体育祭本番です!
水の力を持った聖獣たちが、空に川をつくり、その川を、水が形作る魚たちや、イルカが泳いでいく。
光の力を持った聖獣たちが、光玉で空の川を輝かせると、虹がかかる。
演奏部の皆さんが元気のよい音楽を奏でて、体育祭の始まりを盛り上げている。
今日この日のために一生懸命準備してきた私は、体育祭運営本部の椅子に緊張した面持ちで座っていた。
「ティファナちゃんのいる場所だけ、気温が低いわね。スマイルよ、ティファナちゃん。スマイル~!」
「ティファナ、笑顔だよ!」
「ティファナさん、にっこりです」
エミリーさんたちが少し離れた一年生の待機席で手を振ってくれるので、私はぎこちない笑顔をつくりながら手を振り替えした。
「どうしたの、ティファナちゃん。何かあった、お腹が痛い?」
「ディオン様、あの、緊張、してしまって……」
「緊張、するよねそれは。だって今日は、保護者も来るし。貴族、暇だからね。結構来るよね、保護者」
体育祭が行われる広い運動場は、一つの建物になっている。
円形闘技場のような会場の作りになっていて、観覧席があるのは保護者の方々を呼ぶためだ。
これも学園長の方針で、子供たちの成長を見せるという意味があるらしい。
私のお父様とお母様もいらっしゃっているし、国王陛下と王妃様──リオス様のご両親もいらっしゃっている。
国王陛下直々にお出ましになる体育祭というのもなかなかどうして、すごいものだけれど。
これにはちゃんと理由があって、学園の体育祭では国の要職に将来つく方々も様々な競技に参加するので、視察も兼ねているのよね。
たとえば、闘技大会では騎士志望の方々の強さを見ることができる、といった感じで。
「今年のプログラムは、まずは借り物競争、ついで、マルマジロ投げ、それから婚約者担ぎレースに、大狐騎乗レース、最後に一番の目玉の、闘技大会ね」
「ティファナは、何か競技には参加するのか?」
アーシャ先輩とエルヴァイン様に問われて、私は頷いた。
「私は、借り物競争に出ます。なぜか選手に選ばれてしまって……」
たいして運動が得意というわけでもないのに、気づけば『生徒会に入っているから』という理由で選手になっていた。
といっても、体育祭のメインは大狐騎乗レースと闘技大会なので、借り物競争やマルマジロ投げ、婚約者担ぎレースなどは、あまり運動が得意でない生徒たちのための、ちょっとした余興のようなものなのだけれど。
「イケメンって書いてあったら、俺を借りてもいいよ?」
「才色兼備なお姉様って書いてあったら、いつでも私に声をかけてね、ティファナちゃん」
「──賢い美形と書いてあったら、私に声をかけてくれて構わない」
ディオン様とアーシャ先輩とエルヴァイン様が冗談を言って私を和ませてくれる。
私はくすくす笑いながら、頷いた。
壇上にはリオス様が現れて、ご来賓の皆様へのご挨拶がはじまる。
音の聖獣を持つ放送部の方々が音響を調節してくれて、リオス様の目の前にある円形の魔法陣に向かって話をすると、空中に浮かんだ魔法陣を通して声が響く仕組みになっている。
「皆様、今日はお集まりいただき感謝をします。学園の生徒一同で本日の体育祭の準備をしてきました。天候にも恵まれた今日という日を、楽しんでいっていただけたら幸いです」
リオス様の涼やかな声音が会場に響いて、女生徒たちやご来賓の女性たちが感嘆のため息を漏らす。
私もそれはもう、ときめいていた。
あぁ、リオス様、素敵。天が与えた美声。
今この場にいる誰よりも輝いているリオス様。リオス様の晴れ姿、網膜に焼き付けておかなくてはいけないわね。
「それでは、体育祭を開始します」
リオス様の言葉と共に、楽隊からファンファーレが鳴り響き、拍手が湧き上がる。
「それでは──借り物競争に出場する生徒は、集まってください。急がず、ゆっくり、気をつけて集合してください」
壇上からリオス様が降りると、今度はエルヴァイン先輩の前に音集めの魔法陣が現れる。
エルヴァイン様の聞き取りやすい声で集合の合図が出されて、私は「では、行ってきます」と言って立ち上がった。
運動会会場中央グラウンドに集合すると、私と同じく参加するリリムさんが手を振っている。
「ティファナさん、私は勝負においては手を抜かない女……負けませんよ……」
「私も頑張ります。できれば、身近にあるものを借りてこれるといいのですけれど」
「身近にないものを書かれては、困りますね……」
リリムさんが悩ましげに言った。
借り物競争参加者は、女生徒が多い。五人一組で順番にレースを行なっていくので、私はリリムさんと自分の位置に並んだ。
グラウンドの線が引かれた直線上には、封筒がおかれている。
封筒を拾って、中に書いてあるものを借りてきて、ゴールした順で勝敗が決まるのだけれど──。
「では、いちについて、よーい、初め!」
