調査8 ビデオカメラ
夜明けの太陽が昇るまで、高橋ディレクターと五条アシスタントは交代交代で起きていよう、という事で示し合わせていた。しかし、二人とも神経が昂っているのか、あるいは、あのあおい雲の会の窪や大谷、他のメンバーが追ってくるのではないかという危機感、不安感からか互いに眠ることなく、夜明けを迎えていた。もちろん、私自身も、眠ることはなく、後部座席でじっと夜明けを待っていた。
夜明けの太陽がまぶしい日差しの中、私たちは車から降りた。
あおい雲の会が乗ってきていた車は、変わらずに駐車場に停まっている。
「行くぞ」
金属バットを杖のように突きながら、高橋ディレクターは歩き始め、それを追う形で五条アシスタント、私がついて歩いた。朝の山道は昨晩と比べて随分と歩きやすかった。とは言っても、気を張っているのが常だった。また、いつ何時、あおい雲の会のメンバーと遭遇しないという保証もない。
2時間ほど歩いたころであろうか。
肩で息を始めた頃合いに、高橋ディレクターがスマホをぐいっとこちらに向けた。
画面には、地図アプリが表示されており、赤いピンが地図に打ち込まれている。
「昨日のうちに、地図アプリにあの場所を覚え込ませておいた。これから見るに……あと、少しだ」
高橋ディレクターの抜け目ない行動に、私は呆れよりも感心していた。
アプリの表示のままに進むと家につく、そういう確信がここにおいて得られたのである。そして、その確信があったから、高橋ディレクターはここまで進んできたのだ。高橋ディレクターの先導のままに道なき道を進む。少し歩いた頃であろうか、高橋ディレクターが足を止める。
そこは山の中にあるだだっぴろい空間だった。
そこだけ、木も茂みも生えておらず、地面がむき出しだ。
「ここだ」
高橋ディレクターは、そういって足を止めた。
何もない。
家の影形どころか、基礎のあった様子もない。
「本当にここなんですか?」
「俺を疑うのか、五条。地図アプリではここがそうなってるんだよ」
「じゃあ、アプリのエラーとか、GPSエラーで違う場所をブックマークしたとか」
「んな馬鹿な」
「あ」
高橋ディレクターと五条アシスタントが言い合うの他所に、私はその開けた空き地、むき出しの地面に何かが落ちているのに気が付いた。そして、それが何かと目を凝らしたと同時に、声を漏らしていた。
間違いない、私のカメラだ。
と、認識するよりも先に、私は走り出しており、カメラを手に取る。
「おいおい、それ、カメラ」
「昨日、堀江さんがあの家に置いてきたんです。ということは」
「ここが、そうだってのか?」
「じゃあ、連中は?」
高橋ディレクターと、五条アシスタントが言い合う。
「おい、それ、カメラ。動いてねーか?」
私は首を横に振る。録画を知らせる赤いLEDランプは点灯しておらず、停止しているのは明らかだった。
私は録画されたデータがきちんと残っているかを確認するために、ビデオカメラをチェックした。
「高橋ディレクター、これ、これ。何か残ってますよ」
「本当か。おい、見せてみろ」
私は高橋ディレクターに言われるのとほぼ同時に、残されたビデオを再生した。
**************
迷い家のリビングが映される。
「くっそ、あいつら……」
窪がぼやきながら大谷をゆすり起こす。
大谷は頭を抑えながら、何とか立ちあがった。
そこに、他のメンバーがぞろぞろと玄関の方から現れる。篠田、島田、細川、落合だ。
みな、体を抑えて痛みをこらえている様子だ・
「お前らあの女を始末しろって言ったろ」
「無理ですよ、窪さん。あいつ、金属バットでフルスイングしてくるんすよ。たぶん、折れてますよ」
「っち、まあいい。追うぞ」
「このカメラ持っとけよ、大谷」
カメラを大谷が手に持って、ぞろぞろと連れ立て動き始めたときだった。
玄関を開けたとき、家の外に、黒い影が立っていた。
一つ二つどころではない。無数の影である。
「おいおい、なんだよあれ」
「ふざけんな。家の中戻れ戻れ」
「おい、早く鍵をかけろ!」
あおい雲の会のメンバーがそう口々に叫びながら、家の中へと戻った。
が、突如として野太い悲鳴が上がる。窪の声だ。
カメラが窪を映す。
窪は腰が抜けたようにへたり込み、リビングの方をみて指さしていた。その方向へとカメラが向く。
頭が潰れた大隅雅代が直立していた。
悲鳴と共にカメラが揺れる。
大谷が暴れるように、二階への階段を上っていき、二階の部屋に入る。
カーテンを片手でぐいっと開けて、窓を開ける。
家の外には、黒い影が蠢ていている。近寄ってくる様子はない。
悲鳴と共に、大谷が二階の窓から飛び出した。
衝撃音とうめき声が記録される。
カメラの映像が回転し、停まる。
大谷はフクロソウのそばに落ちていた。ただ、足を痛めたのか這う形で家から遠ざかろうとする。
「あ」
大谷の前に一人の男が立っていた。
登山の服装をした男だ。
それを見て、大谷は悲鳴を上げながら、急いで家へと戻っていく。
カメラには興味を失ったのか、地面に残したままだ。
カメラが動く。
カメラを何者かが持ち上げて、家の方向へとレンズを向けた。
這う形で家へ近寄っていく大谷は、なんとか家の扉を開けて、中へと入っていった。
カメラは徐々に家から遠ざかり、フクロソウの傍に直立する男を映した。
それから、ふっと、消えた。
迷い家も、男も、家を囲む黒い影も消えた。
そして、ビデオカメラの録画が停められた。
**************
ビデオカメラの映像を確認した私たちSOC企画は、事務所へと戻った。
それから、しばらくして、あおい雲の会のホームページを見つけた。一週間ほど更新がないかを確認していたが、ホームページは一向に更新される事なく、過ぎて行った。
そして、大谷や窪が言っていた■■■大学に登山サークルについて聞いてみたが、何も教えてはくれなかった。もともと、卒業しているような歳であったから、おそらく、何も知らないであろうとは思っていたので、たいしたショックはなかった。
「あのよ、牧っていたじゃん」
「いましたね」
「あいつって、どこから来たんだろうな」
高橋ディレクターは、ぽつりとそう呟いて、とあるパソコンの画面を指さした。
■■■市の行方不明者として、ホームページに載った一覧である。
その行方不明者は……
大隅雅代(63歳)
窪和明(26歳)
大谷かおり(25歳)
篠田睦美(25歳)
島田邦夫(25歳)
細川壮士(26歳)
落合洋平(26歳)
牧、という青年はその一覧にはいなかった。
今でもストリートビューで、あの迷い家は見つけられる。