赦罪の天秤
時は少し溯る――。
湿地から戦士達の亡骸を引き上げてから数刻、軍紀を乱した者たちを捕らえたゴドフロイは天幕で事情を聞いていた。
経緯はこうだ。シモーヌが女を斡旋し男二人がそれを買い、女は合意のうえで行為に至ったが、男の一人が嗜虐的な性癖を患っていたため気を失っていた――ということらしい。
湧き上がる激情とは裏腹に、冷静さをあわせもつゴドフロイは聴取を続けた。
「ふん、ところでどこの女だ。見ない顔だが」
「捕虜です。名をアナイスといいます」
「捕虜への虐待は禁じられているだろう」
「虐待ではありませんよ。報酬を提示し、彼女がそれを受け入れました。自由意志に基づいた契約です。少なくとも私との交渉段階では嫌がる素振りはありませんでした。私を罰することはできないはずですよね」
「……まあな」
「和姦ですよ」
シモーヌが断言すると、男二人がそれを肯定するべく頷いた。ゴドフロイは事実確認を促すように女を見る。しかし、当の彼女の返答は歯切れの悪いものだった。
「その……はずでした」
自らを包む毛布を強く握り締める。身体の震えは寒さによるものか、それとも――。
「――シモーヌ」
「えぇっと……合意はありました。ですが、性的趣向にいささか行き違いがあったようです」
ゴドフロイは顔を顰めると、男二人を睨みつけた。
「無理強いをしたのではないか」
「それはないですよ」
「どうでしょうね」
青ざめた顔で否認する男とは対照的に、相方の男は落ち着いている。直接行為に及んでいないためか、どこか高をくくっているようだ。
しばしの沈黙の後、女が口を開いた。
「強姦……ですよ。あんなの」
怯えるような口調とは裏腹に、その語気には悔しさが滲んでいた。
「そうか」
結論はでた。
ゴドフロイが暴行を働いた男に近づく。
「まてまてまてまて待ってくれよゴドフロイの旦那ぁ!」
「往生際が悪いですよ」
「そうだぞ観念しろ」
「お前ら……!」
罰を受けるであろう男を、その相方とシモーヌが安全圏から煽る。
まるで茶番だった。
ちょっとした悪戯がばれた子供のように――はしゃいでいた。
ゴドフロイが剣の柄を握る。
「首謀者はシモーヌです! 髪を綺麗にするための水がいるだの、花油が欲しいだのと!」
「あなたが言い寄ってきたので対価を要求したまでです」
「それでなぜ他人を抱かせることになる?」
シモーヌはゴドフロイの問いに、少し恥ずかしそうに目を伏せて答えた。
「それは……だって、好きでもない人と致すのはちょっと……嫌ですよぉ……」
つまりは身代わりだった。
「シモーヌ」
「さっきも言いましたけど彼女は了承してましたから! 問題なのはこの男が過剰な乱暴を働いたことだと思いますっ!」
「そんなのあんまりだ! それにロランだって共犯じゃねぇか!」
「自分は彼女にイヤラシイ気持ちで触れていません。むしろレオンに汚された彼女の身体を拭って介抱したくらいです」
「はぁ!? てめぇもパンツ脱いでただろうが!」
「うんこして寝ようと思っただけです。他意はありません」
「この糞野郎っ!」
拳を振りかぶるレオン、それを難なく避けるロラン。自分は悪くないと弁明するシモーヌ。喧騒に天幕が揺れる中、グウェリアの騎士が口を開く――。
「アナイスといったな。お前はどうしたい」
低い声にはどこか優しさが滲む。
軍人としての性だろうか、指揮官が言葉を発すると、皆は静かになった。
「全員殺したい」
「全員とは?」
「私を犯した男と、私が犯されるのを見ていた男と、私を犯させた女」
アナイスはシモーヌを冷蔑な眼で見つめた。
「……快諾したじゃないですか。報酬だって――」
「報酬なんて関係ない。粗暴なグウェリア兵に囲まれて、どうやって拒むの? 嫌がる素振りを見せて殺されるくらいなら笑顔で抱かれるしかないじゃない。生き残るためにね」
徐々に語気が強くなるアナイスに、いらついたようにレオンは舌打ちをした。
「だったら黙って抱かれとけよ。いまさらごねるんじゃねぇ」
「嫌よ、グウェリアにもまっとうな軍人がいるとわかったもの。それなら私はまっとうな扱いを受けたいわ」
眼光に鋭さが宿る――。
敵であるはずのグウェリアの騎士――数多の仲間を討ち取り、祖国を脅かす存在。その者の振る舞いがアナイスの心を奮わせていた。
