調査1 SOC企画
「どう思うよ、この投稿」
SOC企画の高橋ディレクターは、五条アシスタントと私ことカメラマン兼ライターの堀江に中村裕司(仮名)の投稿を印刷したプリントを手渡しながら聞いてきた。机の上に置かれたマグカップをずずずっと高橋ディレクターが一口、二口飲んでいる間に、五条アシスタントも私もその投稿を読み終えていた。
「私は胡散臭いと思いますよ。だって、読者投稿なんて真偽不明ですし」
「馬鹿かよ。それを言ったら、おめぇ、心霊ネタなんて全部真偽不明だよ」
「それはそうですけど。じゃあ、高橋さんは信じてるんですか」
「別に信じてるわけじゃねぇよ。あったら面白そうだからだよ」
「面白そうって」
「面白けりゃなんでもいいんだよ。あったら面白い、無かったら次。信じるかどうかはあるかどうかだよ」
高橋ディレクターは机の上に置いたポシェットから煙草の箱を取り出す。乱雑に入れていたのであろうか、箱はくしゃくしゃである。
煙草の葉がポロポロと机の上にこぼれるのを、五条アシスタントは嫌そうな顔で見た。
「じゃあさ、じゃあさ」
その葉を無視するように、高橋ディレクターは煙草を一本取り出すと、指で挟みこみ話を続ける。
「ここに、そのストリートビューの画像があったら、五条、お前もあるかもって信じるよな」
「そりゃ、そうですけど、この連絡先にURLを送ってもらうんですか?」
「ある」
五条がもごもごと口ごもって出した疑問に、高橋ディレクターはきっぱりと答え、空いている手で紙を取り出して、机の上に、裏向けて置いた。その勢いで、煙草の葉がふわりと浮いて、五条の方へと飛んでいくが、気にする様子はない。
それが先ほどの読者投稿であることは間違いない。
おそるおそるというように、私はプリントへと手を伸ばした。
が、それを、ふいと抑えるように、高橋ディレクターはプリントに手を添えた。
「ここにストリートビューをプリントアウトして写真にしてある。やるか?」
高橋ディレクターがまっすぐに、私と五条アシスタントを見た。
五条アシスタントは、ため息を一つ吐き出して、首を縦に振る。
「わかった、わかった、やりますよ」
「そうこなくっちゃな。おい、堀江。きちんと、記録しろよ」
私は、もちろん、と答えながらじっと、写真がめくられるのを待った。
めくられた写真は、ほとんどが黒塗りのようであった。が、かすかにその黒さに濃淡があり、森の木々の様子が伺い知れた。夜の森がどれほどの暗さを持っているのかが、よくわかる。
であるから、こそ、余計に。
その写真の木々の間から覗き見える白い家が、はっきりと映えた。
「本当にあるんですね」
五条アシスタントがぽつりと呟いた。
このストリートビューがあることも、この家がある事も半信半疑ではあったのだ。
「でも、このストリートビューからじゃ、どこにあるのかわからなくないですか?」
「そこが問題ないんだよ」
机をばんと叩きながら、五条アシスタントの質問に高橋ディレクターは同意した。
いちいち、動作が派手派手で人目を惹くのが、高橋ディレクターの欠点でもあり、特徴だ。
「この写真からだと、あくまで森の中というのはわかる。だけども、どこの森かというのはわからない」
「ですね。でも、ごめんなさい。高橋さん。自分から言っておいてなんですけども、なんとかできるかもしれません」
五条アシスタントそういうと、写真を自分の方へと手繰り寄せた。
「この写真なんですけども、これ、ストリートビューのサイトから直接に印刷しました?」
「あぁ、そうだよ」
「なら、ストリートビューに場所が明確に、記されているはずなんです。だから、すぐにわかるはずです」
五条アシスタントの言う通りだった。高橋ディレクターが、再び表示したそのストリートビューには、撮影地が表示されている。撮影地は、日本国内の■■■市にあるとある山奥であった。さらに幸いな事に、撮影者のアカウントも表示されており、そこからの追跡調査は容易であるように感じられた。
が、アカウントから調べるのは不可能であった。
というのも、そのアカウントは、捨てアカウントのようなもので、投稿者の素性をおうことは不可能であったからだ。
となると、自然と、その■■■市の現場に行くしかなかった。
「じゃあ、調査開始と行きますか」
「あの高橋さん、悪いんですけど」
私は今まさに椅子から立ち上がって、部屋を飛び出していきそうな雰囲気の高橋ディレクターに声をかけた。
「せめて、服は着替えてから行ってもらっても良いですか?」
高橋ディレクターは、怪訝そうな顔を浮かべた。
五条アシスタントも首を縦に振る。
「流石にそのファッションで山に行くのは、ちょっと」
高橋ディレクターは、ボディラインのくっきりと目立つ赤いドレスで今の今までの話をしていた。そして、流石にそのままのファッションで山に行くのは、傍目から見ても気が引けた。
そうである。
高橋ディレクター。本名、高橋玲奈。30歳独身の女ディレクターだ。
「あ、当たり前だ! 昨日が婚活パーティーなんだよ! 婚活! もちろん、着替えてから行くっての!」
そう叫ぶように、言い捨てると部屋を出て行った。
ふうっと長くため息を吐き出しながら五条アシスタントは肩を竦める。
「まったく、私みたいにもうちょっと落ち着けばいいのに」
五条アシスタントは、身長二メートルほどという体格で、長袖のぴっちりとしたシャツで目立つ腕を組みながら言った。
本名、五条秀平。25才のSOC企画のアシスタント。 私は知っている。
彼のそのシャツの下には、全身タトゥーまみれであるということを。
「とりあえず、SOC企画の調査、始めましょうか」
私はそう言って、カメラの電源を切った。