欺瞞
翌朝、ロランが戻ってきた。
伝令用の特別な早馬とはいえ、本隊のいる農村地帯を一夜で往復できるはずはない。
「なにがあった」
下馬をして形式的な礼を取ろうとするロランをエイクレアは制した。
「我が軍の伝令と遭遇しました。湿地帯と農村地帯の境です」
「どのような状況でか」
「本隊つきの伝令が一名、馬と共に露営していました。霧と獣の咆哮に馬が怯えたようです」
本隊からの伝令が境界まで来れているのなら、残す狩場にわざわざ赴く必要はない。連絡路はすでに確保されているものと見做せる。
エイクレアは小考して結論を出した。
「伝令狩りはなんらかの要因で排除されている。帰るぞ」
「……お待ちください。騎士エイクレア」
「なんだ」
「遭遇した伝令はネウィルでした」
「その者ならよく知っている――――ネウィルだと?」
「ネウィルは先遣体と本隊との連絡を担っていつも奔走しています。伝令狩りが行われているなら彼が生きているはずはありません。それに、彼曰く本隊に伝令の欠員はでていないそうです」
――本隊からの伝令がない。
彼は確かにそう言っていた。
「露営していたと言ったな。ネウィルの怠慢、あるいは裏切りの可能性はあるか?」
「考えにくいでしょう。移民ならともかく、彼は生粋のグウェリア人です。利がありません」
それを言うなら、ゴドフロイも生粋の帝国民だ。
「ロラン、本隊からの伝令を営地で目撃したのはいつだ」
「わかりかねます」
「なぜだ」
「伝令は火急の用件でないのなら、馬舎で下馬をします。そうなれば一般の兵と変わりませんから」
「徽章があるだろう」
「対面するならともかく、歩いているだけの者にそこまでの注意は払いませんよ」
「ん……そうか。シモーヌ! 起きているかシモーヌ!」
エイクレアが叫ぶと、街道下の湿原、その茂みから返事が聞こえた。
少しの間をおいてシモーヌが街道を駆け上がってくる。
「なんでしょうか! エイクレアさん!」
慌てた様子のシモーヌの衣服には少しだけ飛沫が撥ねていた。
「最後に本隊からの伝令を目撃したのはいつだ」
「ちょっとわかりませんね……けど目撃者がいるなら隊内で話題になってるはずですよ」
当然だ。
兵達は伝令狩りを探しているのだから。
おかしな話だが懲罰隊には有能な連中ばかりが揃っている。劣悪な環境である湿地林に斥候に出せるほどに。
個の技量が優れているのは勿論だが、隊としても非情に合理的に機能しているのだ。営地で伝令を目撃していたのなら声をあげるだろう。破綻した任務に力を注ぐものなどいないのだから。
なら、ゴドフロイは嘘をついていない?
「畏れながら……伝令狩りが行われたというのは欺瞞情報と判断するべきです」
「誰の欺瞞か」
「騎士ゴドフロイです」
抜剣――。
エイクレアは切先をロランの喉元に突きつけた。
周辺の兵達が何事かと目を見張る。
「騎士に――ゴドフロイに限ってそれはありえない。疑うのならネウィルだ」
しかし、ロランは臆することなく諫言する。
「私はネウィルを知っています。昨晩も話を聞きましたが、不審な点はありませんでした。馬も確かに怯えておりましたから、今回は不慮の足止めでしょう。夜が明けて馬も立ち直ったはずですからすぐにここへ来ますよ」
「そうか、だが私はゴドフロイを知っている。彼は帝国を裏切らないし私に嘘をついたりはしない」
彼はバシルコック自治区滅亡の真相を語った。騎士として取り繕うこともなく、自らの汚点となる部分まで赤裸々に。今更、私を欺くような真似はしない――そう信じるエイクレアだが、ロランの次の言葉には動揺を隠せなかった。
「騎士ゴドフロイのことなら貴方以上に知っていますよ。私とシモーヌはね」
エイクレアはシモーヌを睨む。
「あー……そんなには知りませんよ。ゴドフロイさんのことを一番知っているのはエイクレアさんです。これは間違いありません。ただ、エイクレアさんの知らない部分を私達は知っている……と、思います」
シモーヌは先日の出来事を話した。
自分達が捕虜の女に何をしたのか、ゴドフロイの怒り、シモーヌやロランの罪、レオンの死に至るまで全てを話した。
「騎士ゴドフロイは必ずしも帝国の味方ではありません。彼はおそらく弱者の味方なのです」
弱者の味方――その言葉がエイクレアの脳裏を揺さぶる。
――騎士の姿とはなんだ?
――武勇と道徳に優れ、高潔で誠実。弱き者の盾です。
――阿呆か貴様。
それは、エイクレアが騎士ゴドフロイに望んだ姿であった。
騎士としての理想。しかし、そんなものは虚像だと知った。
しかし――。
「ならばゴドフロイに真意を問う」
「なりません」
剣を引き、踵を返すエイクレアを遮る者たちがいた。
懲罰隊の兵達だ。
「なんだ?」
「先日の怪物の襲撃で新兵のほとんどは本隊へと撤収しました。生き延びた熟練の正規兵も支援隊の補充に当てられております」
「何が言いたい」
「騎士ゴドフロイの周囲は異民族の戦士達で固められています。彼が敵に寝返るつもりであるなら危険すぎます」
「私はゴドフロイは裏切らないと言っている。これ以上、騎士に対し不名誉な憶測を述べるのであれば、その口、切り裂いてくれる。そこをどけ」
エイクレアは強引に兵達を散らすと、自らの愛馬へと騎乗し駆け出した。
無我夢中――風を切る音、蹄の音、周囲の音が徐々に小さくなりやがてなにも聞こえなくなった。
――騎士としての力など陛下の理念を支える一つの柱にすぎない。
(あの言葉の真意はなんだったのか。私は、陛下への忠誠より私への好意が勝ったと解釈した。しかしそれは幻想だったのかもしれない。ゴドフロイの中ではとっくに陛下への忠誠は失われていた。もしかしたらカベリヤが聖女になったそのときから)
浮かれていた。
見落としていた。
彼に甘え、彼の心に寄り添わなかった。
今、そのツケがきているように思えた。
涙がこぼれた。疾走する馬上から遥か後方へと滴が飛んでいく。
「うっわ! めっちゃ泣いてる!」
ひどく明瞭な声がエイクレアを現実へ引き戻す。
横をみるとシモーヌが併走していた。おそらくロランの馬だろう。
「ロランはどうした!」
「置いてきましたー! アイツ空気読めないからー!」
声をあげて笑うシモーヌにエイクレアもつられるように笑った。




