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チョベリバな姉ちゃんと一緒に食べたわたあめ【素朴で優しい甘さ】

 『チョベリバ』って言葉を知っているか? 多分、知っている人間はほとんどおじさんやおばさんになっちまっているんだろうな。俺も言っていた当時は小学生だったけど、もうおじさんって呼ばれる年になっちゃったし。結構、この言葉を言っている子供は多かったんだぜ。

 ちなみに『チョベリバ』は、『チョーベリーバット』って意味らしい。調べるまで俺は知らなかったな。ずっと俺はこれをあだ名として使っていたから。

 

 さて『チョベリバ』の言葉と一緒に語られる人物がいる。そう、コギャルだ。

 俺の親戚の姉ちゃんが、そのコギャルだった。小学生の俺はそいつの事をチョベリババアと言っていた。どういう時に言ったのか忘れたけど、姉ちゃんが『チョベリバ』って言ったから、俺は『チョベリババア』って言ったら面白いぐらいに怒ったのだ。それ以来、俺はそう言っている。ここで気づいたかもしれないが、俺は結構なクソガキだったのだ。


 姉ちゃんの制服はものすごく短いスカートにダルダルの真っ白いルーズソックス、踵を潰したローファー、そして目を引く明るい茶色の髪をしていた。

 この時代、髪を染める人って少なかったから珍しかった。しかも高校生で髪を染めるなんて親からしたら『あり得ない』と思う人は多かった。そもそもミニスカートとかルーズソックスも、当時の大人たちは眉をひそめていた。

 そしてケータイ。チョベリババアの必需品だ。というか、ずっと持っている。友達とメールが来たらすぐに送らないといけない性分らしい。でもこの考えって今では多くの人が持っている気がする。『既読無視』とか、な。折り畳み式のケータイで、手持ち無沙汰になるとカパカパと開けたり閉めたりしている。

 一度、俺がババアの携帯電話を隠したのをバレたら、ものすごく怒ったな。でもケータイを奪い取ったチョベリババアの父ちゃんとは大喧嘩した時を見たけど、すごかった。もうチョベリババアは掴みかかる勢いで、ギャンギャンとキレていた。

 それと化粧。かなりの時間をかける。チョベリババアじゃないけど、電車の中で化粧する人もいたな。この時代はこれも『あり得ない』という認識だ。


 チョベリババアは多分、自分には怖いものなんて無いって思っているような奴だった。

 ふてぶてしい態度で大人と接して、俺に対しては完全に馬鹿にした感じで見ていた。母ちゃんもクソガキな俺に怒っていたけど、姉ちゃんはそれ以上に親を困らせていた。


 そんなチョベリババアと秋祭りに行った話だ。




「はあ? あんたも一緒に行くの? お祭りに?」

 明らかに面倒くさそうな態度で俺に言うチョベリババア。黒いタンクトップと白いミニスカート、腕にはジャラジャラと金色のブレスレットに厚底のサンダルを履いている。私服姿のチョベリババアだ。

 俺は無視してスニーカーを履いて、母ちゃんにもらったお小遣いがマジックテープの留め具の財布にあるか確認する。うん、ちゃんとある。

「ねえ、あたし、友達と用事があるんだけど!」

「別に一人で行けるし」

 俺がそう言ったが、チョベリババアは立ち上がって俺を無視して歩き出した。

 

 秋祭りは駅前から彼岸花や秋桜の紙の花が飾られていて出店も並ぶ。更に駅の近くのデパートも安売りをしている。

 だがそれ以上に目を引くのがアーケード街だ。アーケードからつるされた花々やトンボの作品が飾られて、更に商店街のお店も安売りや特別出店の出店もある。

 母ちゃんの住んでいた実家では大きなお祭りだ。


 低学年だった頃は親に連れられて一緒に行っていたが、今はもう五年生だし一人で行けると言って親の同行を拒否した。

 だからチョベリババアと一緒に行くわけではないのだ。




「というか、ついてくんなよ」

「ついてきてない。行き先が一緒なんだから」

 明らかにウザそうな顔でチョベリババアは俺を見下ろしている。俺は負けじと睨む。このにらみ合いはチョベリババアから「フン」と鼻を鳴らして目を離す。そしてケータイを出して、ポチポチと操作していた。

 俺はあいつが履いている厚底サンダルを見る。よくあんなに分厚い底のサンダルを履いて、ケータイを操作しながら歩けるな。そう言えば、天狗もこういう下駄を履いていたな。

 ……え? チョベリババアって妖怪なの?

