調査2 ■■■市
■■■市は、車で走らせて一時間ほどの所にあった。昭和の市町村合併により誕生した市で、その時は大々的な人口を誇ったが、少子高齢化に伴い人口は都市部へと流出している。また、もともと山間部にある市町村でもあるので、産業が林業や農業が主産業であった。とくに、桑がよく採れたそうであるが、養蚕業の衰退とともに、そして、後継者不足により廃業が多く、桑畑も多くが休耕地となっている。
問題のストリートビューは、その■■■市と隣接する市町村との間にある山が撮影地であった。
「のどかなところですね」
登山道入り口近くの砂利敷きの駐車場で、ハイエースの扉を閉めながら、五条アシスタントは大きな体で大きく伸びをした。
SOC企画の事務所からここまで、車でぶっ続けで運転してきた彼は、疲労しているであろうに、その様子があまり感じられない。長閑な田舎町の風景において、二メートルほどの巨体を持つ五条アシスタントがさらに大きく伸びると、より人目を惹いてしまいそうであった。
が、登山道入り口の駐車場には、車があまりない。
この問題の山、調べたところによると青雲山というらしく、あまり登山向けの山ではないらしい。確かにもともとは登山口や登山道は整備されていたが、豪雨災害により登山道の大部分が被害を受け、それに対する復旧が進んでいない。そうなると道も険しくなり、人が来ない。すると、それほど知名度のない山であり、登山客もいないので、そこまでして力を入れる必要がない。
そういう悪循環から、もう、整備する気もないのだろうと思われた。
今、登山口から伺える、藪や茂みが広がっていながらも、辛うじて、登山道として残っているのも、数少ない物好きな登山客が登るのかで、半ば獣道として自然に生まれたのだと思われる。
「おい。堀江、五条」
車から降りた高橋ディレクターは、長い髪を後ろで一つにくくりながら口を開く。
服装はブランド物の登山に向いた長ズボンに長袖で、動きやすい服装だ。
「まずは、近辺に聞き込みしてこい。こういうのは、そういうのが大切だ」
高橋ディレクターはそう言って、バン、とハイエースのスライドドアを閉めた。そして、駐車場を拠点として、近辺に聞き込みを始めることにした。ひとまずは、当該の家を知っているか、山の中で見たことがあるかどうか、である。
が、これは私はあまり収穫があるとは思っていなかった。事実、駐車場に停まっている車の持ち主の何人かに声をかけてみたりもしたが、ストリートビューの家を見たことはないと皆、口を揃えていう。
正直に言ってしまうと、予想通りではあった。ここの駐車場に至るまでにおいても、■■■市に入って山が近付くたびに所々で聞いて回ってはいたのだが、誰もあまり詳しくないという。それどころか、夜に山に入るのは危ないから止めろ、と常識的な忠告をしてくれる人もいた。
が、意外なことに、駐車場を管理している夫婦が、有益な情報を与えてくれた。
「あの人達なら、知ってるかもしれない」
と、老婆が言ったが、それを老爺は力強く否定した。否定とは違う、おい、やめな、と留めたのだ。
「あの人たちというと、どなたですか?」
五条アシスタントが、老婆へと水を向ける。
「毎晩毎晩と山に登っていく集団がいるのです。その人たちならば、何か知っているかと思いまして」
「集団というと、どこかの登山サークルとか?」
「登山サークルなら、いかにもな登山服を着ているでしょう? ほら、あそこらへんにいる方とかのように、あなたのようにブランドの登山品を身につける。でも、その人たちは、少し違ってねぇ。装備が貧弱なのよ。でもってね、ちょっと声かけてみたら、変な宗教で」
「変な宗教」
そう、と老婆が肯定し、さすがに、それ以上はと思ったのか、老爺が無理に引っ張りその場を離れた。
が、その情報ほど有益なものはないと感じられた。一つは夜になると謎の宗教団体が、山に入っているということだ。おそらくは、その集団であれば、この青雲山に関しての情報をよくよく知っているのではないかということ。もっと言ってしまえば、見たことがあるかもしれない。
それよりも、もっと言ってしまうならば。
「そいつらが、ストリートビューにあげたんじゃねーの?」
高橋ディレクターは、煙草を取り出しながら言った。
あり得ない話ではない。その謎の宗教団体が、何かしらの目的をもってストリートビューに画像をあげた。そう考えると、辻褄としてはあう。もっとも、それが正しいとなると、こんどは理由がはっきりしないという事になるし、また、それとは別に、あの家はなんなのかという疑問は残ったままである。
とは言っても、一歩前進している。
ハイエースの中で、私たちは夜になるのを待った。
日が沈んでいくにつれて、少ない登山客が山から降りてきて、一台、また、一台と車が消えていく。五条アシスタントは運転の疲れが出たのか後部座席で眠り、高橋ディレクターだけは助手席から周囲を伺っていた。特別に何かある様子はなく、ただ、無為に時間が流れて行くように感じ始めた。
「今日は来ないのかもな」
「そういえば、宿泊ホテルとかとってるんですか?」
「とってない。うちにそんな予算はないんだよ」
「今回の諸経費も出るんですか?」
「それはなんとかだ。インターネットで配信して、ばんばん儲けるんだよ。安心しろ」
そう上手くいくのか私は、どことなく不安しか感じられなかった。
夜が深まるにつれて、山の黒さが増してくる。月明かりしかない山は、静かなもので、人がいるような感じはない。
持って来ているビデオカメラのバッテリーを気にしながら時間を潰していると、ぱっと明るくなった。
「来た来た来た」
小声で、助手席に座っていた高橋ディレクターが後ろにいる私に声をかけてくる。私はカメラを構えながら、空いている手で、寝ている五条アシスタントを叩いた。五条アシスタントはびくりと体をすぐさまに起こして、すぐに仕事の構えに入った。
フロントガラスから外を通してみると、一台のバンが駐車場に入ってきたところであった。ちょうど、我々が乗っているようなハイエースのような車だ。車は登山口から一番近い所に停まると、少しして、エンジンを停めた。そこから、わらわらと人が降りてくる。
確かに老婆がいうように、本格的な登山客には見えない。
最後に一人の女が下りてきたとき、それは確信に変わった。大きな数珠を首から下げていたからだ。
「行くぞ」
高橋ディレクターが、そう言って、車から出て行った。