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唐揚げを持って走った借り物競争【ちょっと甘めでジューシーな味】

 最近は秋でも真夏日になることが多いから、春に運動会をやっている学校は多いみたい。でも私達が子供だった頃は運動会と言えば秋だった。

 運動会って言う単語を聞けば憂鬱だけど、あの時の思い出はちょっと輝いている。



『これで運動会、午前の部を終了となります』


 ようやく、ようやく、お弁当の時間になった。運動会と言う苦痛な一日の中で、唯一と言える喜びの時間である。

 すぐさま、自分の家族がいるレジャーシートに向かった。

「お疲れー」

「頑張ったね。ちづる」

 お父さんとお母さんがニコニコ笑ってそう言ったが、私は返さずお弁当箱の中身を見て「わあ、おいしそう!」と顔がほころんだ。

 重箱の中には、たくさんのおにぎりやミニオムレツやフライドポテト、小さなコロッケやミートボールやトウモロコシ、イチゴやウサギの形に切ったリンゴ、そして……。

「唐揚げがいっぱい!」

 大きなお弁当箱にいっぱいの茶色の唐揚げが詰まっていた。

お母さんは「ちづるのリクエストだもんね」と言って、早く座ってとばかりに手招きしてした。すぐに私もワクワクしながら座る。


 運動会のお弁当は何がいい? とお母さんが聞いてきたので、「いっぱいの唐揚げ」とリクエストしたのだ。

 運動音痴の子供にとって運動会なんて憂鬱と苦痛の一日でしかない。何が楽しくて、ビリ確実の競争に参加させられなければならないんだ。面白くもなんともない。

 だったらお弁当の時間くらいハッピーでありたい。

 それにお母さんの唐揚げはとっても美味しい。カリッとした歯ごたえのある皮、ちょっと辛めのスパイスとジューシーな肉。うまい、うますぎる。それと一緒におにぎりを食べれば完璧だ。美味しくて唐揚げを食べるのに夢中になってしまう。

「本当に好きだね、ちづる」

「うん! 美味しいもん! お母さんの唐揚げ!」

 二個目の唐揚げを食べようとした時、「やい! 豚ちづる!」と言う悪口が聞こえた。声のする方を見ると、やっぱりそうだ創二だ!

「うるさい! 馬鹿創二!」

「五十メートル走でドタドタと走っていたくせに、お弁当の時間になったら軽やかに走りやがって! もっと真剣に走れよ! 豚ちづ……、イテ」

「こら! 悪口を言うな!」

 そう言って馬鹿創二の頭を軽く叩く聡一君。

 わあ! 聡一君も今日、うちの小学校の運動会に来ているんだ。嬉しさと恥ずかしさが心の中に入り混じった。

 

 聡一君はサルみたいに足が速いだけの馬鹿な創二と血を分けた兄弟とは思えないくらい、かっこよくて穏やかで優しいお兄さんだ。

 聡一君と創二の家とお隣同士で、お母さん同士でも仲がいいのだ。もちろん、小さい頃から聡一君と創二とはよく遊んでいた。

 一年生の頃、公園で転んですりむいて泣いているとおんぶして私の家まで送ってくれたり、二年生の頃、創二と一緒に九九を教えてもらったり、三年生の頃、バレンタインチョコを渡したら、お返しに美味しいクッキーをくれたり……、とものすごく優しい憧れで、一緒にいるとドキドキしてしまうお兄ちゃんなのだ。


 でも聡一君は高校生になってから忙しいらしく、最近は会っていなかったのだ。

「お久しぶりです。聡一君」

「最近会っていなかったね、ちづるちゃん」

「わあ、豚ちづるが照れてる!」

 繊細な乙女心を粉砕する創二をバシンと叩く。

「クッソ! 豚ちづる山、張り手するな」

「私を相撲取りにしないでよ!」

 ここでお母さんが「怒らない」と言い、創二のお母さんが「いい加減にしなさい」と怒る。そこで私達は諍いを止めた。


 なんと私達の家族と聡一君の家族は隣同士でレジャーシートを敷いていた。聡一君と一緒にお弁当を食べれるのは嬉しいけど、創二と一緒なのが嫌だなと思う。

 お母さんと創二のお母さんはずっと二人でお話ししている。

「すごいね、創二君。五十メートル走で一位を取って。しかも紅白リレーの代表でしょ」

「いやいや、創二はそれしか取り柄が無いですから」

 運動神経が良い創二にとって、運動会は主人公やヒーローになれる日である。午前の部でやった五十メートル走もスタートした瞬間、一位に踊り出て、そのまま突き抜けるようにまっすぐ走ってゴールテープを一番に切っていた。

