここにもいない。
「シモーヌ……!」
彼女はいた。
服は破られ小さな乳房を晒していた。腰周りにはかろうじて布が纏わりついていたが、意味はない。臀部も秘部も露出している。
口からは血を溢れさせ、虚ろな表情でこちらを見ている。
――すでに、事は、終えていた。
仁王立ち。
血を流し、横たわる三人の男達を見下して、シモーヌは口から何かを吐き出した。
それは、男を象徴する肉の塊だった。
「無事……なのか」
「……かんつー……は……まぬがれました……わたし、えらい」




