それでも予言は変わりません
夢に、再びオフィーリアさんが現れた。
オフィーリアさんは蜂みたいな聖獣を連れていて、先生から紹介をされている。
家庭の事情で入学が遅れたそうで、「遅れた分、頑張ります」とにこやかに微笑むオフィーリアさんに、教室生徒の皆さんが見とれている。
場面が変わって、私とリオス様が二人で庭園の東屋で過ごしていると、オフィーリアさんが現れる。
「入学したばかりで、迷ってしまって」
困ったように言うオフィーリアさんを、リオス様は学園まで案内した。
私にすぐ戻るから、待っていろと言った。
けれど――リオス様はそれきり帰ってこなくて。
その日から、リオス様は私のことを忘れてしまった。
「……んん……」
「ティファナ、おはよう」
「はぅ……」
夏期休暇である。
私は目覚めた瞬間にそれはそれは麗しいリオス様と目がばっちり合って、小さな悲鳴をあげた。
夢の中でもリオス様と合えて、目が覚めてもリオス様と会えるなんて幸せ。
――じゃなくて。
「何か嫌な夢をみたのか? いつもの寝起きよりも眉がさがっている。体温も高い。瞳が潤んでいる。怖い夢だな。私のティファナたんを苦しめる夢とは……もふまるか?」
察しがよすぎるリオス様は、私の隣で丸まっているもふまるを抱き上げた。
「あ、わわ……っ」
私の半身であるもふまるを抱き上げる行為というのは、私の体をわしづかみにされているのと同じ。
だから普通は、他者の聖獣に不用意に触れたりしない。
リオス様だからいいのだけれど、朝から刺激が強すぎるのではないかしら……!
リオス様はもふまるのつぶらな瞳をのぞきこんでいる。
もふまるはきゅるんとした顔で、リオス様を見返している。
ここは――アルケイディス王家の別宅である。
体育祭は私がリオス様のお部屋に閉じ込められている間に終わっていて、その後お兄様と国王夫妻、ディオン様とエルヴァイン様が心配して私を助けに来てくれたのだけれど。
私が一生懸命、リオス様に愛されて幸せだと説明すると、納得していただけた。
ディオン様は「やっと殿下のお守りから解放された……!」と言って泣いていて、国王陛下も「うちのやべぇ息子を受け入れる聖女だ、ティファナちゃんは……」と言って泣いていた。
国王陛下が私に気安いことに、リオス様は怒っていた。
父親だから女の趣味が似ているのだという。国王陛下には王妃さまがいるので、それは考えすぎだと思う。
お父様とお母様、お兄様からも祝福していただいて、私はリオス様と皆様公認の恋人同士になれた。
もともと婚約者だったので、公認、というのもおかしいのだけれど。
ともかく、私とリオス様が仲良しということは全校生徒たちに知れ渡り、お友達からも祝福されて、私とシドニーさん、リリムさんとエミリーさんで結成されていた、滅びの予言撲滅委員会は解散となった。
といっても、仲良しのお友達ということは変わらないのだけれど。
体育祭のあとの夏期休暇を私がどこで過ごすのかで、お兄様とリオス様は揉めていたらしい。
「ティファナは公爵家に連れて帰る。残り少ないんだよ、私がティファナと過ごせる時間は……!」
「夏期休暇の間、ティファナと離れていろと? では私がシルベット公爵家に行こう」
「えっ、嫌だよ。妹と友人が目の前でいちゃつくのを見ていろと?」
などという平行線の話し合いの結果、私はリオス様と共に、アルケイディス王家の所有する別邸で過ごすことで決着がついた。
私の知らないところで私の処遇が決められたわけだけれど、私はリオス様と一緒にいられたらそれでいいので、「ティファナ、私と夏の間ずっと一緒にいよう」とリオス様に言われて、「はい、よろこんで」と、二つ返事で了承した。
そんなわけで、私はリオス様と二人きりで――正確には、侍女の皆さんもいるので二人ではないけれど、ほぼ二人きりで過ごしている。
朝も昼も夜も、リオス様がいる。
私は幸せいっぱいで、予言のことなど最近はすっかり忘れていた。
それなのに――またオフィーリアさんの夢を見てしまった。
「もふまる、どんな予言だ? ティファナに怖い夢を見せるな。代わりに私に見せるといい。私ならいつでも大歓迎だ」
「……それはできない。私はティファナの聖獣だから」
もふまるの声は、リオス様には聞こえていない。
リオス様がもふまるのふわふわの体を長い指で撫でるので、私は自分が撫でられているみたいにふわふわして、ざわざわして、とても落ち着かない気持ちになった。
「リオス様……あ、あの、もふまるは私の、聖獣なので……」
「それは理解しているが、君が怖い夢を見て苦しんでいるというのになにもできないというのは、つらいな。私はティファナのことは、全て把握しておきたいというのに。私の聖獣がディオンのものだったらな。あの不躾に人の思考を読み取る聖獣。あれがあれば、ティファナが何を考えているのか、常に分かるというのに」
「ディオン様の聖獣は、人の心が分かるのですか?」
「ティファナ。私以外の男の名を呼ぶな」
「はい……っ」
どうしよう、会話がすすまない。でもリオス様の嫉妬が嬉しい。
「それで、またあの夢をみたのか? 予言は、変わっていなかったのか」
「は、はい……」
「そうか。あとで詳しく教えてくれ。どのみちその女が現れるのは、夏期休暇あけなのだろう。対策は万全にしておかなくてはな。ティファナたんを失ったら、私は国を滅ぼす自信がある。私ならそうする。確実にな」
「滅ぼしては駄目です……」
「そうしないように、手をうとう。私は君を失いたくない」
リオス様は、ディオン様の力がなくても私の気持ちがわかるのではないかしら。
もふまるをベッドに降ろして、代わりに私を抱き上げて、リオス様は私をお部屋のドレッサーの前に運んだ。
長い指が髪をとかして、服を着替えさせてくれる。
それから、抱き上げて食堂へ運んでいく。
別邸にはメルザも一緒に来ていて、メルザのおかげで私たちの写真は別邸の中に増え続けていた。
食事を用意してくれるメルザは、私の長年の片思いを知っているのでとても嬉しそうだ。
「ティファナ、口をあけて」
「ん」
「美味しいか?」
「おいしいです」
口の中に入れられたメロンをもぐもぐしながら、私は頷いた。
リオス様は別邸に来てから、私に蜂蜜たっぷりバタートーストのように甘い。
身支度も食事も着替えもほぼ、全て行ってくれる。
リオス様はずっとそうしたかったらしいので、私はなすがままになっていた。
こんなに幸せなのに――どうして予言は変わらないのだろう。
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