オフィーリア・エルゲンス
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田舎が嫌いだった。
アルケイディ王国の小さな漁村は、いつでも魚臭くて、魚と磯と、漁師の男たち。
漁から帰ってきた男たちを労い、網から魚を外す女たち。
皆、塩っぽくて、肌が赤く焼けていて、服もしわしわで、半裸で。
うんざりするような光景だった。
両親が嫌いだった。
生臭い魚の加工場には、いつでも蝿が飛んでいて。
魚なんて見たくもないのに、幼い頃は手伝わなくてはいけなかった。
生魚を手にもつと、その生臭さは夜まで手のひらや体にこびりついて取れなくて、飛び散った鱗がたまに腕や、服についているのを見つけるだけで、何もかもを消してしまいたくなるぐらいに嫌だった。
そんな魚の加工と販売で小金を貯めて、「王都のアルケイディス学園に通わせてやる」と、明るく笑う父が嫌いだ。
そして「学園に入れば、オフィーリアは美人だから、きっと貴族様が見そめてくれるわ」と、日に焼けた顔で笑う母が嫌いだ。
田舎の漁村で育ち、魚を売って小金を貯めた家で育った女など、誰がみそめるというのかと、内心で純朴な田舎者そのものである両親を、小馬鹿にしていた。
私は確かに、顔立ちがいい。
そんなに人の多くない田舎の村で、私は特に目立った。
両親が小金持ちだったということもあるだろうが、私は可愛かったのだ。
少し愛想を振りまけば、皆私に従った。
十五歳を過ぎたあたりでは、なんでも私の思い通りになった。
年頃の少年たちは、私を「可愛いオフィーリア」と言ってちやほやして、少女たちからは女神でも見るような羨望の眼差しを向けられた。
田舎は嫌いだったが、それだけは気分がよかった。
大抵のことは思い通りになったけれど、お金のことはどうしようもない。
学園に通わせるためのまとまったお金が貯まるのは、私が入学する年齢になった年の、秋。
すでに学園の一学期と、夏季休暇が終わった秋に、私は学園に入学しなくてはいけなくなった。
そうまでして──。
両親の話を聞きながら、表面上はにこにこしながら礼を言って、心の中では悪態をついていた。
お金がないから入学が遅くなるなど、恥でしかない。
大した金もないくせに、無理をして娘を王都に送ろうとしているなど、恥晒しもいいところだ。
田舎者だと嘲られるだろう。
貧乏人だと、馬鹿にされるだろう。
この国には、予言の聖獣を持ち、王太子殿下の婚約者となり、さらには裕福で高貴な公爵家に生まれた──全てを手に入れて、なんの憂いもなく、苦労もせずに順風満帆に生きる女がいるというのに。
私は、不幸だ。
田舎に生まれ、さして金持ちでもない頭の悪い両親に育てられ、私の聖獣はなんの力も持たず、会話をしようともしない。
ただいるだけ。大きな蜂の姿をしていて、気持ち悪い。
他の聖獣は、主人と会話をするのに。私の蜂は寡黙で、何もしようとしなかった。
「全く、不公平だわ。生まれながらに与えられた聖獣の力が、己の才能となって、この国での人の価値を決める。ティファナ・シルベットのように、なんでも持っている女がいるというのに、私には何もない」
全てが憂鬱で、全てが腹立たしい。
もうすぐ王都に行かなくてはいけない。学園に、入学しなくてはいけないのに。
私は容姿が優れている。
けれどそれだけだ。田舎者であり、学園の他の者たちよりも貧乏人であり、聖獣も役立たず。
私の容姿のよさは、田舎であっては優れた者だが、王都の華やかな者たちに紛れてしまえば、目立つことなどないだろう。
「どうして、あなたは役に立たないの、女王」
私は蜂の聖獣に、女王という名前をつけていた。女王蜂からとった名前だ。
自分の部屋で一人、イライラしながら王都に出立するための荷物の準備をしていた私は、イライラを言葉に乗せて女王に話しかける。
「私はあなたの役に立っている」
その時、初めて私の女王が喋った。
「どう役に立っているの? 何もできないくせに」
「あなたが、誰からも、好かれてちやほやされるのは、私のおかげ」
「どういうこと?」
「私は、他の聖獣の女王となれる。他の聖獣を支配できる。聖獣を支配すると、その主人である人間も支配される」
「……本当に?」
「本当。私は、あなたの半分。オフィーリアの、半身。あなたの望みを、いつだって叶えてきた」
「……誰でも、私の支配下に置けるということ? それが、例えば……強い力を持った、聖獣でも?」
「ええ、それが、私の力」
私は、はじめて──たぶん、生まれてはじめてとても、幸せな気持ちになった。
「最高だわ! それでは私は、王太子殿下を支配できるということね。私がこの国の王妃になって、なんでも持っているずるい女……予言の聖獣をもつ、ティファナ・シルベットに、痛い目をみせることができるのね!」
私はティファナと知り合いでもなんでもない。
ただ一方的に、その噂を聞いて、その立場を想像して。
さぞ、嫌な女なのだろうと考えていた。
ずるい。羨ましい。私がその立場で生まれたかった。
でも──私の力があれば、その立場を奪うことができるのだ。
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