まだ緑の紅葉の下で食べたおにぎり【渋くて苦いが、後味はすっきり】
ガチャッと車の助手席のドアを開けると椅子に、鎌があった。
……嘘でしょ? 呆然としていると、すぐに「あ、悪い」と言って椅子にあった鎌を荷台に置いた。……荷台に置くんだ。
この時、僕は軽トラに乗るのも見るのも初めてだ。初めて見た軽トラの荷台をチラッと見ると何もなく、隅っこに砂が溜まっていた。
これで出かけるのか……。そう思うとものすごく気持ちが萎えていった。
鎌を荷台に置いた人は、そのまま運転席に乗った。ゴツゴツした骨ばった顔に深いシワがたくさんついている。ひょろっと背が高くてお父さんよりも高身長だ。言葉は少なめで、ほとんど無表情で無口な人だ。僕の母方のお爺さん。滅多にあった事がない。
鎌のインパクトで驚いて、立ちつくしてしまっているとお爺さんがジロッと俺を見た。
「乗らんのか?」
「あ、はい。乗ります!」
急いで乗った椅子も硬いし、クッションの隅に埃……じゃない、砂が溜まっている。所々、砂っぽいなと思った。車の中は狭いし、古そうな感じがする。
運転席の窓を開けて、お爺さんとお父さんが何やら話している。
「今日はすいません。では智明をお願いします」
「ん」
……一方的にお父さんが話しているだけみたいだ。なんとなく会話を聞いているとお父さんも苦手そうだ。
車の中を見るとカセットを入れる所がなかった。……えー、音楽聞けないのか。せっかく持ってきたのに……。古びたメーターのようなメモリが付いたラジオしかないようだ。
この頃の車にはカセットデッキがついていた物が多かった。ちなみにカセットデッキと言うのはカセットテープを入れる機器。それでカセットテープと言うのは音楽を録音できる記録媒体だ。
もうカセットテープなんて見たことない子は多いだろう。というか、音楽を録音すると言う行為をやった事なんて無いんじゃないのかな?
あの頃はCDを借りてカセットテープで録音して車で聞いていたのだ。
お爺さんの軽トラにカセットデッキがない古い車で軽く絶望して、若干行く気が無くなってしまった。
「じゃあ、行くぞ」
お爺さんのしゃがれた声が聞こえたので、急いでシートベルトをする。
お爺さんがレバーを握る。そう言えば、この車、なんか変だ。アクセルとブレーキの他に別のペダルがあるし、レバーのメモリもお父さんの車とは違う。この時の僕は知らなかったけど、この軽トラはマニュアル車だったのだ。
不思議に思っていると、ガクッとつんのめった。シートベルトをしていなかったら、頭から転んだと思う。
この時、お爺さんは運転が荒いと思っていた。だが車の免許を取る時にマニュアル車も乗れた方はいいと思ったが、僕的には難しかった。オートマよりもレバーやペダルを色々使うし、タイミングを外すと車がしゃっくりをしたような動きをしてしまう。
確かにお爺さんの運転は荒かったが、そもそもマニュアル車が難しいんだと思う。僕は免許を取ったが、マニュアルは一生乗らないと決めている。
*
非常に不安な出発だったが、走り出すと順調に進んだ。……どこに行くのかも、よく分からないけど。
そしてこの軽トラの乗り心地は、あまり良くない。まずクッションが柔らかくない。そして座っている所から大きな振動がする。よく乗っていられるな、この車。ガタガタしていて乗りづらい。
お爺さんはラジオのスイッチをつけた。知らない音楽が流れる。それよりも僕が用意したカセットの曲を聞きたいな。
今だったらスマホを見て、イヤホンを耳に付けていればお爺さんとの気まずいドライブなんてへっちゃらだろう。
だがこの頃はそんな便利な道具なんて、一切ない。
