文化祭で出したタピオカのミルクティーかけ【マイルドでまったりとした甘さ】
タピオカミルクティーは今だとすでに定着した飲み物になっているけれど、ブームは三回あった。一度目は私が小さいの頃、二度目は中学の頃、そして今回が三度目なのだ。
調べて見ると意外と平成の初期からタピオカミルクティーは出てきているのだ。そう思えば平成と言う時代に流行っては廃れてを繰り返した飲み物なのだ。
さて二度目のタピオカミルクティーブームが過ぎ去った頃、高校生の私達は文化祭でタピオカミルクティーを出した。
*
「お疲れ様です。ミユキ先輩」
「んー。お疲れ、シノ」
文化祭で使われていなかった三階の図書準備室にミユキ先輩はいた。私は彼女に「これ、あげます」と言ってある物を渡した。
「……何これ?」
「タピオカのミルクティーかけです」
「……タピオカミルクティー、売れ残っちゃったんだね。シノ」
悲しそうな声で言うミユキ先輩に「はい」と力なく返事をした。
図書準備室にはラミネートをつける機材や原稿用紙、文化祭で配った冊子が何冊かあるテーブルに席をついてタピオカが大量に入ったプ紙コップを置いた。ストローではなくお箸が入れているのが我がクラスのオリジナルである。
ふと外を見ると文化祭を楽しむ中学生や中年の女性も見える。中学生はこの高校に受験するための見学と言ったところか。中年の女性は生徒の保護者だろう。
でも一番多いのは紺色のブレザーの制服の少女達、うちの女子高校の生徒が多い。
校門には大きな看板が掲げられて、グランドを囲むように各クラスの模擬店がある。みんな一年に一回のお祭りを楽しんでいるように見える。
はっきり言って普通高校の文化祭なんてやる事はみんな同じだろう。クラスで模擬店や喫茶店かお化け屋敷をやったり、文科系の部活だったら演奏や劇を体育館でやったり、作った作品を展示したりするくらいだろう。
もうすぐ三時になる。文化祭もあと少しで終了だ。
私は冊子を一冊、手に取ってパラパラ見る。
「いいですね。文芸部の文化祭って。冊子とラミネートだけでいいから。それに販売じゃなくて無料配布だから、金銭の受け渡しもないし」
「でも冊子を作るのは大変だよー。締め切りとか、トーンとか。締め切りに間に合わないと言って、泣いていた子もいたし、トーンは貼りすぎると冊子の印刷で剥がれるかもと言って、剥したんだから……」
冊子づくりも大変だなと思いながら、ラミネートでつけられた絵があった。透明のフィルムに描いた絵を両面にくっつけて加工するものだ。少年漫画のデフォルメにしたキャラが可愛い。
「あ、シノの分のラミネート」
「ありがとうございます」
ラミネートされた絵をもらったけど、使う用途が分からない。でもこういった絵は小学生がいっぱいもらって行く。何に使うんだろう?
そんな事を考えながらパラパラと冊子をめくる。文芸部なのに漫画やイラストがあるのは、しょうがない。それに今時、小説を書く人は少ない。
その数少ない小説を書くのがミユキ先輩だ。ミユキ先輩のペンネーム、スノードロップを見つけて読み始めた。魔王を倒す運命を持った主人公が魔法学校に入学する物語である。
うん、どこか聞いた事があるな。というかすごく有名な話しで映画も大ヒットしていた。何なら、うちの学校の図書室にもあるぞ、この児童書。
当時はこういった魔法学校もののライトノベルとか流行っていた気がする。あと異能力バトル学園ものとか。
「どう? 面白い?」
「うん、既視感があって面白いです」
「既視感があるって褒めているの、それ?」
「でも、ちょっと中途半端な作りになってますね」
「私の小説さ締め切りまでに間に合わなくてさー、結局俺達の戦いはこれからだエンドになっちゃった。突然、プロットに存在しないエピソードが浮かんで書いちゃった。そしたら文字数がオーバーしちゃった」
計画的じゃないな。そう思ったが、それは私達クラスにも言える事なので言わない事にした。
ミユキ先輩は三年生で文芸部の部員であり、私と一緒に図書委員の一人だ。図書委員は図書室の本の貸し出しの受付をやる仕事があるのだが、私はミユキ先輩と一緒にやったのだ。
眼鏡をかけて制服もきちんと着ている真面目そうなミユキ先輩だが、話しをしていると結構楽しい。話していると敬語を忘れて、タメ口で喋ってしまう。
こうして受付の当番じゃない時でもミユキ先輩は図書室か準備室にいるので、彼女が一人の時におしゃべりをしているのだ。
