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リオス様とファティアスお兄様



 ど、ど、どうしよう、どうしよう。

 リオス様だわ……!

 私たちの班を、午前中いっぱいを使って学園の中をご案内してくれるのが、リオス様なんて……!


 死ぬかもしれない。

 今日は私の命日。死因は学園のオリエンテーション。


「シドニー、入学おめでとう。昨日は慌ただしくて、挨拶がきちんとできていなかったから。改めて。今日も凛々しくて素敵だね、僕のシドニーは」


 お兄様が私の目の前でシドニーさんに絶好調で愛の言葉を囁いている。

 私のお兄様ファティアスは、私と同じミントグリーンの髪と青い瞳を持つ、小柄な美形である。


 小柄な美形と言えば聞こえはいいけれど、黙って立っていると儚げな女性に見えてしまう。

 そのせいで今まで何人かの男性たちの道を踏み外させてきたらしい。


 男性に攫われそうになるファティアスお兄様を、シドニーさんが助けるというようなことも結構あったようだ。

 それ以外にも、お兄様はよく誘拐される。


 お兄様の聖獣は、お兄様の周りをふわふわ浮いている羽つき魚のサルビアである。

 サルビアは傷を癒すことができるけれど、戦う力はない。


 お兄様も本より重たいものは持ったことがない方だ。だから、よく誘拐されそうになる。

 助けに来てくれたシドニーさんの武勇伝を、お兄様は時々うっとりしながら私に話してくれる。


「ファティアスも元気そうで何よりだ。学園では怖い思いはしていないかな?」


 シドニーさんはお兄様の愛の言葉に慣れている。

 余裕の表情で、いつものようにきらきらしながら言葉を返した。

 ついでにお兄様のほっそりとした手を、騎士のような仕草で握りしめる。

 シドニーさん、格好良い。シドニーさんは女性だと知っていても、ほれぼれしてしまうわね。


「皆、挨拶もまだなのに、久々の婚約者との逢瀬に夢中になってしまった。ごめんね」


「いいのよ、シドニーちゃん」


「……シドニーさん、……いいです、とても、とてもいい」


 シドニーさんに謝られて、エミリーさんとリリムさんはにこやかに大丈夫だと頷いた。

 エミリーさんはにこにこしているけれど、リリムさんは頬を染めてうっとりしている。

 両手を胸の前で組んで、潤んだ瞳で上目遣いでシドニーさんを見つめるリリムさんの様子が大変可愛らしくて、私はその様子を見つめながらなんだかどきどきしてしまった。


 リリムさん、大人しそうに見えるのだけれど、どうにも無性にきゅんとくる仕草をするのよね。


「リリムちゃん。色々噂は聞いているけれど、駄目よ」


「御心配には及びません、エミリーさん……。私はわきまえた女……人のものには触れない、これはとても大切な、心得です……」


「そう、よかった。せっかくお友達になれたのに、争いごとはごめんだもの」


「それは私も同じです……私は、お友達は大切にする女……」


 エミリーさんとリリムさんが、顔を寄せ合ってこそこそ何か話している。

 私は二人とははじめましてだけれど、二人ともご実家が王都にお店を持っているから、もしかしたら知り合いだったのかもしれない。


「お二人とも……こちらは私の兄の、ファティアス。シドニーさんとは婚約しているのです」


 私は二人にお兄様を紹介した。

 お兄様はにこやかに微笑んで、二人に軽く会釈する。

 お兄様の隣にいるリオス様は――あぁ、どうしよう。今日も輝いている。

 それに、こんなに至近距離で同じ空気を吸っているなんて。直視できない上に、美味しい空気の過剰摂取で死ぬかもしれない。


『ティファナ。好かれる努力を。挨拶をしよう、きちんと目を見て、ごきげんようリオス様と、微笑むんだ』


 もふまるの声がする。それどころじゃない。


「私は、リオス。では、行こうか」


 リオス様は簡単に、自分のことを紹介した。

 それから、学園の案内のために歩き出した。

 さらりと揺れる長い銀の髪が素敵。銀の髪が揺れて露わになった左耳の、金の耳飾りが素敵。

 お兄様に比べるとずっと背が高くて、大きい。

 自分のことを王太子だとか、次期国王だとか言わない、驕らない態度が素敵。

 総括して、全部素敵だわ……!


「……ねぇ、シドニーちゃん」


「うん?」


「どうしてティファナちゃんは、殿下が来たとたん国が滅亡したみたいな顔をするの?」


「そうですね……さきほどまでは、とてもにこやかでした……とても、公爵家のご令嬢とは思えないぐらいに、私たちに優しく気さくで、……とても、いい……とても、好き、です……でも」


「うーん」


 リオス様が素敵すぎて、この短いご挨拶の間に致死量のリオス様を摂取しすぎて三回ぐらい私は死んだ。

 体がカチカチに固まって動けない私の背中を、シドニーさんがそっと押してくれる。


 お兄様が困ったように笑って、「ついておいで」と言って、リオス様の後を歩き出した。


「エミリー、リリム。ティファナはね、……殿下が好きすぎて、殿下の前では蛇に睨まれたカエルみたいになってしまうんだよ」


 シドニーさんがこそこそと小さな声で言った。

 リオス様に聞こえないように、配慮をしてくれているみたいだ。

 私の頭の上に乗ったもふまるが、私の頭をぺしぺし叩いている。痛い。


「蛇に睨まれたカエルというよりも、蛇を前にしたマングースみたいだったわよ」


「きりっとしたティファナ様も素敵ですけれど……これでは、まるで、殿下のことが嫌いといっているみたいです……婚約者だというのに、悲しいことです……」


 エミリーさんが肩を竦めて、リリムさんがくすんくすん泣きながら言った。

 私は心の中で愕然としていた。

 私、そんなに、リオス様が嫌い、みたいな態度をとっているのかしら。

 確かに緊張しすぎて、リオス様の顔も見れない上に、お友達にお兄様だけ紹介してリオス様を無視する嫌な女みたいになっていた気がする。


『だから、言っただろうティファナ。君一人では無理だ。友人たちに相談するべきだよ』


 もふまるが心配そうに言った。

 確かにそうなのかもしれない。



お読みくださりありがとうございました!

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