フンフンと鼻歌が聞こえてきた。お爺さんの方を見ると、鼻歌を歌っている。お気に入りの曲なのかな? 何の曲? って聞こうと思ったが勇気が持てずに曲は終了してしまった。
だが意外にもお爺さんが「大丈夫か?」と独り言のような声が聞こえた。
「軽トラ、初めて乗るんだろ?」
「うん。大丈夫です」
大嘘だ。全然、乗り心地は良くない。でも僕も子供と言えど、気を遣う事は出来るのだ。
するとお爺さんは「そうか」と言って、更に話をする。
「郁子もドライブが好きだった」
お爺さんの言葉を聞いて、僕は「そうなんですか」と答える。郁子はお母さんの名前だ。連想ゲームのようにお母さんが浮かぶと病院を思い出して、心が不安と恐ろしさに襲われる。
今、お母さんは入院中なのだ。
*
お母さんは天真爛漫な人だ。よく笑って、喋る人だ。しかも歌番組が大好きで、お気に入りの歌が流れると一緒に歌うし踊ったりもする。
そんな姿に僕はやれやれと思っていた。僕より子供っぽくて、嫌いになっていった。そしてあることがきっかけで、お母さんと喋るのも嫌になって無視するようになった。
それでも朝になったら「おはよう!」と言って、寝る前は「おやすみ」って言う。僕は返さないのに。
ずっとお母さんは天真爛漫なんだろうなって思っていた。
だから病気になって、入院までするなんて思っても見なかった。
お母さんのいない家は静まり返ってしまった。お父さんもあまり喋らない方だし、僕もそれ以上に喋らないからだ。お母さんなんていなくなれって思っていた事さえあったのに、居なくなるとものすごく怖くなってしまった。
当然、お母さんのいない生活は辛かった。
家に帰ってきたら灯りなんてついていないので自分でつける。「お帰り」って言ってくれる人がいないくせに、「ただいま」とも言ってしまう。
頑張ってお父さんが料理したり、僕も手伝ってご飯の用意をしているとお母さんの有難さを感じる。そして大変さも。
先週の日曜日にお母さんが入院している病院にお見舞いに行った。
「あ、トモくん。お見舞いに来てくれて、ありがとう」
ニコニコと笑っているけど、どこかやつれた表情だった。 そして腕には点滴のチューブがついていた。
「手術の検査で疲れちゃった」
えへへと笑って、何でもなさそうな感じで言うお母さんに不安な気持ちになった。
思い切ってお父さんに「お母さんの手術は大丈夫だよね」と聞いてみると、「もちろん、大丈夫だ」と返ってきた。でもお父さんの表情はものすごく不安げで、全然信用できない物だった。
不安でいっぱいになった僕にお父さんは昨日、こう言った。
「お母さんのお爺さんが、明日どこかへ行こうって言っているけど行かないか?」
「それよりもお母さんが心配なんだけど」
「智明が不安げな顔をしていたら、お母さんも不安になるよ。だから気分転換に行ってみないか?」
確かに僕が不安な顔をしていると、お母さんも「大丈夫、智明」と心配している。だから、お見舞いに行くなって事なのかな? と後ろ向きな考えてしまう。
「おい。大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
俺が答えるとお爺さんは「ん」と返事をした。多分、「分かった」って言う返事だろう。
天真爛漫なお母さんのお父さんなんだろうけど、全然似ていないな。僕以上に喋らないもん。
一体、どうしたらいいんだろう? と思っているとザザッと音が聞こえた。ふと窓を見ると木々が多く生い茂っていた。前を見るとどうやら森の中にある道を走っている事に気が付いたが、その道は軽トラ一台分の広さしかなく、対向車が来たらすれ違えないくらい狭い。
そしてガタガタと車が揺れている。前の道が全然、整備されていないようだ。
……あれ? 僕はどこに連れて行かれるんだ?