 そんな事を考えていると、チョベリババアは「クソガキ」と言ってクッソムカつく笑みを浮かべながら口を開いた。

「迷子になって大泣きするなよ」

「しねえよ!」

 クッソ! まだ覚えていやがる! と思いながら俺は怒る。


 まだ保育園児だった頃、俺は秋祭りで迷子になった。父ちゃんの手を離したらすぐに見えなくなってしまった。

 泣くもんか、絶対に自力で見つけてやる! と思って、逆に俺が親を見つけてやるとばかりに探していた。でも俺以上に大きな大人たちをかきわけて、探しているうちに心細くなってきた。逆に大勢の人ごみに飲まれてしまって、更に自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。

 もしかしたら自分は知らない世界に連れて行かれるんじゃないのかと怖くなってきた。

 そんな時、一緒に来ていた小学生のチョベリババアと目があった。見つけた瞬間、俺は泣きながら「姉ちゃん!」と駆け寄った。

 小学生のチョベリババアは「見つけた」と言って、俺の手を優しく握ってくれたのだ。


 しみじみに思い出しているチョベリババアはニヤニヤと笑って言う。

「あん時のあんたは素直だったもんね。ちゃんとお礼も言ってくれたし」

 当たり前だろ! その時のチョベリババアは黒髪で優しい子だったんだから! こんな茶髪でふてぶてしくて、ムカつく事を言う子じゃなかったんだ!

「迷子になったら、見つけてやるよ。クソガキ」

 ニヤニヤ笑うチョベリババアに俺は嫌みったらしくこう返した。

「ありがとう、おばさん」

「はあ! 今、何って言った!」

「俺の母ちゃんの妹なんだから、俺から見たらおばさんじゃん。間違ったことを言っていないよ! お・ば・さ・ん!」

 腹立つ言い方で俺は言い、チョベリババアの顔は見る見るうちに真っ赤になる。

 俺が言う事は本当だ。チョベリババアと母ちゃんは十歳以上も年が離れた兄弟である。更にその間にも兄弟姉妹もいて六人兄弟なのだ。その末っ子がチョベリババアである。

 だから俺から見たらチョベリババアは『叔母さん』にあたる。

「やめて! その呼び名! まだ私は十七なんだから!」

「へっへへーん。どんなに違うと言っても、俺から見たらおばさんなんだよ!」

「うるさい!」

 俺とチョベリババアはギャンギャン騒ぎながら秋祭りに向かった。


 


 チョベリババアは駅まで立ち止まって、「私は友達と待っているわ」と言った。

「ふうん、本当は彼氏じゃないの?」

「はあ! なんで、知ってんのよ!」

「知らないよ。適当に言ったんだから」

 普通にカマをかけただけなのに、チョベリババアはびっくりした表情になった。その慌てぶりは面白かった。

 え? マジで? 彼氏いんの?

「え? 誰々?」

「あっちに行きな! クソガキ!」

 シッシッとばかりに手を振って俺を追い払う。イエーイ、いい事を聞いた!


 俺は商店街のアーケードの方に向かったふりをして、チョベリババアの待ち合わせをしている駅の後ろに隠れようと思った。刑事ドラマよろしく、待ち伏せだ! だがその前に出店で腹ごしらえをしよう。

 そう思って駅近くの出店を見て回る。

 小さな子から老人まで様々な人がこのお祭りを楽しんでいた。家族連れもカップルもみんな楽しそうだ。もちろん一人で見ている俺も楽しい。

 フラフラ見ていると「おい! 坊主!」と声をかけられて振り向くと、厳ついおっちゃんが盥の近くに座っていた。盥には水がいっぱい入っていて大きな氷と缶ジュースが浮いていた。とても冷たそうだ。

「一本、持って行け。子供はタダだから」

「本当に!」

 この頃は、まだまだ羽振りが良かったんだよな。不況とかバブル崩壊とか言っていたけど、今と比べたらずっと物は安かった気がする。

 おっちゃんのご厚意に甘えて、早速サイダーを取った。盥の中の缶ジュースを取る時、ものすごくひんやりして気持ちが良かった。

 俺は「ありがとうございます」とお礼を言った。

 金魚すくいや亀すくい、かき氷や焼きそば、などの出店のテントが立ち並び、ワクワクする。そしてソースの焼ける香りやバターの香りなどなど、俺の鼻に入ってきてお腹がすく。

