調査4 森の中にて
休憩を適宜取りつつ、あおい雲の会と我々SOC企画は青雲山を登っていく。
暗い夜の山の中で休憩とっても、休まることはあまりなかった。皆で集団で寄せ合って腰を下ろしているというのに、辺りでは何らかの気配がする。ガサガサと藪を動く何かの音であったりは、木々の隙間を吹き抜けていく風が起こすのか、はたまた、熊や鹿などといった獣が立てる音なのか。そういう音がするたびに、そちらへと注意を向けた。
頼りない懐中電灯で、辺りを照らしてみたところで、慰めにしかならなかった。
高橋ディレクターと、大隅雅代、窪が写真を懐中電灯で照らしている。
「どうだ? 場所に見覚えは?」
「この木の並びは……どうでしょう、先生」
「いいえ、この写真からでは、あまり正確には場所を割り出せないわ。見覚えもない」
大隅雅代と窪は非常に困ったように、やりとりをしていた。
無理もないと思う。実際の所、写真一つで、明確な目的の場所がわかるとは思えない。
もっとわかりやすい目印があれば別であるが。
大隅雅代と、窪が互いに「あの場所か」「いや、この場所では」と言い合っているのを尻目に、高橋ディレクターと五条アシスタントが少し離れたところに集まった。私もそこに近寄って会話による。
「どう思います? 高橋ディレクター」
「信用できると思うけどな」
「でも、胡散臭すぎませんか?」
「こんな山奥の森の中で、他に誰を信用しろっていうんだよ」
高橋ディレクターの言うのもその通りであった。山奥の森の中で放置されたら、我々は遭難する自信があった。
しかし、五条アシスタントはどことなく、彼らを信用しきれないというのも、わからないでもなかった。
どこか秘密を隠している。
そういう雰囲気があおい雲の会から感じ取れたのも、事実だ。
だからからか、高橋ディレクターはストリートビューから導き出していたおおよその位置を伝える事はせずに、ストリートビューの画像しか持っていない、という風を装っていた。それが伝わっているからか、五条アシスタントも、話を合わせてすっとぼけている。
「迷い家ですけど、今晩中に見つかると思います?」
「思う。というか、そうあってほしいな」
五条アシスタントに対して、高橋ディレクターはそう願う心境を吐露した。分の悪い勝負であるというのは理解しているのか。すがるような声色ではあった。ここまで来て、何も収穫0というのは避けたいものだ。それが我々の共通認識であった。
そうこうしていると、ガサガサと人の気配がした。そちらへと目を向けると、あおい雲の会の若いメンバーが、鍬や槌を杖代わりに付きながら、こちらへと歩いて寄ってくる所であった。彼らは頭に懐中電灯を巻いている。
若いメンバーは、大隅雅代へと近寄ると
「先生、終わりました」
短くそう報告した。
それを受けて、ありがとうね、と大隅雅代が簡単に返す。
「あの、何をしてきたのですか?」
五条アシスタントは不思議に思ったのか、若いメンバーの一人が大隅雅代から離れたとき、そう問うた。
若いメンバーの女性、道中にて名前を聞いていたが大谷が、鍬を少し持ち上げて見せる。鍬はまだ買って間もないのか、確かに鍬の刃先は土や泥のようなもので赤黒く汚れてはいるのであるが真新しいもので、持ち手の柄の部分には、バーコードのシールが貼られていた。
「これで、登山道をちょっと崩すんですよ」
「崩す? それは何のために」
「この山に他の登山客を入れないようにするためです。迷い家を他の登山客に見つけられても困るから。で、じゃあ、山の登山道をある程度崩してしまえば、もうここに登ろうとする人は減るでしょう? そうすれば、私たちが迷い家を見つけやすくなるというか」
「え、それじゃあ、帰り道がわかりにくくないですか?」
「そこはコツがありますから、全部崩さずに、ある程度、登山客が減らせればいいのですから」
なるほど。
やっていることは理解できないが、節度は理解している様子である。
「え、でも、それって」
五条アシスタントがさらに追及をしようとした時だった。
「本当か!」
と、高橋ディレクターの声が聞こえた。
見れば高橋ディレクターはいつの間にか、また、大隅雅代と窪の方へと寄っており、その中心にあおい雲の会のメンバーが一人いた。そのメンバーは写真を手にしており、少し興奮しているのか、大隅雅代と窪の方を頻繁に交互に顔を向けている。それに併せて頭につけた懐中電灯の光が左右に揺れる。
「えぇ、ここ、なんとなく雰囲気がわかります」
「お前、どうしてわかるんだ? こんな暗い写真だぞ」
「でも、この写真を撮ったのは、たぶん、ここっていうのはわかるんですよ。ほら、ここ」
「おう、おう、わかった。わかった。お前、いや、君、名前は」
そのメンバーは、牧と名乗った。高橋ディレクターは、牧の背中をバシバシと叩き、これで解決に向けての一歩前進が出来たという確信を得ていた。牧は、あおい雲の会のメンバーとして参加しているが、本来は、植物学を潜行する学生であるらしく、登山道を破壊して回っていた中において、そこの木々の種類をよくよく観察していたそうだ。
植物学を学ぶ人間として、こういう登山道を破壊するのは如何なものか。
と、合わせて聞いてみたが、彼は笑顔で答えた。
「こうやっておけば、誰も荒しに入ってこないでしょ? 植物の保全ですよ」
独特の世界観を持っている様子である。
とにもかくにも、重要な手掛かりを得た。牧を案内役として先頭に立たせ、道とも言えぬ道を進んでいく。藪をかき分け、木の幹に手をつき、地面から露出した木の根っこに転ばぬように慎重に、歩みを進める。何度か転びそうになりながらも、森の中を進む。
何処をどう進んだのかはわからない。きっと、おそらく牧が居なければ帰る事は叶わないだろう。
疲れて肩で息をし始めたのは、まずは私だった。次いで、高橋ディレクターが、最後に五条アシスタントが涼しい声で、疲れましたね、と言い始めたであろうときに、隊列の足が止まった。
顔を上げた私は驚きで声も出なかった。
家があった。