ミユキ先輩が興味津々にこんもりとタピオカが盛られているカップを見ている。図書室って飲食はダメだけど、多分準備室だし大丈夫だろう。
こうしてたくさんあるタピオカを見ていると、何かの虫の卵に見える。でも言葉にしてはいけない。食べる気が失われる。
「それにしてもタピオカの量が多いね」
「ああ、タピオカはお箸で食べてください」
「斬新だね」
そう言いながら、ミユキ先輩はお箸でタピオカを食べていく。タピオカを口に含んだ彼女は神妙な顔になって噛む。
「……タピオカって味が無いんだね」
「そうなんです。ミルクティーと一緒に食べるから美味しいみたいですね」
「ところでさ、タピオカミルクティーってストローで飲むんじゃないの?」
「うん、まあ、そうなんですよねー。うん、普通は」
含みがある言い方をしながら、私は遠い目をする。チマチマとタピオカを箸で食べながら、ミユキ先輩は「なんでこうなった?」と聞いてきた。
「あー、聞きたいですか? そこ」
「いや別に」
「いや、聞いてください!」
バンッとテーブルを叩いて私は声を大にして言う。
とにかくミユキ先輩とこの話題を話そうと思って来てもらったのだ。私は決してスノードロップ先生の新作が人気の魔法学校の話しと似ているという事に議論しに来たわけではないのだから。
「まずクラスで喫茶店をやるって決定したのはいいんですよ。それで目玉商品でタピオカミルクティーを出そうって派手なグループが提案してきたんです!」
「ふうん」
「私は面倒だと思ったんですけどね。歴代の先輩方がやってきた喫茶店メニューだけで十分だと思っていたし」
「でも出したんだね」
「だって、否定すれば目をつけられるでしょ。あっちはノリノリなんだから。だから派手なグループから作り方を教えてもらって、タピオカの材料も持ってきてもらったんです」
だが、しかしである。タピオカは出来てもそれを飲み込むストローは普通の物だと無理だったのだ。
「ほら、タピオカミルクティーのストローって太いでしょ。一応、うちらもタピオカを小さくしたんだけどさ、普通のストローじゃ吸い込めないんです! これが文化祭の前日祭に分かったんです!」
「ははは、超重大問題だね。で、太めのストローは無かったの?」
「ありませんでした。ちょっと遠めのホームセンターとかにも行ったけど、普通のストローしかなかったです。じゃあスプーンですくって食べてもらおうと思ったけど、長めのスプーンが全部売り切れになっちゃって……」
「えー、それで和の心を思い出してお箸を入れたの?」
話しの速いミユキ先輩に「そう!」と言った。
ホームセンターの店員さんに散々聞きまくったが、ストローも長めのスプーンも無かった。仕方がないと思い、お箸の束を購入したのだ。
だがタピオカミルクティーのカップに普通のストローとお箸を突っ込むのは、やっぱり見栄えは悪すぎるなと思った。
「まあ、確かに悪いな。見栄えは」
「なんかゴミっぽいですよね」
「ヤバ。本当に、そう見えてきた」
「頑張って食べてください」
えげつない事を言っているような気がするけど、ミユキ先輩は半分くらい食べている。意外とタピオカってお腹に溜まるのに。
「でもさ、タピオカミルクティーがこんなに酷評だと派手なグループはショックだったんじゃない?」
「そんな事は無いです。だって、サボっているんですもの」
「え? マジで?」
「マジもマジ、大マジです。あいつら、タピオカミルクティーの材料を持ってきて教えただけで、自分らの仕事を終わらせたんです」
派手なグループは前日の喫茶店の内装の準備も当日の喫茶店の仕事を放棄して、どこかで遊んだり喋ったりしていると思う。
こうして派手なグループはサボり、普通の生徒だけが残った。
だが普通の生徒がマシであるとは限らないのだった。
「実を言うとさ、派手なグループが喫茶店をやろうって発言したんです。普通のグループは何でもいいやと思っていたんです。それでいざ喫茶店に決まってタピオカミルクティーの材料と作り方を教えてサボっていたから、残された人々は何をすればいいか分からない状況だったんです」
ビバ・烏合の衆。私も派手なグループが仕切ってくれると思っていたけど、そんな事は一切無く、後は勝手にやっておいてねーな感じで放置されてしまったのだ。
多分、普通の生徒にも言い分はあるだろう。自分らで勝手にやったら派手なグループが「こういうつもりじゃない」とか言って非難されるのが嫌なのだ。
社会人になると、こういう人たちを指示待ち人間とも言われていた。
