応援うさぎダンス
体育祭のラストを彩る、闘技大会がはじまった。
闘技大会の選手は基本的には騎士志望の方々が多い。
騎士団志望の方々は、戦いに適した聖獣を半身として従えている。
闘技大会はかなり本気で行われるため、治療の聖獣を持つお兄様や、保険医のシャーリー先生がいつでも治癒できるように待機している。
結界の聖獣を持つ方々が、客席に被害が出ないようにグラウンドにドーム状の結界を張る。
「さぁ! 体育祭のラストを飾るメインイベント、闘技大会のはじまりです!」
「今回の参加者は、なんといっても我らが王太子殿下、リオス・アルケイディス様」
「そして、辺境伯家のご令嬢、男装の麗人シドニー・ミルジアナ!」
「騎士団長候補ディーク・アロード!」
「この三人の中から優勝者が出るのではないかと予想されます、皆様、応援よろしくおねがいします!」
アーシャ先輩とディアン様の実況中継が熱を帯びている。
エルヴァイン様は判定員として、グラウンド上に立っている。
エルヴァイン様の周囲にはふわふわと水の玉が浮いていて、先輩も水の玉の上の一つに乗って浮かんでいる。
あれは、あらゆる聖獣の力から体を守ることができる水の守護。
ペンギンの形をした聖獣を、両腕に抱えているエルヴァイン様はなんだか可愛らしい印象である。
「勝負の判定は、エルヴァインが行います。グラウンドにひかれた線から一歩外に出る、負けを認める、または立ち上がれなくなった場合、負けとみなします」
「優勝者には、第五十回アルケイディス学園闘技大会優勝クリスタルトロフィーが授与されます、皆頑張ってください!」
ディオン様が美しく輝くクリスタルトロフィーを掲げる。
クリスタルトロフィーには、獅子の姿と第五十回アルケイディス学園闘技大会優勝というという文字が刻まれていた。
「闘技大会は一対一のトーナメント方式が採用されています。一試合は五分間。決着がつかない場合は、審判による判定で勝負を決めます」
「さぁ、ここで、アルケイディス学園の誇る、応援部の皆さんによる応援、よろしくおねがいします!」
いよいよ私の出番だ。
応援部による応援は、闘技大会に花を添えるものとして、トーナメントがはじまる前に一度グラウンドにてパフォーマンスを行う。
その後は、それぞれの選手の後ろ手に周り、結界に守られながら選手の応援をするのである。
リリムさんや私、他のメンバーはすでに着替えを終えていた。
エミリーさんの実家である、有名な高級ブランド服飾店ロレーヌで作って頂いた、『羽うさぎチアコスチューム』は、胸の下から下腹部までが剥き出しになっていて、お臍が丸出しになっている。
下着なのかしらというぐらいに布面積が少ない、短いスカートの下には、下着の上からぴったりとした短いパンツ。胸部から首までは割と防御力が高くて、腕も足も剥き出しだけれど、胸から首まではちゃんと隠れている。
白い衣装に赤いライン。背中には羽うさぎの羽と、頭には、ウサギの耳。
この世の全ての羞恥心を寄せ集めたような、とてつもなく恥ずかしい衣装だ。
まだ下着姿の方が恥ずかしくないのではないかしら……! というぐらいの代物なのだけれど、恥ずかしがっていたらエミリーさんに「堂々としていなさい、私を見て!という気持ちで、みせつけるのよ。皆、スタイルがいいから大丈夫、毎日のダンスレッスンで、腰がくびれて筋肉がついて、とっても引き締まったわ!」と言われた。
「最高よ、今日の皆! 最高に輝いているわ! 今日までの練習の成果、見せてやるのよ……! あんたたちの姿に、会場の全員が虜になるはずよ、やってやんなさい!」
エミリーさんの最後の励ましに、辛かった練習が走馬灯のように頭を過ぎり、私たちは手を取り合うと「はい、先生!」と返事をした。
リオス様を虜にするという当初の目的があったものの、応援部で流した汗は、かけがえのない宝物。
まさしく、汗と涙と青春という感じだった。
上手に踊れればエミリーさんがものすごく、それはものすごく褒めてくれる。
エミリーさんに褒めに褒めて褒められまくったせいで、私はもう、王国一の絶世の美女の気持ちでいるぐらいだ。
「ティファナさん、頑張りましょうね……今日の私たちは、完璧です……」
「リリムさんに負けないよう、頑張ります……!」
「ええ、望むところです」
私はリリムさんと頷き合った。
胸が大きなリリムさんは羽ウサギチアコスチュームがすごく似合っている。
私もきっと可愛いはず。可愛い私を、リオス様に見ていただくのだ。それで、頑張って応援して、私を好きになってもらわなくては!