「あの、お爺さん。どこに行くんですか?」
乗る前に聞いておけばよかったと思いつつ、お爺さんに聞いた。すると短く「寺」とだけ、答えた。
そうか、寺に行くのか……。そう思っていると、軽トラが悪路に乗り上げて大きく車体が揺れた。行き先が分かっていても不安でいっぱいだった。
*
ガタガタと危なげに軽トラは大きく揺れていたが、やがて少々広い駐車場に着いた。駐車場に車を停めて、僕らは外に出た。日差しは気持ちのいい暖かさだが、木々に隠れて少し肌寒い。
駐車場の前には長い階段が見えた。そして看板には難しい漢字のお寺の名前があった。
「行くぞ」
「あ、はい」
お爺さんの素っ気ない言葉に慌てて返事をして、僕は後に着いて行った。
カサカサと冷たい風が木々を揺らす。街からかなり離れているから、風が揺らす木々の音が大きい気がした。上を見上げると木漏れ日がキラキラと輝いて綺麗と思った。川があるのだろうか、遠くで水の流れる音が聞こえる。階段は掃除した跡があり落ち葉一つも無かった。
あたりを見ていたら、お爺さんがどんどんと階段を登って行って、僕は慌てて追いかける。お爺さん、階段を登るのが速すぎる!
お爺さんは背中に真新しいリュックを背負っているのに気づいた。よく見ると半年前にお母さんがデパートで買ったものだ。僕も一緒で「トモくん。どっちのリュックがいいかな?」と聞かれて、紺色と深緑色のリュックを見せてきた。この時の僕はまだお母さんを無視していなかったので、深緑色のリュックを選んだのだ。
そっか。このリュックはお爺さんのプレゼントだったんだ。
そんな事を思い出していると、お爺さんはさっさと階段を登り切った。僕も慌てて、階段を登る。それにしてもこの階段、ものすごくキツイ。かなり急だし、そして長い。
ようやく登り切って、前を見ると大きな門、その向こうに階段が見えた。そしてわき目も振らずにずんずん進んでいくお爺さん。
「嘘でしょ」
僕はがっくりと肩を落として、歩き始めた。
ようやく頂上に着いた僕をお爺さんは待っていた。
「小銭、あるか?」
「へ? あ、……十円なら」
お財布を開けて確認すると十円がいくつかあったのを伝えるとお爺さんは「ん」と言って、お寺の建物の方に歩き出した。その姿に僕は信じられないと思った。
僕、こんなに息を切らしているのに……。
確かに僕は体力無いけど、お爺さんは疲れていないどころか息さえ切らしていない。敬いはするけど、老人が弱いなんて思わないようにしておこう。
そんな事を考えながらお爺さんと一緒にお寺へと向かう。参拝者は僕らしかいないようだ。
お賽銭を入れて、鐘を鳴らして、手を合わせる。お母さんが良くなりますように。
参拝が終わったら、お爺さんはお守りが打っているお店に向かった。僕も一緒に見たが種類は少ない。でもこの健康祈願のお守りは買いたいなとは思った。
「これにするのか?」
「はい。僕が買います」
「わしが買う」
そう言って僕が手に持っていたお守りをすっと取って、お爺さんは買ってしまった。ちょっと悪い気がした。
「ん、郁子に渡してやれ」
お爺さんはそう言って僕に渡した。お母さんに渡すって言っていないけど、と思ったがそのつもりでいたので「はい」と言ってカバンの中に入れた。
よし! これで終了だ! さて、帰るか! と思った。
だが、お爺さんはなぜか別の道に歩いて行った。
僕はすっかり帰る気でいた為、別の道を歩いて行くお爺さんに「え?」と戸惑った。
「あ、あの、どこに行くんですか?」
そう言うが僕の声が聞こえないのか、お爺さんはずんずんと進んでいく。
お爺さんの歩く道は、人一人分が通れるような道で今にも草で覆われそうなくらいの小道だ。もっと草が生えたら獣道になりそうだ。
仕方がないと思って、僕もその道を歩き出した。
「ねえ、トモくん。草ってね、硬い地面には生えないんだよ。だからみんなが歩く道は踏み固められているから、草が生えないの」
昔、お母さんがそんな話しをしていたのを思い出した。
