貴方の理屈、私の情緒
天幕の中、騎士は事実のみを語る。
「陛下には事の次第を全て御報告申し上げた。グウェリア人である商人一家と騎士クラネイアを害したことも。そして陛下は賞罰を下された。クラネイアの騎士称号を剥奪し、カベリヤには聖女の名声を賜った。つまるところ、バシルコック自治区は魔女の忠誠を試す、ただその為だけに滅んだのだ」
エイクレアは呆然としていた。しかし、それは見かけ上のことであり内面では数多の疑問と衝撃が彼女を襲っていた――。
私とて純真無垢な少女ではない。必要とあらば、国家のため大義のために汚れ仕事に徹する覚悟はある。此度のセレイン侵攻も然り。戦争は善悪では語れない。明日を生きるために、限りある資源、土地を奪い合う生存競争に他ならない。平和主義を掲げて武の行使を怠れば明日に滅ぶのは我が身となる。帝国が繁栄する為には戦って勝ち取らねばならない。皇帝が周辺諸国を併合し、お治めになることで祖国には安寧が訪れ、併合された国家、民族までもが穏やかな日々を暮らせる。そう信じている。その為ならば先陣を切って戦いに身を投じよう。なんの恨みもない他国の兵士も斬って捨てよう。その血生臭い行いこそが帝国の民に幸福を与えるのだから。それが私の義だ。しかし、バシルコック自治区を滅ぼしたゴドフロイたちの行動に、皇帝の勅命に、一体どのような義があったというのだろうか。このような湿地帯は普通の人間が暮らすには酷な環境だ。亜人であるからこそ開拓し生活できるというものだ。人間である我々が陣取り合戦をする価値などない。セレイン攻略の足がかりにするにしても帝国軍であれば苦もなく制圧し、支配下におけるだろう。それをあえて滅するなど、一体いかなる理由、合理性があってのことなのか。まるでわからない。あまつさえ、罪のない帝国民の口を封じるなどと――。
「なぜ……」
「カベリヤの真意を見極めるためだと言っている。異民族のために戦ってきた魔女の忠誠を陛下に捧げる。その贄としてバシルコック自治区はそう悪くはない」
「そうであっても商人一家の命を奪うことはなかったでしょう」
「子供とはいえ市井が陛下の勅命を悪と断じたのだ。致し方あるまい」
「馬鹿な――カベリヤがそう答えさせたからではないですか」
「そうさせたのは私とクラネイアだ。あの時、騎士として最も正しい行動をとったのはヴェルベドだ。私とクラネイアはその邪魔をした。カベリアのみがヴェルベドの理念を、騎士の何たるかを汲み取ったのだ」
騎士クラネイアは死んでいた。ゴドフロイはすでに亜人との戦闘経験があった。バシルコック自治区を占領するでも支配するでもなく、ただ滅ぼしたのはなぜか。本当にカベリヤの忠誠を試すためだけなのか。ならば我々の部隊を襲った亜人は、あの化物の正体はつまり。
そもそも、亜人とはいえ帝国騎士が民間人を一方的に虐殺し、あまつさえその場に居合わせた帝国民の命まで奪うなど。そのような話――。
「信じたくはありません」
「信じる必要はない」
――事実として認識したのならな。
きっとそう続くのだろう。私は心中で言葉足らずな師の意図を補完した。
「私はどうすれば強くなれるのです」
私はヴェルベドのようにはなれないしカベリアには嫌悪すら抱く。しかし、ゴドフロイは彼らこそが正しいという。なら私は真に強い騎士にはなれないのではないか。
「強さが己を完成させるわけではない。どれだけ肉体や精神を鍛えようともそれはお前の信念とは関係がない。騎士としての力など陛下の理念を支える一つの柱にすぎない」
微かな風が吹いた気がした。
「ゴドフロイ?」
聞き間違いだろうか。その言い様はまるで――。
「……失言だな。忘れろ」
間違いではなかった。
「今確かに陛下を貶めるような――」
「忘れろと言った」
「ならそこは忘れます。それよりあなたは私のことを――」
陛下の御心よりも私のことを――。
「私とて弟子の心情を案じるくらいは……おい何を笑っている」
なんて不器用な人なのだろう。
貴方は気づいているのか? 皇帝の理念と弟子の信念を秤にかけて、あなたの心は私に傾いたのだ。それは、帝国騎士としてはありえないことだ。今まさに騎士の本分を私に説こうとしているなら尚更に。
「なんだかもうどうでも好くなりました」
「はぁ?」
騎士とは斯くあるべきだ――そんな観念が、虚飾が、崩れていく。
私はおそらく帝国の騎士である必要はないのだ。皇帝陛下に仕えたかったわけではない。この男と同じ場所に立ち、同じものを見て、必要とされたかったのだ。騎士としての姿勢、軍人としての責務などこの男の側にいるための口実でしかなかった。今それがわかった。
「ゴドフロイ、私は騎士失格だ。だが心は晴れた。感謝する」
「いや、わけわからんぞお前」
馬鹿め。情緒不安定は私の特権だ。貴方にはわかるまい。
「私はこれで失礼する」
「おい、まだ腕当が残っているぞ」
「あぁ、そういえば」ゴドフロイの鎧の装着は不完全なままだった。途中から私の手が止まったせいで、肩から指先にかけては剥き出しだ。「それくらいは自分でつけろ! 私はあなたの従者ではない!」
そして、帝国の騎士でもない。
ゴドフロイ。これからは貴方ことは私が守ってやろう。貴方がこれまで私にしてきたように。
――天幕の出口がはためき、光が差しこむ。エイクレアは外へと駆け出した。