 ボソッと私は言う。

「まあ、アホの創二が活躍する日は運動会しかないもんね」

「そうさ! 午後の部のリレーも頑張るぜ!」

 私の嫌味に気づかず、創二はサンドイッチを食べる。でも嫌味を言う私は取り柄が無いから一年中、主人公やヒロインになれる日なんて無いな。足も遅いし、勉強も普通だもん。

 お母さんが「ちづるも、もっと速ければね」と言う言葉を聞いてちょっと憂鬱になってくる。お母さん、悪いけど運動会では私は輝けないよ。


 学校や幼稚園によっては徒競走をみんなでゴールして順位をつけない事をやっていたらしいが、私の頃はどこの学校もバリバリの競争社会で一位から四位までちゃんと順位をつけられていた。

 これはみんなでゴールして差別を無くそうと言う取り組みなんだろうけど、この学校でやったら万年ビリの私にとっては大きなお世話と思う。しかも手を繋いで走ってゴールするらしいけど、結局走るのだから手を繋いでいる子に迷惑をかけるだろう。


 私がつまらなそうにお弁当を食べていると爽やかな聡一君の声で「ちづるちゃん」と呼んで、はっとした。

「ちづるちゃんも頑張ったね。はい、どうぞ」

 そう言って聡一君は私にミートボールを渡してきた。

「ありがとう」

「えへへ、お母さんのミートボール、美味しいから」

 聡一君の言う通り、一口食べると甘めのタレがとっても美味しい。

「美味しい!」

「でしょう」

 それを見ていた創二が「わあ、共食いだ!」と言うと、聡一君は「そういう事を言うな!」と怒ってくれた。やっぱり優しい。

「あ、お母さんが作ってくれた唐揚げも美味しいです。食べてください」

「わあ、ありがとう」

「本当に! サンキュー!」

 聡一君にあげようと思っていたのに、アホの創二は呼んでもいないのに唐揚げに手を伸ばした。でもおかずを交換し合うのって結構、楽しいな。

 聡一君は「ん! 美味しい!」と言って、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。



【午後十二時半に保護者による借り物競争が始まります! 参加する保護者の方は……】

 運動会のお弁当の時間には、保護者が参加する借り物競争があった。

 お父さんが立ち上がって「それじゃあ、行ってくるね」と言って立ち上がる。お父さんはこういうイベントが大好きだ。

 私が「いってらっしゃい」と手を振っていると、背後で「僕も行くね」と聡一君の声が聞こえた。振り返ると創二と創二のお母さんが「頑張れー」と手を振っていた。

 あれ? なんで聡一君が出るの? と思っているとお母さんが代わりに聞いてきた。

「あら、借り物競争に出るの? 聡一君」

「うん。ほら、うちの旦那は仕事で忙しくて来れないし、私も出たいけど腰が悪いから聡一にまかせようって思ってね」

「兄ちゃんも足が速いんだぞ」

 立ち上がった聡一君が私と目が合い「頑張るね」と手を振ってくれた。

 すると創二が「頑張れよ! 兄ちゃん!」と応援する。

集合場所に行こうとする聡一君に慌てて私は「あ、あの! 聡一君!」と呼び止めた。

「ん? どうしたの? ちづるちゃん?」

「頑張ってください!」

「うん、頑張るよ」

 ニコニコと手を振って聡一君は集合場所に向かった。

 言いたいことが言えてよかったと安心していると、肩をポンポンと軽く叩かれた。振り向くとお父さんだった。

「お父さんも行くね」

 なんで二回も言うのかな? と思っているとお母さんが「ほら、お父さんにも応援してあげて」と言った。

「あ、うん、頑張ってね」

 どうやら、お父さんも応援してもらいたかったみたいだ。


 お父さんも無事に集合場所へ走って行き、私とお母さんだけが残った。私はお弁当箱を確認して、にんまり笑う。

「さてと唐揚げを全部、食べないと」

「もう、ちづるったら」

 お母さんがちょっと呆れた声で言った。




 お父さん、お母さんがレーンの途中にある机の上にある紙を見て、持ってくる物を探す。

「すいませーん。お弁当箱を借りたいんですが……」

「赤い水筒を持っている方はいませんかー!」

「あの、すいません! お稲荷さんを持っている方はいらっしゃいますか?」

「この中で、ウサギのリンゴはありませんか?」

 うちの学校だけかもしれないけど、持ってくる物はみんなお弁当や水筒やお弁当のおかずなのだ。お弁当などは終わったら返してもらうけど、お弁当のおかずは、そのままあげるのだ。

