調査7 迷い家の終わり
リビングのガラス戸越しに見える高橋ディレクターの姿は、金属バットを肩に担いで仁王立ちである。
「千本ノックの時間だ、おらぁ!」
ガラス戸越しにもわかるように大きな声で、叫ぶとひょいと何かを中空へ投げると金属バットをぶんと振った。
突如に、何かがガラス戸を突き破って、リビングの中へと飛び込んでくる。その何かは壁に激突して床を転がった時、石であるとわかった。拳の大きさほどありそうな石だ。カキン、ともう一回音がして、またまた、壁に何かが激突し、転がる。さらにもう一度。
高橋ディレクターは、金属バットで石ころを打ち込み続けているのだ。
おそらく、当たればただでは済まない。
窪と大谷は、当たらないようにリビングの奥、キッチンへと逃げ込んでいた。
「おい! 堀江! 五条! 今のうちにこっちに逃げてこい!」
高橋ディレクターが叫び、さらに、一球。
私は、転がるように姿勢を低くしながらガラス戸の方へと向かった。すでに、ガラス戸は破られており、逃げ出すことは容易だった。が、ここでキッチンが目に入った。キッチンの机の上には私のビデオカメラが置かれている。それを残して逃げ出すことは出来ない。
ぐるりと体を回転させて、立ちあがるとキッチンへと近寄った。
「この野郎!」
そこを狙って、これ幸いにと大谷が鍬を振りかぶって襲ってきた。
それが見えたとき、同時に、大谷の頭に何かがぶつかったのも見えた。何がぶつかったのかを考える余裕はないが、高橋ディレクターが打ち込み続けている石であろうとは容易に想像できた。それを受けた大谷が膝から床に崩れ落ちる。
さらにキッチンへ近寄ろうとした時、窪がスコップを手に近寄ってくるのが見えた。
振りかぶる構えではなく、突き刺す構えだ。
が、石が飛んできて窪をキッチンの奥へと押し戻す。投石で大谷が倒れたのを見て腰が引けているようだ。
「堀江さん、逃げますよ!」
ぐいっと後ろから五条アシスタントに引っ張られた。
見れば、五条アシスタントはケーブルを引きちぎり、両手が自由になっている。
私は、「でも、でも、」と少しばかり言葉で抵抗しようとしたが、行きますよ、と半ば強引に引っ張られて、開いたガラス戸から庭へと飛び出した。
ほとんど、同時のタイミングで高橋ディレクターが、アルミの雨戸を横にスライドさせて、ガラス戸を閉めた。
「逃げるぞ! 五条、堀江!」
その高橋ディレクターの掛け声に合わせて、私たちは夜の森の中へと逃げ込んだ。
どこをどう走ったかはは覚えていない。ただひたすらに、木の根に躓いてこけたりしないように、他の二人に離されないようにと、考えながら、そして、もっと言うと、ビデオカメラをどうしてあの場に残してきてしまったのかを後悔していた。代わりに使い始めたスマホで録画を開始したが、心許ない。
気が付くと、山を下りていた。
三人して駐車場に停めていた車の陰に隠れて、肩で息をする。
「事務所、戻ったら、運動の、靴を、買うわ」
「そう、して、ください」
「素振り以外にも、ジョギングも追加だ、な」
金属バットを杖代わりにする高橋ディレクターと五条アシスタントが、そう互いにいう。
「高橋ディレクター、あの、他のメンバーはどうしたんですか?」
「あ? あぁ、なんか外で待ってたら襲ってきたからよ。これで、ガツンとよ」
金属バットを両手で握って示しながら、高橋ディレクターは言った。
それであれば、私たちの所に大谷と窪しかいなかったのも納得がいく。他のメンバーは、高橋ディレクターを襲いに行き、そして、そのまま返り討ちにあったのだろう。彼らには同情しそうになったが、命を奪いに来られて手加減が出来るほどの人はいないと思う。
「それとだ。堀江。カメラなんだけどな。諦めろ」
残酷な宣言ではあったが、仕方なく受け入れるしかない。
それどころか、私としては高橋ディレクターが殺人罪とかで捕まらないかという心配が浮かんできた。
人に向けて石を打ち込んだのだ。傷害罪は免れないだろう。
ハイエースに乗り込み、スマホのカメラで撮りながらそれを吐露する。
「ばっか。殺人未遂に対する正当防衛だよ、正当防衛。だいたいな? 誰が警察に訴えるんだよ。殺そうとしたら、石をぶつけられたんです、なんてよ。下手したらあいつらが逮捕だ」
そう高らかに笑う高橋ディレクターが、ハイエースのアクセルを踏んだ。
「ともかく、一旦、会社戻るぞ」
「今回ってもう利益ないですよね」
駐車場の入り口にさしかかった時、五条アシスタントがぽろりと呟き、高橋ディレクターが、ブレーキを踏み込む。
急制動に私はぐんっと体が前につんのめった。
しばらく、高橋ディレクターは沈黙し、ハザードランプのたてるチッカチッカという音だけが大きく聞こえた。
「明日の朝まで、どっかで隠れて、明るくなってからビデオカメラ取りに戻るぞ」
高橋ディレクターは、そう呟いた。
絶対にそうする、という強い意志がこもった声だった。