調査5 迷い家
家の中は想像していたものと異なっていた。
迷い家というからには、如何にも古臭い家の間取りを想像していた。土間があり、囲炉裏があり、縁側があったりと、いかにも日本昔話に出てくるような家の間取りであると思っていた。が、山中に突如として現れたその家は、いかにもな現代風な家で、フローリングのリビングや家具店で売ってそうなソファが置かれている、三種の神器である冷蔵庫やテレビまであった。
ここまでで見れば、少し変わり者が山の中の土地を買って、そこに家を建てたのだとでも強引に解釈できるが、そう解釈できないだけの理由も、またあるのだった。
一つは玄関だ。
私たちがこの家を見つけて足を踏み入れるため、玄関扉を奥へと開けたのだが、鍵はかかっていなかった。鍵がかかってないことが問題でない。扉が内側に開いたのだ。よくよく考えてほしい。家の玄関は、たいてい、家の外へと向かって開く。これは一つ理由があって、内側に開くと、玄関内での靴の行き場がないからだ。また、欧米では防犯などを理由として内開きにしているという事もある。日本でもホテルは避難の妨げにならないように内開きだ。
しかし、もちろん、ここは日本であり、玄関には靴を揃えるスペースもある。当然、ホテルではない。
それであるのに、玄関扉が内開きであるのだ。もちろん、施工主、家主たっての希望で内開きにしたのかもしれない。
ほかにも違和感がそこらかしこにあった。テレビを点けようと電源を入れるも、電源は入らない。そして、家に電気の引き込み線のようなものはなく、家の周りを探しても発電機らしきものはない。つまり、電気がないのに、この家には家電がある。
手入れの行き届いた庭があり、そこにはフクロソウの紫の花が咲いていた。また、何かを植えたのか土が一部掘り返されているのが見える。
人が住んでいそうで、住んでいるはずがない。そういう印象があった。
「わけわかんねぇ家だな」
高橋ディレクターは、懐中電灯で家の中をあらかた探索し終えて、私たちSOC企画の三人の共通の評価としてはそういうものであった。もちろん、そういう訳の分からない家を作る事に文句はない。だが、意図が読めないというのは恐ろしいものであり、そして、この家が本当にここにあるのかどうかも怪しくなる。
大隅雅代とその他のメンバーは、ひとしきり喜んだあとに家の中で各所へと散っていった。それぞれが何かしらのお土産を求めているのだろう。
「この家、私たちが帰ったら消えてたとかありませんかね」
「五条、怖い事言うなよ。なぁ、ビデオには映っているんだよな、堀江」
私は携帯端末をポケットから取り出して、カメラとして家に向ける。問題なく、映る。
そのことを伝えると、高橋ディレクターは安心したようにそうかそうか、とだけ答えた。
「まぁ、なんだ。本当に家があったんですからこれで調査を終わりとしませんか?」
「おい、五条何言ってんだよ。それはそうかもしれないけどよ、誰があのストリートビューを投稿したのか、その目的とかを追わなきゃ。場所もわかったし、家もわかった。なら、これを建てた施工業者とかを当たれば、所有者に行き当たるって」
「迷い家の話が本当なら、この家の持ち主っているですかね」
「こうやって実際にモノがあるんだ。なら、必ず、登記だのなんだのはあるって、五条、俺を信じろって、な?」
「そこまでする必要あるんですかねぇ。でもせっかくなら、もう一回中に入って、何か持って帰りませんか? 本当に迷い家なら、お土産に幸福があるかもしれませんよ。なーんてね」
五条アシスタントがふざけて提案した。
私もそれを聞いて、少しだけ頬を緩める。とてもではないが、本当に迷い家というのであっても、私は何かお土産を持って帰ろうという気にはならなかった。というのも、仮にもしもであるが、家に持ち主がいる場合なら、その家の物を持ち出すのは窃盗になる。
それを聞いて、高橋ディレクターは小さく笑った。
「おいおい。もちろん、当然だろ? 俺なんてもうすでに持ち出してるぜ?」
「ちょっと、何やってるんですか! 窃盗じゃないですか」
「いいだろ。お前、こんな家に持ち主がいるわけねーだろ。お前が言い出したんだぞ。お前こそ、持ち主がいると内心思ってるんだろ。だから持ち出さないんだろ」
「それは」
五条アシスタントが口ごもるのを見て、私は話題を変えるために、高橋ディレクターにカメラを向けた。
「ち、ちなみに、高橋ディレクター。何持ち出したんですか?」
「野球バットだよ。甥っ子が甲子園目指してるからな。そこの茂みに隠してある」
「婚活に向けたアイテムじゃないんですね」
「結婚相手はな、こういう変なので手に入れたくないの!」
甥っ子の甲子園はいいのか、と言いたくなったが、ここで言うと余計にこじれそうなので黙っておいた。
しかし、それを受けると、五条も気が変わったのか、家の中へと戻りたい様子を醸し出してきていたのか。
「もう一回、中の映像を収めておきます?」
と、露骨な提案をしてきた。私はそれを断るだけの気力もなかったし、後々の素材の為に、多くの映像を収めておきたかったのはある。編集作業において、素材があればあるほど助かるのだ。そう考えると、もう一回、家に入るのは魅力的に見える。
そうなると、もう一回、家の中へと足を進めていく。
玄関扉を内開きに開けて、そのまま、奥へと進む。廊下を進み、リビングを横切る。
奇妙な事に気が付いた。
人の気配がない。
青いくもの会のメンバーが何人か中にいるはずなのであるが、その気配がない。しん、と静まり返っている。
「何か変ですよ……」
五条アシスタントが小声で呟いたのが大きく聞こえるくらいには、静かだった。
私はカメラを構え、もう一方の手でライトの照らす先を操りながら進んだ。
いくつかの和室を横目に通り過ぎて、どんどんと奥へ進んでいく。
家の一番奥にはトイレと浴室があるはずだ。
ぎっと脱衣所につながる扉を開ける。正面にある洗面台に懐中電灯の光が映って、一瞬、目がくらむ。左手側にあるすりガラスの扉、その向こうから水が落ちるような、水滴が落ちるようなぴちょん、ぴちょんとした音が聞こえてくる。その扉を懐中電灯を持っている手で押し開けた。
大隅雅代が死んでいた。
浴室の中、浴槽にもたれかかるように、大隅雅代が死んでいた。
指先に伝った血が、ぽたん、ぽたんと空の浴槽に落ちる。
「五条さん、これって」
振り向いた私の前には、窪が立っていた。
窪は大きく手を振りかぶっていた。
それが、私が意識を失う前、最後に見た光景だった。