 だが俺はチョベリババアの彼氏を見る使命を忘れていなかった。ひとまずホットドックを買って、チョベリババアが待っている駅に着いた。


 まだチョベリババアは駅の柱でケータイをいじっている。こうしてお祭りの日にチョベリババアの服を見ていると、露出は多いけどお祭りの雰囲気により普通に見えてきた。

 俺も柱に隠れながらホットドックを食べ、もらったジュースを飲んだ。全部食べ終わっても、チョベリババアは待ち続けている。

 ふうん、まだか。と思いながら、駅前の出店の焼きそばを見つけて買い、立ち食いをする。思いっきりマナー違反だが、張り込み中なので大目に見て欲しい。近くにはかき氷屋もあったり、数字合わせもあった。こっちの出店も回りながら張り込みするか。

 チラッとチョベリババアの方を見ながら、俺は駅前の出店を回った。


 出店は商店街の方にもたくさんあるけど、駅前の出店だけでも楽しめた。数字合わせは吹くと丸まっていた紙の棒の風船が膨らむ、ハズレが当たったり、かき氷はイチゴミルクにしたり、フライドポテトも食べ、母ちゃんに買ってきてと頼まれた甘栗も買った。

 だがチョベリババアが待っている人物はまだ来ない。すでに二時間くらい経っているのに。

 張り込みしながらフライドポテトを食べ終わり、ゴミ箱に捨てる。次はどうしようかな? と思っていると砂糖が焼ける甘い臭いが俺の鼻をくすぐった。わたあめだ。ちょっと子供っぽいけど、久しぶりに食べようと思い、わたあめ屋に向かった。


 屋台についている、わたあめの袋を一つ取っておっさんにお金を払う。おっさんはわたあめを作ろうとしている所だった。丸い機械に琥珀色の小さな粒の砂糖を入れる、すると真っ白い雲のような物が出来て割りばしでクルクルと巻く。少量の砂糖でこんなに大きなわたあめが出来るのは面白いと思う。

 思わず、見入ってしまったがチョベリババアの彼氏を見るんだった。

 急いでわたあめの袋を持って、チョベリババアの所に向かった。




 すぐさまチョベリババアの所に向かうと、誰かと話していた。チョベリババアと金髪っぽい髪の男と茶髪と金髪の中間くらいの明るさの女がいた。女の方はチョベリババアと同じくらいの年で、男はもっと年上な感じだ。