「え? どうする?」
「……何をしたらいい?」
と口々に呟く指示待ち人間こと普通の生徒達の群れに仕方がないので、私が仕切ったり前に喫茶店をやった先輩に聞いたりして、何とか出来た。
……よくやったよ。私。誰か、褒めて欲しい。
ミユキ先輩はパチパチと手を叩いて「えらーい」と私を褒めてくれた。
「本当ですよ。前日に内装を突貫工事みたいに作ったり、喫茶店のメニュー表とか看板とかも作ったし。まあ残されている人達もそういうのを作るのがうまい子がいたし、当日はシフトを作ってちゃんと回せたから良かったです」
なんだか、バイトリーダーみたいになって嫌になっちゃったけどね。バイトでも分からない新人のおばちゃんに教えたりしている私だけど、まさか学校でもやるとは思わなかった。
「でも普通の子達もシフトを忘れてどこかに行っちゃって、危機的な人員不足になっちゃった時はまずかったんですけど」
最終的には私を含めて四人しか居なくなってしまった。まさに選ばれし戦士である。これでお昼のピークタイムだったらやばかったけど、閑散していたので二人で十分なくらいだった。
「もう文化祭も終わりに近いから、最後までやってくれた選ばれし戦士に任せて私はここに来ました」
「大変だったねー」
「他人事みたいに言って。というか、これがお昼で人がたくさん来るピークタイムだったら、ストライキを起こすつもりだったんですから」
「文化祭でストライキって……」
ミユキ先輩は大爆笑するが本当にストライキをしようかと思ったもの。いや、そもそも文化祭でストライキって何だよ……。
タピオカミルクティーのストロー問題とか、選ばれし指示待ち虚無戦士の逃亡とか、正直どうでもいい。いや、それも問題なんだけどさ……。
それ以上に腹立つ出来事があったのだ。
喫茶店に派手なグループがやってきたのだ。
「そこであいつらはタピオカミルクティーを頼んだわけ! それで箸突っ込んだタピオカミルクティーを出したら、あいつらはクレームを言ってきたんです」
「えー」
「そんで『なんで箸を入れてんの?』『ゴミじゃん』とか言ってきて、さすがにキレました」
「うわあ」
「『タピオカの材料を持ってきて作って来ただけで、お金をもらえるなんて羨ましいね』って嫌味を言ってやりましたわ」
一応、販売しているので売り上げのお金はクラス全員に配分するつもりだ。もちろんサボっていた派手なグループも渡す。
ミユキ先輩は「毒あるなー」と言って軽く笑った。
「来年の文化祭はクラス全員で何かやるつもりはないですね」
「クラス全員が仲良かったら、こうもならなかっただろうね」
「確かに。それは言えてます」
「多分、派手なグループは青春を満喫したんでしょ。サボりも含めてね」
「だとしたら、私の嫌味で青春が台無しになりましたね」
私もクスッと笑う。腹にため込んでいた不満が全部、吐き出されたようだ。
*
「あーあ、シノも文芸部に入ればいいのに」
「私は小説どころか漫画もイラストも書けませんので」
「別に物語を作らなくても、好きな本の感想を書いてもいいんだよ」
「それでも思いつきませんよ」
ミユキ先輩は「そうかな?」と言うが私には無理だな。
ふっとミユキ先輩を見るとタピオカを全部食べて、残りのミルクティーを飲んでいた。えー、全部食べちゃったよ、先輩。絶対に味が飽きるって思っていたのに。
「ミユキ先輩、無理して食べなくてもいいですよ」
「んー、別に無理して食べていないよ。お昼がまだだったし」
「えー! 食べていないんですか?」
ちょっといたずらっぽい笑顔になったミユキ先輩。私は「え? なんで食べていなかったんですか?」と聞いた。
「いや、なんとなくかな? あまり出店で出される食べ物って苦手なのよ」
「……じゃあ、私のあげたタピオカミルクティーも無理して……」
「ううん。シノの持ってきたタピオカミルクティーは平気かな。というかタピオカのミルクティーかけでしょ。分量的に」
メニューの指摘が入り、私は「そうでした」と言った。
「友達と一緒に文化祭を回るとさ、出店で何か食べないといけないでしょ。だから、ここに隠れていたの」
「よくお腹が空かなかったですね」
「あまり動いていないからね」
私は「あのミユキ先輩って、ずっと図書室にいたんですか?」と聞いた。すると笑ってミユキ先輩は「うん、そうなんだ」と言った。
時々、ミユキ先輩は突拍子の無いことをやる事があるのであまり驚かないが、ずっと図書室にいるのは退屈じゃないだろうか?