「少し熱くなり過ぎたな。夜風に当たろう」
ゴドフロイの提案に異を唱えるものはいなかった。
◇
湿った風が頬をなでる――。
虫の声が重なり雑音となって脳をくすぐる。遠くからは何かが跳ねるような水音が聞こえ、やがて獣の咆哮が夜空に響いた。
ゴドフロイたちは無言で夜道を歩く。灯りを手に先頭を行く騎士のすぐ後ろには捕虜の女がつき、その後に罪人が三名続く。既に営外だ。
「どこまで行くのですか……」
シモーヌが恐る恐るといった様子で尋ねると、ゴドフロイは緩やかに足を止め、静かに振り返った。
提げていたランタンをアナイスに渡す。
一つの光源が、罪人達を照らした。
「おまえたち、アナイスに何か言うことはないのか」
しばしの静寂――。
ただならぬ空気を打ち破ったのはロランだった。
「……すまなかった。軍人として恥ずかしいことをした。我々は軍規に従い粛々と君を扱うべきだったんだ。あんな真似は二度としないよ」
ロランの頬を汗が伝う。まるで何かとてつもなく大きな賭けをしているようだった。
(騎士ゴドフロイは我々を断罪しようとしている……アナイスは我々の死を望んだ。そして彼はそれに応えようとしている。ありえないことだがそうとしか思えない――)
強張るロランの表情を見てシモーヌもそれに倣う。
「私も……その、ごめんなさい。けど、あなたを助けたいという気持ちもあったんです。同じ女として、ううん違う。ごめんなさい。なんて言えばいいのかわからない。お願い……ゆるしてください」
軍法会議などではない。これは命乞いなのだ。ここは罪過を明らかにする場でもなければ量刑を定める場でもない。ただ死神を前に命を差し出すか否か、それがアナイスだけが持つ天秤で決められる――断頭台。
「おい、ふざけるなよお前ら。こんなセレインの売女に何を詫びてやがる」
「よすんだレオン」
ロランの制止を無視してレオンは正論を続けた。
「こいつが普通の村娘にでも見えるってのか? 俺達は殺し合いをしてたんだぞ? 股を開くだけで命の保障はおろか快適な捕虜生活がおくれるんだ――安いもんだろうがよぉ! 嬉しそうにでけぇ声で喘いでた淫乱が今度は騎士様に泣きつくのかよえぇおい!」
アナイスの顔が歪む。
このまま二人が口論になれば庇いきれない――ロランがそう感じたとき何かが煌いた。
「残念だ」
一閃。
「え?」
刎ねられた首が地面を転げる。ロランとシモーヌはそれを眼で追ったが、遅れて倒れてきた体躯と吹き上がる血に視界を遮られた。
レオンが死んだ。
目を見開き表情を固めるシモーヌ。やがて、ゴドフロイが視界に入り、その眼が合った。蛇神の眼差しに抗うかのように唇が震える。
失禁。
シモーヌの下肢をスルスルと伝い流れる尿が地面に水溜りをつくった。
ロランが問う。
「正気……ですか……」
「ああ」
「レオンは貴方に害意を向けてはいなかった……」
「ああ」
「彼はグウェリアの為に戦ったじゃないですか……」
「奴はよく働いた」
「その女はセレインの軍人じゃないですか……」
「そうだ」
「レオンは我が軍にとって有益で、その女は生きていても無益でしょう……? こんな簡単な計算もできないのか貴方は……!」
馬鹿か俺は――ロランは良くも悪くもつるんでいた仲間の死を前に、冷静さを欠いてしまった自分を責めた。
「できんな」
冷淡な口調が死を予感させる。
しかし、身構えるロランをよそに、ゴドフロイは視線を外した。
「シモーヌ。貴様は懲罰部隊に加われ」
「……はい」
「ロランは伝令に鞍替えだ。後日、本隊との連絡のため出立してもらう」
「え……?」
「不服か」
「い、いえ、了解しました」
「よかろう。レオンの亡骸を処理したのちに朝まで休め。私は先に一人で戻る」
首を縦に振る二人。
「全員は無理だ。許せ」
アナイスにそう告げるとゴドフロイは来た道を帰っていった。
暗に着いて来るなといわれたアナイスはその場にたたずむしかなかった――。
◇
弱々しい焚き火が風に吹かれる。
小さな火は今にも消えそうだが、火種となった炭はより一層に輝きを増していた。
男は適当に枯木をくべると、何もない地面に腰をおろした。対面には美しい女が座っていた。目蓋は落ちて、微かに聞こえる寝息が男の心を和ませる。
「エイクレア」
男は慈しむ眼差しで女の名を呼んだ。