だとしたら、この草で覆われている道は誰も歩かなくなったから消滅しかけているのではないのだろうか? そんな事も考えながらお爺さんの後を追う。
それにしてもお爺さんの後ろ姿は森林の中だとよく似合う。というか銃とか持っていてもおかしくない気がした。猪とか熊とかを仕留めてそう。
僕の家には住宅街で、公園はあってもこういった森は全くと言っていいくらいない。多分、僕がここにいるのは場違いな気がした。
でもお母さんは猫の額くらいしかない家の庭にプランターを置いて花を植えていた。入院する前は「次は咲かせようかな?」と言っていた。でも種を蒔く前にお母さんは入院してしまったから、プランターは空のままだった。お父さんも僕も植物を育てる事はしないから良かったと思う。
あ、そうだ。前に庭いじりをしているお母さんが「トモくん」と僕を呼んだことがあった。何だろう? と思って見に行くとお母さんは目を輝かせて両手にダンゴムシを見せてくれた。
「かわいいよ! ダンゴムシ!」
お母さんは嬉しそうにそう言うが、僕はダメだった。ドン引きしながら「そうだね」とだけ言って、逃げた。
お母さん曰く、幼稚園生の頃の僕はダンゴムシとかをよく取っていたらしいけど、もう小学五年にもなれば取らないし、好き好んで見ないよ。
こうして見るとお母さんと僕って似ていないよなと思った。
ぼんやりとお母さんの事を考えていると、お爺さんが「おい」と言って立ち止まっていた。手招きもしているので、何だろうと思い小走りで向かった。
「指出して見ろ」
よく分からない指示に「はい」と言って、人差し指を立てた。
そしてお爺さんは「ん」と言って僕の指先にトンボを乗せた。僕の指先をトンボの足が掴んでちょっと痛い。本当は振り払いたいが、我慢してトンボをじっと見る。
トンボは半透明の羽がピクピクと動かして、大きな目で僕の顔をじっと見ている。やがて僕の顔を見ながら首を傾げて、トンボは指から離れていった。
「逃げたな」
「はい」
そんな短い会話をしたかと思うとお爺さんは先に進んでいった。
僕も慌てて跡追いながら、心の中でそっと思った。やっぱりお爺さんの子供なんだな、お母さんって。虫を触れるんだもの。
*
よくよく考えるとお母さんに似ていないんだよな。だとしたら、お爺さんとは相いれないんじゃないのかなって思ってきた。
もう虫とか好きじゃ無いし、こんな獣道寸前の道を歩くのも嫌になるし、そもそも軽トラのドアを開けた瞬間、鎌があったのも気持ちが萎えてしまった。
やっぱり、僕がお母さんを病気にさせてしまったのかな? 無視したから、お母さんが気を病んじゃったのかな? そんな考えがグルグルと頭を駆け巡る。
「おい」
お爺さんの声でハッと顔を上げた。いつの間にかお爺さんは遠い所にいた。
「ここで昼飯にする」
そう言ってお爺さんは歩いてしまった。お昼ご飯、用意していたんだ。
お爺さんが言っていた場所まで行くと、少し開けた場所だった。簡素で背もたれのない小さなベンチがあり、お爺さんはそこに座った。僕もそれにならって座る。
お爺さんはリュックから「はい」とお弁当箱を僕の両手に渡した。それと缶の緑茶も出てきた。……あれ? お箸は? と思ってお弁当箱を開けると、全部おにぎりだった。
ひょいっとお爺さんはお弁当箱のおにぎりを食べ始めた。
すぐに僕も食べる。美味しい。卵のふりかけが混ぜてあって、更に海苔で巻いた三角のおにぎりでうまい。
そしてちょっと懐かしいなと思う。おにぎりって、うちではあまり食べないんだよな。しかもふりかけをかけないし。いつもお弁当はサンドイッチだし。
「うまいか?」
「うん、美味しい」
あ、マズイ。思わず敬語じゃなくなっちゃった。だがお爺さんは気にせず「ん」と返した。
次はお茶の飲むと渋い味で思わず顔をしかめる。お爺さんを見るとごくごくとお茶を飲んでいる。
さわさわと木々の枝が揺れている。見るとまだ緑だが紅葉の木だった。
「まだ赤くはなっていないな」
「うん。まだ十月だからね」
「仕方がない」
ほんのちょっとだけ会話が続いてちょっと嬉しかった。
「おにぎり、よく食べるな」
