私とリオス様の距離感
王立アルケイディス学園。
貴族の子供たちや、それ以外にも王国中の優秀な子供やお金持ちの子供たちが、十七歳から二十歳まで通う学園である。
貴族の場合は十七歳までは基本的に家庭教師による自宅での学習を行う。
基礎学習はそこで終わっているので、学園ではもう少し高度な学習と、集団行動を学び、そして人脈作りを行う。
婚約者のいないものはこれは、という出会いを探す場合もあるし、仕官先もみつけることができる。
私などはシルベット公爵家の娘であり王太子殿下リオス様の婚約者であるので、出会いを探す必要も仕官先を探す必要もないのだけれど。
アルケイディス学園には、既定の制服がある。
これは、貴族たちに好きな服装で登校していいと許可をしたら、今から晩餐会ですか? みたいなドレスを着るものがあとをたたなかったかららしい。
そんなわけで、みな同じ制服を着て授業をうけることになっている。
制服というのは少々窮屈に感じる。特に胸の部分がやや窮屈である。
そんなことを思いながら制服を着て、メルザに髪を整えて貰って、寮の部屋を出た。
アルケイディス学園には貴族も庶民も通っているので、学園の敷地内では平等を謳っている。
それなので、皆女子寮に入るし、一年生の私は一階である。
上級生になるごとに、上階にいくことができる。公爵令嬢であり未来の王妃である私だけれど、待遇は他の方々と同じだ。
不満はない。
あるわけがない。男子寮にリオス様が存在すると思うだけで、どんな部屋でもそこは天国である。
あぁ、今日も空気が美味しい。
空は輝いているし、小鳥も囀っている。だって、同じ敷地内にリオス様がいるのだから……!
「ティファナ、おはよう」
「おはようございます、シドニーさん」
二棟に別れている古めかしくも大きな館である女子寮から一歩外に出たところで大きく息を吸い込んでいると、お友達のシドニーさんがやってきた。
シドニーさんはミルジアナ辺境伯家のご令嬢である。
因みに私のお兄様の婚約者だ。
お兄様は幾度かシドニーさんの家にご挨拶に行っているし、シドニーさんもシルベット公爵家にご挨拶にきてくれている。
同い年の私たちは、そんなこともあってお友達になった。
シドニーさんは狩猟や馬をこよなく愛する男前な女性で、私のお兄様はどちらかというと女性的な趣があるので、シドニーさんとお兄様は性別を間違えたんじゃないかなと思わなくはないのだけれど。
シドニーさんにとっては、お兄様の守りたくなるところが好ましいらしい。
私はどちらかといえば、リオス様に守って頂きたい。
なにかこう、大変なことが起こって、崩れ落ちる瓦礫を両手で支えるリオス様に「ティファナ、逃げろ!」とか言われたい。
そして私は「そんなことできません、リオス様も一緒に……」といって、奇跡的に二人で助かってみたい。
乙女の理想である。
「今日は一日目の授業だね。よく眠れた? 寝不足かな、ティファナ。目の下に少し、隈があるよ」
すらっと背が高くてスレンダーなシドニーさんは、私とは真逆の体型をしている。
そんなシドニーさんは制服が良く似合う。神秘的な黒髪は女性にしては短くて、無造作に結わかれている。翡翠色の瞳は涼し気で、女性だけれど、男性みたいに格好いい。
あと、仕草も結構男性みたいで格好良いい。
さらっと私の目尻を指で撫でて、心配そうに顔を覗き込まれる。
シドニーさんが連れている精悍な白い猟犬の姿をした聖獣しらたまも、静かに私を見上げている。
ちなみにもふまるは、私の肩に乗っている。
もふまるは大抵私の近くでぱたぱたと空と飛んだり、肩に乗ったりしている。
「大丈夫です、シドニーさん。今日から毎日、陰ながらリオス様を見つめることができるのかと思うと、わくわくしてしまって」
シドニーさんはお友達だから、予言について相談してもいいかもしれない。
でも、まだ、少し考えたい。滅びの予言なんて、吹聴してまわるべきものではないだろうし。
「可愛いね、ティファナ。これほど可愛いのに、どうしてティファナは殿下の前にいくと、思いを伝えられなくなってしまうのだろうね」
「それは、その、緊張してしまうのです……」
私は小さな声で答えた。
シドニーさんの顔が近い。じっと至近距離で見つめ合う私たちの横を、他の女生徒たちがきゃあきゃあ言いながら通り過ぎていく。
これは私にきゃあきゃあ言っているわけではなく、シドニーさんにきゃあきゃあ言っているのだ。
私は女生徒達に黄色い声をあげてもらえるほど、特徴がある人間じゃない。
ミントアイスみたいな色の髪は、美味しそうだなって思って気に入っているし、空色の瞳はリオス様のアイスブルーの瞳に色が近くて気に入っているけれど。
それと、目尻に泣き黒子が一つある。お兄様にもある。これも気に入っている。
あとは特に口がうまいわけでもなければ、シドニーさんのように狩猟ができるわけでもない。
中の中のど真ん中ぐらいに普通である。
普通じゃないことといえば、予言の聖獣がいることぐらいだ。
「……ティファナ、おはよう」
女子寮から出たばかりの場所でシドニーさんとの友情をはぐくんでいると、神の祝福みたいな声がした。
低く、甘く、爽やかで深みを帯びていて、全てを魅了するような声だ。
リオス様……!
私は心の中で大きな声でリオス様の名前を呼んだ。
あぁ、今日も美しい。昨日の入学式でご挨拶をするリオス様も七色に光り輝いていて、私などは直視できないぐらいだったけれど、今日も美しい。
長い銀の髪が風に靡いているし、どんなに綺麗な空も白旗をあげて逃げてしまうような青い瞳も美しいし、制服も良く似合っていらっしゃる。
学園の制服はリオス様に着てもらうために作ったのではないかしらというぐらい似合っている。
全てが尊い。好き。
「……はい、おはようございます」
心の中では興奮している私だけれど、実際に口から出たのは、淡々とご挨拶をする抑揚のない声である。
私ときたら。
身の内に抱えている熱い情熱を抑え込めば抑え込むほどに、声が冷静になってしまう。
そして表情筋も死ぬ。
リオス様はご挨拶だけしてくれると、そのまま他の男子生徒の方々を引き連れて校舎へと向かわれた。
男子寮から校舎まで行くのに女子寮の前を通るから、たまたま私に遭遇したのだろう。
「ご挨拶をしていただいた……」
「どうして、もっとご本人がいるときに嬉しそうに挨拶できないのだろうね」
瞳を潤ませて感動する私に、シドニーさんが呆れたように言った。
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