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後輩に頼まれたお弁当を食べた話【ちょっと塩辛い味】

 あれは中学二年生の秋、バスケ部の新人戦 県大会の時だ。

 部員全員は朝から電車に乗って、『バスケ新人戦 県大会』という立て看板が置かれた県立体育館で開会式をやった。欠伸を噛み殺しながら偉い人の話しを聞いた後、他校の試合を見たり、自主練習をした。

 そんな事をしながら、時計がもうすぐ十二時になった。


「あの、先輩!」


 みんながお弁当を食べたりコンビニ行ってお昼を買って行く中で、まだまだ学校指定のジャージが大きな一年生の小さな女の子が俺に声をかけてきたのだ。

 女の子はちょっともじもじした様子で、顔も真っ赤だった。そして両手を後ろにして、何かを隠していた。まるで少女漫画の一場面にも思えた。

 俺を呼び止めた後、ちょっと悩んだ様子だったが「これ」と言って後ろに隠していた物を俺の前に出してくれた。


 それは、お弁当だった。

 赤い巾着で包まれた小さなお弁当である!


 え? 俺のために作ってくれたの? 自然と顔がほころんで、女の子の方を見る。

 まだ何か言おうとしている女の子だったが、勇気を振り絞って口を開いた。


「早瀬先輩に、渡して、ください」

 

 当時を知る友人、龍雅と竜太は言う。俺の表情の変わりようがすごかった。すごく笑顔になったと思ったら、一気に「はあ?」って顔になったと。もう笑いたくなるくらいの変わりようだと。

 いや、当たり前だろうが。この状況で俺のためにお弁当を作ってきてくれたんだと思ったら顔はほころぶし、それから「早瀬先輩に渡せ」って言われたら「はあ?」となるだろ。


 とは言え、俺はそのお弁当を受け取った。例え「はあ?」って、思っても。

「あ、あのよろしくお願いします」

 女の子の顔も笑顔でお辞儀をしてパタパタと走り去ってしまった。




「いや、あれは面白かったな」

「面白かったわ」

 口々に龍雅と竜太はお酒を飲みながら言う。

「辰真の顔だけで天国と地獄と言う題名が付きそうなくらいの変わりようだった」


 龍雅と竜太、そして俺、辰真はビールを飲みながらあの時の事をおかずにして語っていた。丁度、秋鮭のホイル焼きを頼んだ時にお弁当事件の話しになった。

 秋の新人戦、県大会。あの時は俺と竜太は初めての公式戦だった。ちなみに龍雅と早瀬は夏の総体に出ている。

 昼休憩後に俺達の試合が始まると言うスケジュールで、ちょっと緊張していた時に、後輩のあの子がやってきたのだ。

「先輩、これ、早瀬先輩に渡してください」

「龍雅、お前の裏声、汚いよ」

 ギャハハハと笑う龍雅を俺は諌めつつ、長年の疑問を口にした。

「それにしても、なんであの子は俺にお弁当を預けたんだろう?」

「え? そりゃあ決まってんじゃん。お前の見た目が人畜無害だからだよ!」

「龍雅みたいに黙って食べないと言う信頼があったんだろうよ」

 確かに。長年の友人たちの的確な答えに納得した。

 だとしたら、あの後輩の女の子の信頼を大きく裏切る形となってしまった。




 早速、俺は不貞腐れた顔で「おい、早瀬」と言って本人を呼んだ。早瀬はバスケにだけ真面目で他はどうでもいい態度を取る奴だった。でも顔が良かったので女子からクールでかっこいいと言う評価だった。何せ、お弁当をわざわざ作ってくれる子さえいるのだから。

「後輩からのお弁当。お前に渡せって」

「ふうん」

 早瀬はつまらなそうに俺とお弁当を見比べて、すぐにコンビニの焼きそばパンの袋を開けて食べ始めた。そして衝撃的な発言をする。

「俺、他人が作ったお弁当は苦手なんだ。だから食べられない」

「え? マジで?」

「俺はパンで十分だから」

 なんという贅沢者なんだろうか? 

