圧倒的な本気の魔王は限界を迎える
宣言どおり――リオス様はすごかった。
一回戦は騎士志望の生徒。開始の合図の途端に、生徒の足下から火柱がたちのぼり、炎の牢獄に閉じ込められた生徒は動くことができずに敗退となった。
剣は持っているけれど、使うこともなく一歩も動くこともない。
「リオス様……! 素敵です、格好いい、リオス様……!」
エルヴァイン先輩の勝利宣言を聞きながら、私は離れたところで盛り上がっていた。
「もう少し大きな声を出してはいかがでしょうか、ティファナさん……」
「大きな声を出したら聞こえてしまいます……」
「聞こえるように言わないと意味がないです、ティファナさん。何のための応援部、何のための彼シャツですか、怒りますよ」
「ご、ごめんなさい、リリムさん。かれしゃつって?」
「大きなサイズの男性のシャツを着せて貰うことですね。おおきいです……というリアクションも、忘れずに」
「は、はい……!」
この世の中には私の知らないことが沢山あるのね。
リリムさんは物知りだ。
私は感心しながら、一回戦を終えてお戻りになったリオス様の元へぱたぱたと駆け寄った。
「ティファナ」
「リオス様! か、かっこ、かっこうよかったです……!」
「……そうか。ありがとう」
リオス様は相変わらずの真顔で私を凝視したあと、爽やかで美しいきらきら輝く笑みを浮かべた。
勝利を驕らないリオス様、素敵。完璧なお姿。好きすぎて泣きそう。
私は、背後から突き刺さるリリムさんの視線を感じた。
そうだ、私は『かれしゃつ』という姿をしているのだった。
ちゃんとするのよ、ティファナ。リリムさんは怒ると怖い――じゃなくて、たくさん協力してもらっているのだから、努力を見せていかなくては。
「リオス様、……あの、……リオス様」
「どうした?」
「……リオス様、の……おおきい、ですね」
無性に恥ずかしくなってしまった私は、私の声を聞き取ろうとして私に顔を近づけてくれるリオス様の耳元で、小さな声で囁いた。
「――――っ」
どういうわけか、リオス様の背後で炎が燃え上がり、牢獄に閉じ込められたままだった男子生徒がこげこげに、髪の毛がぼわっと爆発した。
「衛生兵、衛生兵!」
「大変だ、いたいけな男子生徒がとばっちりでこんがり焼き上がってしまった……!」
ディオン様とエルヴァイン様がこげこげになった男子生徒を抱えて、シャーリー先生を呼んでいる。
「あれは、伝説のアフロね」
「シャーリー先生、やる気出してください!」
「アフロは男の勲章よ」
「ファティアス、可哀想すぎるから治してやってくれ……! 殿下、待て! 落ち着いて殿下、ここにはご両親が、ご両親がいるんだから……!」
ディオン様の悲壮な声が、グラウンドに響く。
リオス様は震える手で、私の頬に触れようとして、その手をおろした。
どういうわけか、口の端から血が出ている。美男子は流血しても格好いいのね。リオス様、血が似合う。
でもうっとりしている場合じゃないわね。
先程の対戦で、お怪我をなさった様子はまったくなかったのだけれど、もしかしたらあの男子生徒は聖獣の力で、遠距離からの攻撃が可能なのかもしれない。
目には見えない遠距離攻撃で、リオス様は口の端を切ったのかもしれない。
「ステイ、殿下! 素晴らしいです、殿下! 同じ男としてすごい可哀想な気がしてきたが、よく耐えた、殿下!」
「ディオン、騒ぐな。私は、いつも通りだ。至って冷静だ。冷静沈着で爽やかで何の特徴もない男だ」
「リオス様が特徴がないなんてそんなこと……いつもすごく素敵です。リオス様、お怪我を? 血がでています、リオス様……どうしよう、ハンカチ、ハンカチが……」
私はリオス様からお借りした上着の裾をめくって、スカートのポケットの中を探した。
ハンカチを取り出すと、リオス様の口元に当てる。
リオス様は眉間に皺を寄せて、目を閉じて、じっとしていた。
お顔が近い。なんて整っているのかしら。それに、私のハンカチにリオス様の血が……!
持ち帰って、しかるべき保存方法で保存して、一生宝物にしましょう。
「ティファナ、足が……っ、お兄様はティファナをそんな、そんな破廉恥な女の子に育てたつもりはありませんよ……!」
「落ち着け、ファティアス。まずこげた男子生徒を治してくれ」
お兄様がわなわな震えているのを、エルヴァイン様がなだめている。
私はそういえばと、はっとして、自分の姿を見下ろした。
上着の裾でちょうどスカートが隠れている。太股はバッチリ見えているのだけれど、ちょっとしたワンピースみたいになっている。
リオス様の上着。
これは、リオス様の上着。
かれしゃつ。
リリムさんの言っていた意味が、やっと理解できた気がした。
袖があまるぐらいに大きくて、ぶかぶかだ。それから、いい匂いがする。
「リオス様……すごく、おおきい、です。リオス様の……」
私は上着の裾を掴みながら、もう一度確認するように言った。
リオス様すごく背が高い。細身に見えるけれど、私とは体のサイズが全く違う。
大きくて格好くて、全部が、素敵。
なんだかリオス様に抱きしめられているみたいで、胸がいっぱいになって、ぶわっと頬が真っ赤に染まった。
恥ずかしくて、でも幸せで、涙目でもじもじする私を、リオス様は徐に抱き上げた。
「――よし、攫おう」
「殿下!」
「リオス、耐えて、リオス!」
「攫うな、待て、攫うんじゃない! シルベット公たちも来てるんだぞ!?」
ディオン様と、国王陛下と王妃様が大慌てで私たちに駆け寄ろうとしてくる。
私の両親は「いやいや、もう婚約者ですからな。少し攫うぐらいはいいのでは?」「ティファナちゃんも喜んでいることですし」と、国王陛下たちににこやかに言った。
「――あの。また、私の不戦勝になってしまうのだろうか」
シドニーさんが、「殿下と戦ってみたかったな」と、溜息交じりに呟いた。
そして私は、次の試合を見ることなく、リオス様によって――リオス様のお部屋へと、攫われたのでした。
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