既成事実は屋外で
別邸は森の傍にあって、街からは少し離れている。
手を繋いで森を歩き、時折賑やかな街まで行っては食事をしたり、買い物をしたりする。
街は海の傍にあって、海と森に囲まれた街は賑やかさと静けさを兼ね備えていた。
「君とこうして、自分の感情を偽ることなく一緒にいられる幸福を味わっているのに、なぜ予言は変わらないのだろうな。私がティファナたんを裏切ることなど考えられないというのに」
誰もいない森の、散策のために整えられた道を歩きながら、リオス様は不思議そうに言う。
「一度目の、夢を見たとき……私は、リオス様と気持ちが通じていないからだと思いました。私、冷たい態度ばかりとっていたから、リオス様に嫌われるのは当たり前だって思っていて」
「それは入学時のことだろう。ティファナ、私は君を見たときから君に恋をしていた。私のティファナたんコレクションは、たった数年で集められるようなものではない。年季が入っている。私はティファナをずっと愛していた」
「そ、そうですよね……嬉しいです、ありがとうございます……」
「つまり、入学時の私も君を愛していた。別の女に心を奪われるなどありえないな」
「は、はい、ありがとうございます……」
毎日致死量を超えるリオス様を摂取しているのだけれど、慣れることなんてない。
いつも声がうわずってしまうし、視線があちらこちらに移動してしまう。
「私も、好きです……」
「ティファナ、こちらを向いて」
「りお、……さま、ここ、そと……」
「構わない」
毎日のように、唇が触れあっているのに、毎回はじめてされたぐらいに恥ずかしい。
軽く触れて、離れて、リオス様の指先が私の唇を辿った。
「可愛いな、ティファナ。こんなに愛しいのに……一体、なんなのだろうな、その予言は」
「わ、私にも……よく、わからなくて。でも、オフィーリアさんは、とても美しい人でした、私よりも。だから」
「私には、ティファナ以外の人間は皆石ころに見える。ティファナだけが輝いている。その女の顔が美しかろうが、そんなことは私にはどうでもいい。君が私以外の人間について悩むことさえ、苛立たしいぐらいだ。君は私だけ見て、私のことだけ考えていればいい」
「リオス様ぁ……」
私、駄目になってしまいそうだわ。
もうとっくに駄目になっているのだろうけれど。
だって好きな人からこんなに、溺れるほどの感情を向けられて、正気でなんていられないもの。
「ティファナ。不安に思う必要はない。私が君を守る」
「はい……」
「愛しているよ、ティファナ。食べてしまいたい。もっと色々としたい。毎日一緒にいるのだから、丁寧に君の体に私を覚え込ませて……とは、思うが、それも勿体ない気がしている」
「よく意味が分からないです……」
「触れるだけのキスで狼狽えて真っ赤になって震える君を、あと一年ぐらいは堪能したい。この初々しさ……尊い初々しさを、壊してしまうのが勿体ない。保存しておきたい。今のティファナたんを保存して、永遠に愛でたい」
「りおすさま……」
私も保存されて永遠に愛でられたい。
それってどんな状況なのかさっぱりわからないけれど。
「しかし、成長したティファナも何歳になっても私の心を掴んで離さないことは決まり切っているからな。この一瞬一瞬を宝物にしなくては。私は幸せだ、ティファナ」
「リオス様も、お若いリオス様も今のリオス様も全て素敵です……」
予言がどうであれ、私は頑張ってよかったと思う。
予言がなければ私は今でもずっと、リオス様を草葉の陰から見守るばかりの生活をしていただろうし、夏期休暇を二人で過ごすようなことはなかっただろうから。
森の小道を抜けると、湖がある。
休憩のための広い東屋の長椅子に座ると、目の前に日の光に照らされてきらきら輝く湖面が見える。
リオス様は私を膝の上に乗せた。
それから私をまじまじと見つめて、悩ましげに眉を寄せる。
「ティファナ。私はどうしたらいいのだろうな。ようやく君と、本物の君と触れあえるようになったが、現状が惜しくて、このままでいたいという気持ちと、もっと先に進みたい、君と愛し合いたいという気持ちと戦い続けている」
「そ、それは、その、き、既成事実という、意味ですか……?」
「あぁ。このまま先に進んでいいのか、それとも、清く正しいまま三年を過ごすべきか、どちらがより尊いティファナたんを味わえるのかと、真剣にずっと悩んでいる」
「私は、その、あの、どちらでも……! どちらでも、リオス様の尊さは変わりませんので……」
「ティファナは以前、私と愛し合おうとして頑張ってくれていただろう。それは、どこまでを想定してのことだったんだ?」
夏の夕暮れは、天候が変わりやすい。
今日は比較的涼しくて、空は晴れ渡っていたのに、いつの間にか分厚い雲が空に立ちこめはじめている。
水気を孕んだ匂いが、空気に混じる。
夕立がきそうだ。
「私……私は、その」
「教えて欲しい。ティファナは、私とどうなりたかった?」
「私、十分、幸せです。こんな風に、一緒に、二人きりで過ごしたかったです」
「私は私の望みを、かなえている。だから、ティファナも私に言って欲しい。どうして欲しいか」
「……私、……そ、その、あの……リオス様に愛していただいたら、死んでしまうって思っていて……今も十分幸せで、呼吸が苦しいぐらいで……」
「あぁ。それは私も同じだ。それで?」
「目標は、その、既成事実を、つくることでした……リオス様に愛していただいて、それで、東屋などで、がばっと、好きだ! っていって、強引に押し倒されたり……そういう妄想を何度もしていて」
「ここは東屋だな」
「はい」
「私たちの他には、誰もいない」
「は、はい」
「雨が振りそうだが、夕立ならすぐやむだろう」
「ええ、そうですね……」
「ティファナ」
「は、はい……!」
「私は、もう、我慢できない」
リオス様は私の想像のとおりに、私の体を強く抱きしめた。
私はこれは、私の妄想なのではないかしらと思いながら、全身を緊張させて――そして、リオス様のいつもよりも激しく深いキスを受け入れたのだった。
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