 朝早く作った後輩の女の子の努力や思いを受け取らず、全国チェーンのコンビニの量産型のどこにでもある焼きそばパンを選ぶとは……。

「えー、じゃあ、どうしよう」

「お前らで食べれば?」

 焼きそばパンを食べながら早瀬がそう言った。


 俺はその言葉を素直に受け取った。




 あの子が作ったお弁当の中身を思い出す。

「うまかったな。あの子のお弁当のグラタン」

「辰真。それは冷凍食品じゃねえか」

「でも、あの弁当の中身はほとんど冷凍食品だったじゃねえかよ」

 俺の指摘に龍雅と竜太は「確かに」と言った。

 確かにあの子のお弁当の中には可愛らしいカップにグラタンとベーコンとコーンの炒め物と春巻き、そしてあの子が作ったスクランブルエッグと焼き鮭。多分スクランブルエッグはだし巻き卵を作ろうとして失敗したのかな、それと焼き鮭はちょっと塩辛かった。あとふりかけをかけたご飯があった。

 三人であのお弁当を食べた時、俺はお弁当の冷凍食品がうまいことに感動してしまった。いつもお婆ちゃんが作ってくれたお弁当を食べていたけど、冷凍食品は無くて全部手作りだった。だから初めて食べた冷凍食品に龍雅と竜太が呆れるくらい「美味しい!」と言いまくった。

 逆に言うと手作りの物は微妙だったな。作った相手に悪いけど。

 でも正直に言って女の子だったら満足するくらいの量だった。食べ盛りの俺達にはちょっと足りないくらいかな。

 そのお弁当を三人で分けて食べた。


 龍雅が遠い目をしながら「でもさ」と話し出した。

「早瀬が『他人の作った弁当を食えない』って行った時、馬鹿じゃねえかって思ったな。でもこのご時世を考えると、分かる気がするな」

「確かに」

 パンデミックが起こってから消毒や除菌が当たり前になってしまった時代。他人が作ったお弁当が食べられない人間もいるはずだ。

 誰が言ったか忘れたけど『青春は密だ』とか言ったけど、確かにそうだなと思う。俺達の学生時代は誰かのためにお弁当を作ったり、部員全員にはちみつレモンを作ってくれる子もいた。

 でも色々と気にしないといけない時代になってしまった今、こういう手作りの料理を持ってくる事が出来なくなるな。持ってこれるものだったら、あの時、早瀬が食べていた予め作ってある商品になってしまうだろう。

 そうなると青春のイベントが一つ減るってわけだ。

「世知辛い時代だね」

「だな」

「はあ、悲しいね」

 しみじみ思いながら俺達はビールを飲む。


 さてお弁当を食べた後、俺達は全国常連の学校と試合をしてかなりの点数をつけられて敗退した。

 あの時代はケータイで動画機能があったが荒いし映りも良くなかったから、顧問が自腹で買ったビデオカメラで試合を撮っていた。前半は早瀬と龍雅のおかげでリードしていたし、結構いい感じだった。だが後半はこっちが疲れてしまい、どんどんと相手チームにボールを支配されてしまった。

 総体や新人戦など、公式戦の試合は顧問がDVDに録画してくれて卒業の時の記念にもらった。多分、実家のどこかにあるはずだ。


 何はともあれ俺達の初公式戦はここで終了してしまった。早くも強豪校に当たった運の悪さを恨んだり、総体の時に頑張ろうと思った。

 こうして俺の心の中に苦い思い出として残っていく、はずだった。


「ねえ、あんた達」


 女子バスケの部長のドスのきいた声で呼ばれた瞬間、地獄が始まった。




 お弁当の時間が終わった後、あの後輩がやってきたのだ。

「あの、早瀬先輩に渡してくださいましたか?」

「あ、早瀬、手作りのお弁当は苦手だって」

 後輩の笑みが凍り、「え?」と戸惑った声を出した。

「んで、俺達が食べた」

「……え?」

「お弁当箱は洗って返すね」

「……あ、えー……。大丈夫です。洗わなくて」

 後輩は明らかに落ちこんだ表情でお弁当を受け取って、走って去ってしまった。

 あの時、なんでこんな表情をするんだろうと思っていたけど当たり前だ。食べて欲しいのは早瀬なのだ。馬鹿三人の俺達ではないのだ。そして中学時代の俺達には分からなかったんだ。


