寝不足と朝食
予言の夢のせいで寝不足の私は、ぼんやりしながら侍女のメルザが準備してくれた蜂蜜パンケーキの朝食をとった。
リオス様に愛されないと、国が滅んでしまう。
リオス様に愛される。
リオス様に愛される。
その言葉が、頭の中をぐるぐるまわる。
たとえばリオス様が、私を熱烈な瞳で見つめて、「愛している、ティファナ」と言ってくれたら、私は。
私は……!
国が滅ぶのは防ぐことができるかもしれないけれど、私が死ぬ。
「ひぅぅ……」
「お、お嬢様、どうしました!? お腹が痛いのですか!?」
フォークに刺さったパンケーキをぽろっとお皿にこぼしながら、ついでにとろっとした蜂蜜をこぼしながら、珍妙な声をあげる私に、メルザが慌てて駆け寄ってくる。
「お嬢様、朝から上の空です。肌艶もよろしくなくて、物憂げなお嬢様も大変お可愛らしいですが、メルザに言えない悩みがあるのですか?」
「いえ、そういうわけではないのです。今日もリオス様にお会いできるかと思うと、胸が苦しくなってしまって……」
「リオス殿下の婚約者に選ばれてから、早十数年。いつまでも初恋の気持ちを忘れないお嬢様、素晴らしいですね」
メルザは安心したように、にっこり微笑んだ。
「ええ。はじめてリオス様に婚約者としてご挨拶した日から、私の心はリオス様に囚われたままです。まさしく恋の虜囚。恋の奴隷」
私とリオス様の婚約が決まったのは、私たちがもっと幼いときだけど。
お父様にお城に連れていかれてご挨拶をした私より二つ年上のリオス様は、私には全身が激しく虹色に光り輝いているように感じられた。
あまりにも発光しすぎて、私などは眩暈とともに意識が遠のいてしまい、まともにご挨拶ができなかったほどである。
あの瞬間から、まさしく雷に打たれるように、大波に飲み込まれて海の底へと沈んでいくように、私は深く激しい恋に落ちた。
毎日毎日リオス様のことを思い浮かべて、食事も喉を通らない日々。
メルザやお母様、お兄様などには、ティファナは何かの病なのではないかと心配されたほどである。
公爵家と王都は離れているので、季節ごとのご挨拶以外ではそんなに会うこともなかった。
でもお会いするたびに素敵になっていくリオス様にときめき、記録の聖獣を供にしている記録師の方にお願いして、こっそりリオス様のお写真を季節ごとに一枚一枚あつめては、成長記録をつける日々。
徐々に大人びていくリオス様の秘蔵の隠し撮り写真が張り付けてある愛の日記は、私の宝物である。
とうぜん、ご本人には見せられない。
私などは、リオス様を遠くから見守らせていただくだけでいいのよ。
婚約者という立場にもふまるのおかげでなれただけで、幸運だったのだから。
それ以上求めるなんて、烏滸がましいというものだ。
「リオス殿下は、自分にも他者にも厳しく真面目。やや怖い印象がありますが、立派な国王陛下になると期待されていますね」
「ええ、ええ、そうなんです。リオス様はきっと立派な国王陛下になります。国王陛下になったリオス様、とても立派でしょうね……あぁ、見たい。早く見たい」
「お嬢様、よかったですね。リオス様は三年生。お嬢様は一年生。学園では一年間、共に過ごすことができますよ」
「そうなの……!」
私はやや興奮気味にこたえた。
公爵家と王都は離れていて、年に四回程度しかリオス様とお会いできなかった私だ。
それ以外にお誕生日などにプレゼントとお手紙をくださったりしていたけれど。
私はいつも溢れ出るパトスを心に抑え込んで、きちんとした公爵令嬢っぽいお返事をリオス様に返していた。
季節のご挨拶の時は『恙なく、壮健か、ティファナ』と尋ねられ、『……はい』と、動機息切れをおさえながらやっとのことで答えるだけ。
お手紙では『誕生日おめでとう、ティファナ』というメッセージに『ありがとうございます、リオス様』と返事をする以外に、リオス様とかかわりのなかった私。
リオス様はダンスなどを好まれない方だから、晩餐会でも私と踊ることなどなくて、ご挨拶したあとは他の貴族の方々に囲まれるリオス様を、私はできるだけはあはあ言わないようにしながら遠くから見ていた。
それが、今まで。
けれど、この国の貴族は、十七歳になると自宅での学習を終えて王立学園に通うことになる。
私は晴れて王立学園に入学し、二歳年上のリオス様は最上級生というわけだ。
つまり、同じ敷地内にリオス様がいる。
同じ敷地内に、女子寮から少し離れた男子寮に、リオス様が存在しているというだけで、もう、空気さえ美味しい。
私はこれから合法的にリオス様を遠くから見守ることができるというわけだ。
最高。
『遠くから見守っている場合ではないよ、ティファナ。君が頑張らなければ、国が滅んでしまうのだから』
私の隣の椅子にちょこんと座っているもふまるが言った。
もふまるの声は、私にしか聞こえない。
自分の聖獣とお話できるのは、自分自身だけである。
だから私は、メルザの連れているメルザの聖獣である黒い豹『ノワール』の声が聞こえない。
ノワールはいつもメルザの横に静かに佇んでいる。
ノワールの使える魔法は、風魔法。お洗濯の時とても便利だと、メルザは言っていて、侍女になったのはノワールの力があったからだという。
風魔法をつかえると、普通に洗濯を干すよりも二倍ぐらい早く洗濯物が乾くのだという。
私は一瞬、もふまるの予言をメルザに伝えて相談しようかどうしようか迷った。
けれど──結局、何も言わなかった。
今日一日もう少し考えてからにしよう。これは国の存亡にかかわることだし。
もしかしたら私が学園に入学したことで、リオス様との関係が少し変わるかもしれないし。
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