二個目のおにぎりを食べ終わるとお爺さんにそう言われた。僕は「あんまり食べた事なかったので」と言った。
「お母さん、あまり作ってくれないから。お弁当はいつもサンドイッチだった」
「郁子はおにぎりを食べ飽きているんだ」
お爺さんがちょっとため息交じりで言った。
「小さい頃から、自分でおにぎりを作って食べていたからな。でも結婚したらご飯は飽きたから、朝はパンを食べているって言っていた」
「ふうん。確かにお母さん、朝はパンを出しているね。ご飯は夕方にしか炊かない」
「うちは農家だからな。三食ご飯だったんだ。それに飽きたってさ」
「……お爺さんは、ご飯は飽きた事は無いの?」
僕の質問にお爺さんは「無い」と素っ気ないがきっぱりと答えた。
僕は全然、覚えていないが、このお寺に来たことがあるらしい。
「僕、全然覚えていない」
「赤ちゃんの頃だったかな」
お爺さんは思い出しように、そう言った。赤ちゃんの頃なら全然覚えていないのは当たり前だ。
「健康祈願で来たんだ。お前が健康に過ごせるように」
「僕って体が弱かったんだよね」
昔、お母さんから聞いたことがある。未熟児で生まれて、とっても小さかったらしい。
「お母さんが心配したって言っていた」
「うん。よく泣いていた。だから、お前の前では泣くなって言った」
「そう言えば、お母さんって泣かない」
「泣いたら智明が泣くだろって言ってやったんだ」
自分が病気になっても弱弱しく笑って報告していた。僕は「そうなんだ」と呟いた。
「だから、お前の悩みを笑って聞いたわけじゃないんだ」
「……それって、お母さんが言っていたの?」
「病院の公衆電話で『智明の悩みを聞いてあげた時に大丈夫って笑って言ったけど、あの子の真剣な悩みだったから怒っちゃった』って。『仲直りする前に私が病気になって、智明が怒って無視したから病気になっちゃったのかもって旦那に言っていた』とかな」
「……」
「郁子の病気は遺伝の物だから、お前のせいでもないよ」
「遺伝って?」
「祖先から代々受け継がれているもの。そういう家系なんだよ。婆さんもそうだった」
お爺さんの説明によく分からない所があったが、「そうなんだ」と言った。そしてお爺さんも悲しい顔をしているから「お爺さんのせいでもないよ」とも言った。
お爺さんは「そうだな」と呟いた。
さわさわと緑の紅葉が揺れる。
お爺さんは「知っているか?」と僕に聞いた。
「紅葉が綺麗に色づく条件って?」
「うん、知っている。お日様に良く当たって、雨も十分降って、秋に昼と夜の暖かさと寒さに大きな差があると、紅葉が綺麗になる」
僕はちょっと得意げに答えた。お母さんが公園にあった紅葉を見て教えてくれたのだ。
お爺さんは「郁子に教えてもらったのか?」と聞かれたので、「うん」と答えた。
「お爺さんもお母さんに教えたの?」
「ん」
「受け継がれているね」
「そうだな」
なんだか、ちょっと嬉しい気持ちになった。
*
お爺さんが言うには、あの獣道は紅葉が綺麗な場所でちょっとした隠れた名所らしい。
「次は紅葉が綺麗な時に行くか」
「うん。お母さんとお父さんも一緒に」
僕はすっかりお爺さんと打ち解けた気がした。敬語も自然となくなって、気軽に話せるようになった。
「でも今年はお母さん、紅葉は見れないね。今僕が見ているものが、お母さんにも同時に見れたらいいのに」
「そういう機械を作ったらいいんじゃないか」
「えー、無理だよ」
そんなたわいもない話も出来るようになった。
こうして僕とお爺さんは再び軽トラに乗ってお寺を後にした。
お母さんの手術は成功して半年後に退院できた。今も元気に庭いじりをして、たまにダンゴムシを僕に見せる事がある。お爺さんとも紅葉狩りにも一緒に行けた。
僕もたまにあそこのお寺の紅葉を見に行っているが、少々困った事が起こった。
最近インスタでここの紅葉の画像が出たり、御朱印などのお寺ブームであそこのお寺が人気になってしまった。
道も整備されて紅葉も綺麗に見れるようになったが、自分では内緒にしていた場所をみんなに知ってしまった感じで寂しいような気持ちもある。