「あんまりこういうお祭りって、遠くから見るのが好きなのよね」
「遠くから、ですか?」
「うん。こうして窓からぼんやり見て大変だなーって感じで。みんながバタバタしているのに私は優雅に見ているって贅沢を楽しむの」
「それって高みの見物って奴では?」
「そうとも言うね」
ミユキ先輩は笑いながらそう言ったが、すぐにさみしい顔になった。
「でもこうして学校で一日中、ぼんやりするって贅沢だよ。これから受験だから忙しくなるしね」
ああ、そうだ。ミユキ先輩は三年生で来年は大学受験に向かう。この文化祭が終われば三年生は受験一色になる。
「多分、この図書室にも来れなくなるだろうしね」
「先輩のクラスは喫茶店とかやらなかったんですか?」
「やりたい子だけ、やっているわ。でも私は興味ないからね」
ミユキ先輩は大きく伸びをして「こうしてのんびりするのが青春なのよ」と言った。
「ほら、授業をさぼって屋上にいる不良的な感じ」
「ミユキ先輩が不良、ですか」
きちんと制服を着こなしている人間の口から「不良らしく」って言葉が出るのが面白いなと思った。
ニコニコ笑ってミユキ先輩は「あ、忘れていた」と言った。
「冊子に載せた小説なんだけど完全版を書き上げたんだ」
「へえー。すごいですね」
「それで、ここの図書準備室に隠しておいたんだ」
「……なんですか? それ?」
「あれよ、イースターエッグ的なものよ」
「イースターって三月ですよ」
「気が向いたら探してね」
ちょっと意地悪気にほほ笑むミユキ先輩に、私もちょっと笑ってしまった。
*
文化祭の後、ミユキ先輩は受験で忙しくなって図書準備室にいる事は無くなった。慌ただしく冬が通り過ぎていった。
その前に見つけようと思い、図書準備室を引っ掻き回る勢いで探した。本棚の奥の方や戸棚の奥など。見つからないと思って、毎年発行された冊子をパラパラめくって見ると今年作ったあの冊子の中にあった。
これって隠したって言うのかな? もう大掃除並み、しかも隠れて探したのにこんな所にあったのかよと思った。
しかも完全版と言っていたけど、あの打ち切りエンド後の続きでルーズリーフ二枚ほど書いてあっただけだった。
主人公達は因縁の魔王を打倒して学校を卒業する。魔王を倒した仲間とは進路が違うため、別々になってしまう。だけどきっと魔王を倒した事よりも、彼らとの日常を思い出して懐かしむだろう。そんな締めくくりで終わった。
多分ミユキ先輩は文化祭とかのイベントよりも、たわいもない日々を大切にしていたんだろうなって思った。
無事に大学に受かったミユキ先輩は卒業式で少しだけ話しをした。
「そう言えば、見つけましたよ。先輩の小説の完全版」
「お、すごいね」
「また小説とか書きますか?」
私の質問に「悩み中」とミユキ先輩は遠い目をして答えた。
「それじゃ、ひとまず、ここに先輩の名前を書いてください」
そう言って完全版の入った冊子の一ページ目を開いて見せた。そこは何も書かれていないので、小説家がサインするにはうってつけの場所にも見えた。
ミユキ先輩は「仕方がないな」と言って、まんざらでもない様子でサインを書いた。
さてミユキ先輩のサインがある冊子は再び図書準備室の毎年発行している冊子と一緒に戸棚の中に戻しておいた。文芸部員でもないくせに、随分と勝手な事をしてしまったなと思う。
もしかしたら誰かが見てクスッと笑うかもしれないし、何だ? これ? と疑問に思うだろうなと思うと、ちょっと楽しい。
あの後、問題なく私も卒業して短大を出て、社会人になった。
そして三度目のタピオカブームの時に、うちの高校も共学になってしまった。少子高齢化だから女子高校だと生徒も集められないんだろうな。
そんな事を考えながら、あの冊子を思い出してはクスッと笑う。
もう捨てられているかもしれないけど、私の記憶にはちゃんとある。
タピオカのミルクティーかけと文芸部の冊子、たわいもない会話が。