 学校に帰ってきて片づけをした後、さて帰るかと思ったら、女子バスケの部長に呼ばれて、俺達三人は弁当泥棒として糾弾されるのであった。

 しかも体育館裏で睨みつけている女子部員全員も集まって俺達三人を取り囲んで。

「あんたらさ、あの子が早瀬君に渡せって言われたお弁当を食べたの?」

「あ、はい。でも……」

「なんで渡さないのよ! 早瀬君になんか恨みでもあんの?」

「いや、……だから」

 女子部員たちの非難の嵐に一番肝心である言葉が言えない。そう早瀬が「食べれば?」という言葉を。

「あの子、泣いちゃったんだよ! どうすんの?」

「最低ね!」

 お弁当を渡してくれと言った後輩の後ろの方で俯いて立っている。こんな騒ぎになるなんてと思っているのか、それとも俺達を恨んでいるのか……。

 だがここで龍雅が口を開く。

「あのさ、俺の話しも聞いてくんないかな?」

 パワフルすぎる母ちゃんに育てられた龍雅には女子達の非難にひるまなかった。龍雅の言葉で女子達も黙る。

 よし、これで早瀬が「食べていい」って言えば、女子達もちょっとは納得してくれる。そう思って龍雅の言葉に期待した。


「そんなに大事なお弁当なら、自分で渡せよ」


 ……火の玉ストレートのような正論だった。

 だが時として正論は人をブチ切れさせると言う事を俺は知っている。




 竜太は遠い目をしながら「あれはヤバかったな」と呟き、俺も頷く。

「というか、そのままじゃねえか。大事なもんなら人畜無害に任せないで、自分で渡せっつーの!」

 龍雅はガンとビールのジョッキをわざと音を立ててテーブルに置いた。

「なのにさ、女子達はブチ切れっておかしくない?」

「……女子は泥棒が開き直ってんじゃねえって思ったんじゃない?」

 思い出してみても、恐ろしい光景だった。女子十数人が俺達を取り囲んでギャンギャンと怒っているわけだ。


「はあ? 何言ってんの?」

「いい加減にしてよ!」

「どうして、この子を責めるの?」

「バカじゃないの?」

「最低!」


 この光景に龍雅はそっぽを向いて、竜太は遠い目をしながら黙る。

仕方がないので俺は謝り続けた。人生でこんなに謝ったのは初めてってくらいの回数だ。社会人になっても仕事で失敗した時よりも多いくらいだ。

 そして俺は肝心な事実、早瀬は「手作りのお弁当は苦手」と「食べていい」という事を女子達に伝えた。というか、後輩にもちゃんと説明したんだけどな……。


 だが当の早瀬は、こう言った。


「え? 俺はそんな事を言っていないけど」


 正直「はあ?」となった。早瀬の「食べていい」という証言は龍雅と竜太も聞いていたので、三人とも「はああああああ?」となった。

 他人が作ったお弁当は「苦手」とは言った。だが「食べれば?」と疑問形で言ったので、決して「食べていい」と許可したわけではないという。……確かに、そうだけどさ。


 収まらない女子達の怒りに終止符を打ったのは顧問の先生だった。

 こういうトラブルがあるから、今後は特定の人物だけにお弁当などを渡してはいけないと言うルールが出来た。

 だがしばらく俺達三人は嘘つき弁当泥棒と言われるようになった。



「まあ、あの子に確認を取らなかった俺達が悪かったな」

 珍しく龍雅が反省の弁を述べている。だがすぐに「だけどさ!」と言いだした。

「やっぱり自分で渡せよって思うわ」

「まあ、それだな。代わりの相手が空気を読まない奴かもしれないからな」

「そう言えば竜太は一切、何も話さなかったな」

「当たり前だろ。頭に血がのぼっている奴ほど、何言っても理解が出来ないのさ」

 どこか諦観めいたような感じで竜太は言った。


 だがあんな事件が起こっても俺達三人はバスケ部をやめなかった。

 俺達の早とちりとは言え、早瀬を「裏切り者」「卑怯者」と思った時期もあったし、龍雅は実際に言っていた。

 それでもチームを引っ張ってくれたのは早瀬と龍雅だったし、試合でのコンビネーションは抜群だった。

 ちなみに早瀬は他県で働いており、そこで結婚もしているらしい。


「引退するまでやめなかったな。俺達」

「女子が一方的に敵視してきたわけだし、仲間が三人もいたからな」

「というか、あのお弁当を渡せって言った後輩もやめなかったな。あんな大騒動を起こしたのに。レギュラーも取っていたし」

「まあ、死ぬ以外はかすり傷さ」

 そんな話をしながら、秋鮭をつまんだ。



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