リオス様のお部屋
リオス様に抱き上げられて、連れられて、私はリオス様のお部屋に来た。
現在体育祭の真っ最中。当然ながら男子寮はしんと静まり返っていた。
「リオス様、男子寮は女子禁制では……」
「表向きは」
「表向きは……」
「婚約者と共に学園に通っていて、そこまで品行方正にしているもののほうが少ない。もちろん、人に知られないように、ではあるが」
リオス様が私のずり落ちたうさぎみみを丁寧になおしてくれる。
もう外してしまってもいいのだけれど。
リオス様のお部屋は、大きさは私の部屋とほとんど変わらない。
奥の扉の先にあるのは寝室だろう。私は手前の、リビングルームのソファに座っている。
学園の家具は備え付けのものだけれど、入寮時に好きなように整えることもできる。
リオス様のお部屋は、飾り気があまりなく、備え付けの家具をそのまま使用している生真面目という感じの部屋だった。
とても美しいのに、そこまで派手ではないところもまた素敵。
「あ、あの、体育祭、途中でした……私、何かよくないことをしてしまったでしょうか」
どうしてこんなことになったのかよくわからないけれど、ともかくリオス様は怒っていらっしゃるような気がした。
私は落ち着かない気持ちになりながら、座ったことで幾分か短くなった上着の裾を引っ張った。
リオス様は私の隣に座ると、肩に乗っているヴェルメリオをテーブルの上に置いた。
もふまるもヴェルメリオの隣で丸くなる。
いつもリオス様と仲良くなれとうるさいもふまるは、何も言わなかった。
お部屋に招待されたので、もしかしたら評価してくれているのかもしれない。
「ティファナ。問題がいくつかある。君のその愛らしい姿を、あれ以上他の人間に見られるわけにはいかない」
「あ、あああ、あああ愛らしい……っ」
私は自信満々な女になろうとしたけれど、「おーっほっほっほ! 当然ですわ!」と、胡乱な態度をとる間もなく、愛らしいと言われた衝撃で、激しく狼狽した。
「ひぁあ……」
褒められてしまった、この恥ずかしいの権化みたいな格好を褒められてしまった……!
リオス様、優しい。嬉しい。
では、私は怒られるわけではないのかしら。
「ティファナ、このところの君の態度を、私はずっと不思議に思っていた」
「は、はい」
それはそうよね。ずっと態度の悪かった私が、急にリオス様にぐいぐい関わろうとしはじめたのだもの。
不審よね、それは。
婚約者として私を大切にしてくれている優しいリオス様にも、とうとう限界が来たということかもしれない。
私が、リオス様に好きになってもらうために頑張っていたこと、もしかしてリオス様にとってはご迷惑だったのかもしれない。
「私のティファナは、昔からずっと可愛かったというのに、これ以上可愛くなってどうするのだ……! 一体どうしたいんだ、私を……!?」
「えっ」
「ただでさえ愛らしいのに、こんな、罪深い格好をして……! 不特定多数の男子生徒が邪な思いを抱いたらどうするんだ……! しかし可愛い……ティファナ、なんて可愛いんだ……」
私は、リオス様に怒られた。
でも、私の予想とは違う方向で怒られている。
いつものリオス様と、ご様子が違うけれど、ものすごく褒めていただいていることは理解できたので、私は頬を染めて心の中でわたわたした。
緊張のあまり、口から心臓が飛び出しそうだ。
でも、ちゃんと言わないといけない。
これは、今までの頑張りが──私のお友達たちが協力してくれたから、与えられたチャンスなのだから……!
「リオス様……あの私、……無愛想で、嫌な女でしたでしょう?」
「君が?」
「はい」
「そのように思ったことは一度もない」
「そっ、それは、リオス様が優しいからで……! 私、いつもリオス様を睨んでいて、ろくにお話もできなくて……」
私は、本当に駄目だった。
心の中で好きと思っているだけで、私なんかがリオス様の婚約者なんて、とんでもない──なんて思うばかりで。
遠くから見つめるぐらいがちょうどいい、なんて。
せっかく与えられた幸運に、婚約者という立場に甘えて、何もしてこなかった。
何もしてこないよりもずっと酷い。
リオス様を、避けるような行動をとってきたのだから。
それでも私に冷たい態度をとったりしないで、婚約者の立場で私に話しかけてくださった。
それを──予言を見たからって、今更態度を変えるとか、どうなのかしらって自分でも思う。
でも、私は──。
「私、本当はずっとリオス様が好きでした。婚約者に選ばれて、はじめてお会いした時からずっとリオス様が好きでした。でも、緊張してしまって、リオス様があまりにも素敵で、好きで、どうしようもなくて、表情も硬くなってしまうし、ろくにお話もできなくなってしまうし……」
ちゃんと、伝えよう。
国のためでもあるし、予言を回避するためでもある。
でも何よりも、私は私のために、頑張ってきたのだ。
リオス様に愛されたい。好きになって欲しい。今更遅いかもしれないけれど、そのためならどんな恥ずかしいことだって、頑張れる。
「私、リオス様が好きです……嘘って、思うかもしれませんけれど、リオス様のお写真を集めてアルバムを作って、夜中にこっそり眺めてにやにやしたり、抱きしめたり、お写真のリオス様に話しかけたりするぐらいに好きで……! ごめんなさい、気持ち悪いですよね、でも、それぐらい、あなたが好きなんです……!」
──言った。
言ってしまったわ。
隠していた私の秘密まで、あけすけに言ってしまった。
でも、隠し続けることはできないもの。私は、リオス様に私を、知ってもらいたい。
「好きになってもらおうって、頑張ってきましたけれど……本当は、私、こそこそリオス様を見つめるぐらいしか、できないような女で……気持ち悪いですよね、ごめんなさい……」
こっそり写真を集めて、それを毎晩眺めて喜んでいるとか、気持ち悪いわよね。
でも、言えた。本当の私は、何か取り柄があるわけでもなくて、そんなことしかできない女なのだ。
リリムさんみたいに、自信に満ち溢れていて可愛い仕草が得意というわけでもないし。
エミリーさんみたいに、明るく楽しくおしゃれなわけでもないし。
シドニーさんみたいに、強くて綺麗なわけでもない。
もふまるの予言の力はあるけれど、それはたまたまそうだったというだけだもの。
「ティファナ。……こちらに」
リオス様は、私の手を引いて立ち上がらせると、私を奥のお部屋へと連れて行った。
呆れられたかしら。
嫌われたかしら。
気持ち悪いって、思われたかしら。
泣きながら逃げ出したくなる気持ちを堪えて、リオス様に手を引かれるままについていく。
リオス様が扉を開くと、そこは寝室だった。
「あ……」
寝室だけれど。
ただの寝室ではなくて。
そのお部屋には、私の幼い頃から最近のものまでの写真が、壁やら天井やらにびっしり貼られていた。
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