審判を務めているディオン様が、笛を鳴らした。
位置についていた私は、パタパタと走り出す。もふまるも、私のあとをパタパタとついてくる。
『ティファナ、もっと早く走れないのか?』
「これでも、頑張っています……!」
何もかもが普通な私は、走る速度も普通だ。
リリムさんは早い。あっという間に追い抜かれて、封筒を拾って中を確認して、颯爽とどこかへ走っていった。
私は少し遅れて、封筒を拾って中を確認する。
『好きな人』
書かれている言葉に絶句した。
直球すぎる。
「エミリーさん、きてください、エミリーさん!」
「えっ、あたし?」
「はい! 借りてくるのは、学園の中で一番おしゃれな人! エミリーさんです……!」
「やだー、リリムちゃんってば! 分かってるじゃない!」
エミリーさんとリリムさんのほんわかしたやりとりが聞こえる。
私も、『お友達』とかがよかった。
私の好きな人は、もちろんリオス様だけれど──でも、この紙を持ってリオス様の元に行くなんて、恥ずかしすぎて、駄目。逃げたい。
『ティファナ、頑張れ。リオスのことが好きなのだから、はっきり伝えたらいい』
「でも、もふまる……」
『君がもっとリオスに対して素直になれていれば、あのような予知夢は見なかったのかもしれない』
「それはそうかも、ですけれど……」
私は口の中でもごもご言った。
「一年、リリム選手、早いです! 借り物は、おしゃれな人! 審判的にはオッケーのようですね! このままゴールでしょうか!?」
アーシャ先輩の、いつもおっとりしている口調とは違う、エキサイティングな実況が聞こえてくる。
「エルヴァイン先輩、ティファナちゃんはどうしたのでしょう。困っているように見えますね?」
「生徒会でいつも頑張ってくれているティファナを、役員としては応援したいところだがな」
「リオス会長、どう思いますか。何か困った借り物なのでしょうか」
「そう難しい指示は、入っていないはずだが。ティファナ、困っているのなら、ディオンに言って紙を変えてもらってもいい。頑張れ」
一人残されてしまった私を、リオス様が応援してくれる。
そうよね、そうよ。
私、頑張ると決めたのだもの。婚約者のことが好きなのだから、何も恥じることはないわよね。
「リオス様、一緒に来てください!」
私がリオス様に駆け寄ると、リオス様は驚いたように目を見開いて、それから生徒会本部の席から立ち上がると、私の元へ一瞬でやってくる。
何が起こったかわからなかったのだけれど、どうやら軽く地面を蹴って、私の元へ着地したらしい。
「ティファナちゃんの借り物は、殿下! ここで、殿下の人間かな? っていうほどにすごい身体能力が発揮される!」
「ティファナを担ぎ、颯爽と駆ける! これは婚約者抱きレースだっただろうかと、思わんばかりの疾走です」
アーシャ先輩と、エルヴァイン様の実況に熱がこもる。
私、すごく目立っている……!
リオス様は私を抱き上げると、飛ぶように走り出した。
何事も完璧なリオス様は、走るのも早い。跳躍力もものすごい。
「……城から抜け出してティファナちゃんを攫いに行こうとする殿下と、殿下を止める暗部たちの攻防戦で鍛えられた身体能力だと思うと、素直に褒めたくねぇ……」
ディオン様が、胃の辺りを押さえながら何かを言った。
それから紙に書かれた『好きな人』という言葉を確認して、オッケーを出してくれる。
「好きな人……」
「は、は、はい……っ」
私はリオス様の腕の中で、小さくなった。
リオス様はなぜか真顔で私を食い入るように見つめると、先を走る生徒たちを全員追い抜いて、一位でゴールしたのだった。
私、走ってない。
抱えられていただけだ。
リリムさんとエミリーさんが、ぜえぜえしながら「エミリーさん、足が遅いです……」「仕方ないじゃないの、あたし、ダンス以外の運動って苦手なのよぉ」と言っている。
「リオス様、一位です……! ありがとうございます……」
「ティファナ、好きな人とは」
「は、はい、借り物の指示です」
「私を借りたということは、ティファナは、私が」
「こ、こ、婚約者ですから……! 好きです……!」
私の緊張故に大きくなった声は会場に響き渡り、何故か国王陛下と王妃様の「耐えろ、リオス! 気持ちは理解できるが、耐えろ、今はまだ耐えるんだ! ティファナのご両親もいるんだぞ!?」「仮面を被るのよ、リオス!」という声援が、遠く聞こえた。
「……そうか。……嬉しいよ、ティファナ」
リオス様の笑顔が、きらきら輝いている。
私は「ひぇ……っ」と、とんでもなく美しいご尊顔を近くで見てしまったせいで悲鳴をあげた。
そして、魂が抜けていくのを感じたのだった。
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