 ウサギの形に切ったリンゴを探しているお母さんにあげて、私は唐揚げを食べる。そう、こういうイベントがあるので唐揚げを全部、食べる必要があるのだ。あまり、お母さんの唐揚げを知らない大人の人にあげたくない。

 創二が「あ、兄ちゃん」と言って、手を振る。どうやら、聡一君は次のレースで走るようだ。私も一緒に手を振ると聡一君も手を振ってくれた。

 みんな大人なのに、一人だけ高校生だから聡一君はとても目立っている。

 うちのウサギの形に切ったリンゴを持って行ったお母さんがゴールすると、聡一君達の番になった。

「頑張れー、兄ちゃん!」

「聡一君! 頑張れー」

 私と創二が応援する中、パンとピストンの音が鳴りスタートした。


 創二のお兄ちゃんなので、聡一君もすごく速い。あっという間に大人達を抜かして、持ってくる物が書いてある机に到着した。

 やっぱりすごいなと思いつつ、最後の唐揚げをフォークで刺して一口、食べた。

「あれ? 兄ちゃん、こっちに向かっている」

 創二の言葉に再び、グランドをみる。机から離れて直接こっちに向かっている。

 呆然と見ていると、あっという間に私達の座っているレジャーシートについてしまった。

「あ、ちづるちゃん! ちょっと、一緒に来て!」

「へ?」

「急いで!」

 聡一君に言われて、急いで靴を履いて唐揚げを指したフォークをもったまま、手をつないだ。

「じゃあ、行こう!」

 そう言って、聡一君は走り出した。


「足を大きく上げて、そう、そう速い!」

 応援する聡一君に手を繋がれて走る私は、もう緊張と恥ずかしさで胸がドキドキしていたけど、人生で一番早く走っていた。

 そして一番でゴールテープを私と聡一君が切った。

 チラッと見ると他の大人たちは持ってくる物を探しているようだ。

「いや、速かったね。お題は何だったの?」

 面白そうに聞いてきた先生が聡一君にマイクを差し出した。聡一君は「えっと、お題は好きな……」と言い、私の顔がほころんだ。え? 『好きな……』なんだろう?


「お題は、好きなおかずです」

「それで、何を持ってきてくれましたか?」

「えーと、今日、食べたばっかりなんですけど、すごく美味しかったんです。ちづるちゃんの家の唐揚げ!」

「……」


 めちゃくちゃ素敵な笑顔で言った聡一君に、私はかなり恥ずかしかった……。しかもみんな、大笑いしているし。

 そんな現実に目を逸らすため、手に持っていた唐揚げを一口食べた。

 うん、うまい。




 あーあ、恥ずかしいな。一緒に走っている時はマンガのヒロインみたいに思えたのになあ。

 聡一君は手を合わせて「ごめんね」と言った。

「唐揚げを持ってこようと思っていたけど、ちづるちゃんが食べていたから一緒に来てもらったんだ」

 恥ずかしいなと思いながら食べかけの唐揚げを見ながら「あー、そうでしたか」と答えた。

「それにさ、『唐揚げを持っている人はいませんか?』って聞きに回るのは、ちょっと恥ずかしくてね……」

「それで私を呼んだんですね」

「でもちづるちゃん。速かったよ! ちづるちゃんのおかげで一位になれたよ」

 そう言って聡一君は「ありがとう」と言ってくれた。

 やっぱり優しいな、聡一君。でも速く走れたのは聡一君のおかげだもん。応援してくれたのはもちろん、緊張して速く走らないといけないって思って、私の足は限界まで速く動かしたんだもん。

 それに聡一君と一緒に走れて一位になれたんだから、今までの運動会の中で一番いい思い出になったじゃないか。

 そう思いながら私は唐揚げを完食した。


 一位の景品である洗剤を聡一君に渡した。当然の権利である。創二のお母さんは「ちづるちゃんのおかげね」と言ってくれて、お母さんも「聡一君のおかげよ」と褒め合っていた。結局ビリに終わったお父さんも私と聡一君が一位になって嬉しそうだった。

 レジャーシートに戻ると創二がニヤニヤと笑って「よかったな」と言ってきた。

「速いじゃん、豚ちづる」

「うるさいな」

「豚もおだてれば、徒競走で一位になれるってね。うわ!」

 ムカついたので私は創二を押して、レジャーシートから追い出した。

「おい! 押し出しを止めろ! 豚ちづる山!」

「うるさい!」

 そんな会話をしていると【午後の部が始まる】と言う放送が流れた。

「頑張ってきてねー」

 家族や聡一君達に見守られて、私達は立ち上がってグランドにある生徒の席まで歩き出した。




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