両手にポンポンする、謎の物体を持って、私たちは颯爽とグラウンドに並んだ。
「ティファナ……なんて格好をしているんだい、ティファナ……っ、どうしよう、私のティファナが」
私の姿を見たお兄様が、もの凄く慌てている。
お父様とお母様はどちらかというとのんびりしているので「ティファナ、お友達がたくさんできてよかったな」「まぁ、ティファナちゃん、可愛いわね」と、にこにこしている。
そしてリオス様は――もの凄く真顔で、私を見ていた。
(だ、駄目だったかしら……! 私は可愛げのない女だもの……可愛げのない女がこんな格好をしたところで……)
一瞬落ち込みそうになったところに、脳内にエミリーさんの「自分を王国一可愛いと思いなさい! いいこと、あんたたち一人一人が、絶世の美女! 花屋の店先に並んだオンリーワンの花なのよ!」という言葉が響く。
そう、私はオンリーワンの花なのだ。
リオス様の、一番になりたい。
だって――好きなのだから!
遠くから見ていれば満足なんて、そんなのは嘘。私は、リオス様と相思相愛の恋人同士になりたい!
楽隊の方々が、軽快な音楽を奏で始める。
私たちは音楽に合わせて、練習したとおりにくるくると踊りはじめる。
リオス様はその間ずっと、もの凄く真顔で、私を凝視し続けていた。
応援のダンスが終わり、それぞれの持ち場に向かう間に、会場からは拍手が鳴り響き、男性陣からは、それぞれの自分の推しの名前を呼ぶ声があがっている。
「うおおおお! リリムちゃん! かわいい!」
「リリムちゃん、こっちむいて!」
「リリムちゃん!」
という圧倒的なリリムさん推しの男性たちの声と共に「ティファナちゃん可愛い」「あの無表情がたまらん」「ぎこちない笑顔がいい……」「冷たい眼光と可愛い衣装のミスマッチが最高」という声も聞こえる。
よかった、私、そんなに変じゃなかったみたいだ。
頑張った甲斐あって、応援部のパフォーマンスは成功した。
エミリーさんがぼろぼろ泣きながら「頑張ったわね、皆!」と言って褒めてくれている。
「リオス様、優勝、してくださいね……!」
リオス様側の応援席に向かう途中、私はリオス様の前で立ち止まって、リオス様に声をかけた。
緊張と恥ずかしさで、心臓が破裂しそうだったけれど、こんなに恥ずかしい格好をしているのだから、これ以上の恥ずかしいことなんてない。
リオス様は、真顔のまま私を上から下まで眺めて、口元をおさえた。
「ティファナ……ありがとう……君のために、優勝を、してくる……」
平静よりも低い掠れた声で振り絞るようにリオス様は言った。
心なしか全身が小刻みに震えている気がしたけれど、もしかして、私の姿が似合っていなくて、笑いそうになっているのかしら。
リオス様は着ていた体育祭用の運動着の上着を私の体にかけてくれた。
運動着はとても大きくて、私の太股まですっぽりと覆われた。
「……まずい。逆効果だ」
「逆?」
「早々に、終わらせなくては」
リオス様は短くそう言って、一回戦の試合へと向かっていった。
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