 この白髪の男が彼氏なのかな? でも連れの女の子がいるけど……。

 疑問に思っているとチョベリババアが俯いてしまった。

 嫌な予感がして、俺は三人の元に走って行った。

「沙奈枝、馬鹿じゃないの? ずっと待っているなんて」

「ちょっとは気づけよ」

 あ、こいつら、チョベリババアをいじめている! 俺は「姉ちゃん」って言いながら、更に早く走った。


 俺が駆け寄ると三人は驚いた表情になった。すぐさまチョベリババアは顔を背けた。女の方は半笑いだったのがきょとんとしていて、男の方は虚を突かれたような顔になった。

 チョベリババアのちょっと目の周りが赤い。

 金髪の男は俺をつまらなそうに見て「誰? こいつ?」とチョベリババアに言ってきた。だから俺が代わりに言った。

「姉ちゃんと祭りに来たんだけど」

「ふうん、じゃあな。姉ちゃんとお祭りを楽しんでれば」

 俺じゃなくて、チョベリババアに言った気がする。だが俺も負けじと「じゃあな、金髪爺!」と返した。

「んだと!」

「もう行こうよ」

 俺の言葉に反応した男だったが女に促されて、一緒にお祭りの人ごみに紛れてしまった。



 何か言わないと思っていると、チョベリババアは「帰る」と呟いてフラッと立ち去った。俺はすぐさま追う。

「ついてくんな」

「俺も帰るんだよ! 行き先が一緒なの!」

 行きでも、こんな事言っていたなと思いながら一緒に帰る。

「あたしの事を馬鹿にしていたんでしょ。後ろで見ていたし」

「馬鹿にはしていない。彼氏がどんなな……」

「彼氏じゃない!」

 突然、怒られてビクッとする。

 張り込みの事、バレていたんだ。気まずくなって黙ってしまう。確かに面白がって張り込みしていたのだから。

 あの二人はどういう関係なのか、チョベリババアは誰と待ち合わせしていたのか、自分から聞けない。

 だけど時折、泣いているのか何かを拭うようなしぐさをする後ろ姿を見ていると、胸が苦しくなる。だから俺は駆け出して、わたあめの袋をチョベリババアの背中を叩いた。

「何すんのさ!」

 噛みつくようにチョベリババアは怒る。更に何かを言う前に、わたあめの袋を差し出した。

「あげる」

「……いいよ、いらないよ」

「何にも食べていないじゃん。だから、あげる」

 また「いらない」と言って払われると思ったが、「ありがとう」と言って受け取ってくれた。

 チョベリババアはわたあめの袋を開けて、ニカッと笑った。

「泣いている女の子に優しくするなんて、良い奴じゃん。クソガキ」

「別に」

「私が断言してあげるよ。あんたはモテるよ」

 明らかに面白がって言っているので、俺も「当たり前だろ!」と言った。

「あんたもわたあめ、食べたい?」

 俺が「うん」と頷くと一口サイズにちぎってもらった。

 わたあめを食べるチョベリババアは、昔の小学生に戻ったような表情をしていた。

 わたあめを食べながら、俺達は帰って行った。




 さて俺も高校生になり、成人して、おっさんと呼ばれる年になった。就職した後、会社の命令で他県の会社に配属され、一人暮らしをしている。実家に帰るのはお盆と正月くらいだ。

 

 母ちゃんは相変わらず、秋祭りになると実家に戻っている。

「今日、秋祭りがあったの。それで沙奈枝も娘のココロちゃん連れて帰ってきたのよ」

 チョベリババアこと、沙奈枝姉ちゃんが帰ってきたって事はあの話をしたのかもしれない。嫌な予感がした。

「昔、友達とその彼氏の意地悪で沙奈枝が呼び出されてずっと待たされた上に、悪口言われていたのを小学生のあんたが助けてあげたんでしょ。しかも、その後にわたあめをあげて。もう、この話しを聞くと、お母さんはキュン死になるわ」

 何で母ちゃんがキュンして死ぬんだよ。俺がその話をされて恥ずかしくて死にそうだ!

 そして次にいう言葉も分かっている。

「ほら、昔を思い出して、さっさと彼女を作りな!」

 母ちゃんはこの小話と共に彼女を作れと言うのだ。大きなお世話だ!

「それと沙奈枝が保育園児の頃、迷子になった事を覚えているか? って聞いてきたわよ」

 俺はイライラしながら「忘れた!」と答えた。くっそ! こっちの思い出も掘り返すな!



 あの街も随分と廃れてしまった。商店街のアーケードも消え、お店も少なくなった。

 お祭りはパンデミックの影響で数年はできなかったが、今年は秋祭りを開催したらしい。母ちゃん曰く、規模は小さくなったが賑わっていたそうだ。ただ、なぜかハローウィンのような仮装をしている奴もいたらしい……。


 チョベリババア、じゃくて沙奈枝姉ちゃんは結婚して、中学生の女の子 ココロちゃんの親になっている。旦那さんと一緒に遠方の他県に住んでいるので滅多に帰らない。でも秋祭りに帰ってくると、あの話しをして母ちゃんをキュン死させ、俺は恥ずかしさで死にかけるのだ。あといい加減忘れて欲しい迷子の話しも、だ。


 さて母ちゃんが二人の写真を送ってくれたのだが、ちょっと驚いた。

 娘もルーズソックスを履いているのだ。さすがに髪は染めてはいないけど、見る限りプチ・チョベリババアって感じだ。そして沙奈枝姉ちゃんもルーズソックスを履いて、一緒にピースしている。どうやら仮装して秋祭りに参加したようだ。

 ……時代は繰り返すんだな、本当に。俺、おじさんになって初めて気づいたよ。



 彼女も出来ずに仕事と家を行き来している俺に彼女が出来そうにない。これだとやっぱりチョベリババアの「あんた、モテるよ」の言葉は信じられんな。

 ……まあ、でもわたあめが出来るくらいの砂糖の量くらいは信じようかな? 



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